著者
小嶋 知幸
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.59-67, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
20
被引用文献数
1

認知リハビリテーションという観点から、失語症セラピーについて、筆者の臨床経験にもとづいて概説した。まず、失語症セラピーに関する歴史的変遷を概観した後に、失語セラピーにおけるシュールの刺激法の位置付けについて述べた。続いて、認知神経心理学的モデルに基づく言語情報処理過程の障害について、臨床例との対応という観点から概説した。最後に、100年以上前の大脳病理学時代に提唱された失語図式の今日的意義について考察した。局在ベースの大脳病理学と機能ベースの認知神経心理学は相反する考え方ではなく、登頂ルートが異なるものの、最終的には失語症という同じ山の頂に通じているはずであると述べた。
著者
小嶋 知幸
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.181-190, 2011-06-30 (Released:2012-07-01)
参考文献数
25
被引用文献数
2 1

聴覚的言語理解について俯瞰した。聴覚的言語理解は,意味がコードされた音 (すなわち音声) の聴取にはじまり,音にコードされた意味の解読に至るプロセスである。認知神経心理学的観点からみると,(1) 自然界から脳内への音声の取り込み (音響処理) ,(2) 音声のカテゴリー化と音韻照合 (音韻処理) ,(3) 語彙/語義処理,(4) 構文解析,(5) 談話分析の 5 段階に分けて考えることが可能である。本稿では,それぞれの処理過程について,認知神経心理学的メカニズムおよび,脳内基盤について述べた。    また,認知神経心理学的観点から言語情報処理について考える際,音節言語である英語向けに考案されたロゴジェンモデルをそのまま日本語に適用すると,いくつかの「ずれ」が生じることを指摘するとともに,モーラ言語としての特性を考慮した日本語固有のロゴジェンモデルを提案した。
著者
中島 明日佳 船山 道隆 小嶋 知幸 稲葉 貴恵 川島 広明 青木 篤美
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.439-448, 2011-12-31 (Released:2013-01-04)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

語義失語は, 井村 (1943) が, 日本語の特性を考慮した上で超皮質性感覚失語を捉え直した失語型であり, (1) 良好な復唱能力, (2) 言語理解障害, (3) 語性錯語を伴う発話障害, (4) 特徴的な漢字の障害, などを特徴とする。近年, 前頭側頭葉変性症の 1 亜型である意味性認知症 semantic dementia (SD) に伴う失語型として論じられることが多いが, 語義失語と意味記憶障害との関連は十分には調べられていない。今回われわれは, 静脈性の脳梗塞によって左側頭葉を前方から広範に損傷した後, 語義の理解障害と喚語困難を中核とする語義失語 (超皮質性感覚失語) を呈した 1 例について, 意味記憶の検討を行った。その結果, われわれが調べ得た範囲で, 意味記憶障害を示唆する所見は認められなかった。以上より, (1) 語義失語=SD ではないこと, (2) 記号である語彙項目とリファレントである意味記憶との間の相互の記号変換 (coding) の障害が存在すれば, 語義失語の定義を満たす失語像が出現することを指摘した。
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.16-28, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
19

まず,失語症候学における流暢/非流暢のdichotomyの源流に遡って,その概念成立の歴史的経緯を確認し,続いてBoston学派の諸家を中心に考案された「流暢性尺度」をめぐるいくつかの問題を論じた.また,流暢/非流暢の問題に関連する言語学からのコミットメントであるJakobson(1963)による選択/結合についても触れた.さらに,症例を提示しつつ,「流暢性尺度プロフィール」での評定と実際の障害構造の推定の間で齟齬をきたす事例を通していくつかの問題を提起した.最後に,失語学における流暢/非流暢のdichotomyが成立した歴史的意義は十分に理解しつつも,今日的視点に立つと,とりわけ訓練法立案という立場からみた場合,流暢/非流暢を参照枠として失語を捉えるアプローチはそろそろ収束すべき時期に来ているのではないかと述べた.
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
The Japan Society of Logopedics and Phoniatrics
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.217-226, 1999-07-20
参考文献数
10

仮名の読み書きは良好である一方, 漢字に失読失書症状を呈した失語例に対して, 漢字一文字の音読みの改善を目的に2種類の訓練法を適用し, 訓練効果の比較検討を行った.1つは当該漢字を含む熟語をキーワードとして対連合学習する訓練 (以下, キーワード法訓練) , もう1つは漢字一文字と読み仮名との対応を直接再学習する訓練 (以下, 非キーワード法訓練) である.2つの実験を構成し, 自然治癒の要因を統制した上で, 2種の訓練効果を比較した.実験1は5日間のキーワード法訓練, 実験2は5日間の非キーワード法訓練とそれに続く5日間のキーワード法訓練からなるA-Bデザインである.結果, キーワード法訓練では統計的に有意な効果が得られ, 訓練終了後もその効果が持続することが確認された.一方, 非キーワード法訓練では効果が得られなかった.キーワード法による音読は, 文字を直接音韻に変換する情報処理過程が障害された際, 文字から意味を経由して音韻にいたるルートによって文字から音韻情報を引き出す手法である.これまで仮名一文字の書字や音読の訓練手法として報告されてきたキーワード法が, 本症例では漢字の音読みにも利用可能であることが確認された.また, 本症例の症状から, 同じ形態から音韻への変換でも仮名と漢字では処理過程が異なり, 障害の程度に乖離がありうることが示唆された.
著者
中川 良尚 小嶋 知幸
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.257-268, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
11
被引用文献数
4 3

失語症状の長期経過を明らかにする研究の一環として, 右手利き左大脳半球一側損傷後に失語症を呈した 270 例の病巣別回復経過を検討した。また言語機能に低下を示した 37 症例の SLTA 総合評価法得点各因子の機能変遷を検討した。その結果, 1) 失語症状の回復は損傷部位や発症年齢によって経過は大きく異なるが, 少なくとも 6 ヵ月以上の長期にわたって回復を認める症例が多いこと, 2) SLTA 総合評価法得点上回復しやすい機能は, 比較的簡単な言語情報処理である理解項目および漢字・仮名単語文字からの音韻想起能力であること, 3) 回復後維持されやすい機能は, 理解項目および漢字・仮名単語文字からの音韻想起能力であること, 4) 構文の処理や書字能力などより複雑な言語情報処理を必要とする機能は低下しやすいこと, 5) 言語訓練後に回復を示した機能は脆弱である可能性が高いこと, 6) 各症例に応じてメンテナンスが必要な言語症状に対しては長期的な言語訓練の継続が必要であること, などが考えられた。以上の結果に基づき, 失語症にとっての慢性期について再考した。
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.9-16, 2002 (Released:2006-04-21)
参考文献数
18
被引用文献数
3 3

失語症が動作性知能検査におよぼす影響について検討した。対象は麻痺や失調などの運動障害を認めない流暢型失語 22 (ウェルニッケ失語 19,伝導失語2,健忘失語1) 名である。検査には,SLTAとWAIS-Rの動作性検査およびレーヴン色彩マトリックス検査を用いた。その結果,WAIS-Rの動作性検査は,失語症の影響を受けやすい下位検査と影響を受けにくい下位検査に二分された。失語症の影響を受けやすい下位検査は「絵画配列」と「符号」であった。「絵画配列」の成績低下の要因としては談話水準の言語表出能力,「符号」の成績低下の要因としては文字言語の音韻処理障害がそれぞれ関与していると考えられた。また,レーヴン色彩マトリックス検査においても,推理・思考力を要する検査項目は言語機能の影響を受けやすく,失語症の程度によっても少なからず検査成績が影響される可能性が示唆された。失語症例におけるWAIS-Rの動作性検査およびレーブン色彩マトリックス検査の結果を解釈する際には以上の点を考慮する必要があると考えられた。
著者
小嶋 知幸
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.177-184, 2001 (Released:2006-04-25)
参考文献数
2

19世紀末から今日に至るまで,古典論を代表とする失語学では,失語症は症状の組み合わせ,すなわち「症候群」という観点で分類・整理されてきた。古典分類の中に位置する代表的な失語タイプの1つであるウェルニッケ失語も例外ではない。本論では,はじめに (1) 「症状」と「障害」は同義ではなく,「症状」の背景にあって「症状」を発現させている原因が「障害」であること, (2) 障害のメカニズムを推定することなしに失語症への「対策」の立案はありえないことを述べた。続いて,これまで「症候群」の考え方の中で論じられてきたウェルニッケ失語を,「障害メカニズム」の立場から定義し直した。そして,定義をほぼすべて満たす典型的な症例1例の,約6年間の訓練経過を報告し,ウェルニッケ失語が長期にわたって機能回復を続けることを明らかにした。最後に,失語症者が安心して長期間集中的かつ適切な訓練を受けられる体制作りの必要性や,臨床上見逃してはならない失語症者の精神・心理的問題とその対策の重要性についても言及した。
著者
小嶋 知幸 宇野 彰 加藤 正弘
出版者
The Japan Society of Logopedics and Phoniatrics
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.360-370, 1991-10-20 (Released:2010-06-22)
参考文献数
7
被引用文献数
3 2

22例の失語症者に対して, 実用的なコミュニケーション補助手段として, 日常生活上重要性が高いと考えられる事物の写真, 絵, 文字をカテゴリー別に貼付したノート (以下コミュニケーションノート) を作成し, 活用の状況を調査, 検討した.その結果, 1.コミュニケーションノートを自発的に活用するためには, 知的機能, コミュニケーションへの積極性, 社会的関心, コミュニケーション環境などの条件を良好に満たしている必要がある, 2.ノートは, 比較的発症初期から実用的なコミュニケーション補助手段となりうる, 3.ノートが有効でない話題もあり, 話題に応じたコミュニケーション手段の使い分けが必要である, 4.ノートの活用に際しては, 患者のみならず, 日常生活上患者と身近に関わる家族や介護者を含めた総合的な指導が必要である, と考えられた.
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸 浦上 克哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.572-580, 2012-12-31 (Released:2014-01-06)
参考文献数
30

アルツハイマー病 (AD) 患者における簡易知能検査と WAIS-Ⅲ の関連および疾病による知能特性について検討した。対象は, DSM-ⅣとNINCDS-ADRDA の診断基準を満たした AD 患者78 例 (男性 21 例, 女性 57 例) で平均年齢 81.6±6.0 歳であった。検査はHDS-R, MMSE, RCPM の簡易知能検査と WAIS-Ⅲ を実施した。その結果, 各簡易知能検査と WAIS-Ⅲ FIQ, VIQ, PIQ はそれぞれ中等度以上の有意な相関を認め, 旧版のWAIS ・WAIS-R で認めた併存的妥当性は維持されていると考えられた。RCPM は WAIS-Ⅲ動作性下位検査との相関から構成能力や図形の認知処理との関連は強いが, 推理能力との関連はやや弱いと考えられた。また, AD による知能特性として WAIS-Ⅲ の「類似」と「理解」の成績低下から抽象化能力および社会通念の低下がうかがわれる一方, 「数唱」と「行列推理」は比較的高得点であり, 言語性短期記憶や収束的思考能力は疾病の影響を受けにくい知能領域と考えられた。
著者
小嶋 知幸
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.156-168, 2006 (Released:2007-07-25)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

復唱という言語モダリティについて,とくに言語情報入力の処理と,入力された言語情報の把持という処理に焦点を当て,生理心理学的立場から論じた。復唱における入力の処理過程を認知神経心理学的観点から分析したモデルに基づき,音響処理·音韻処理·語彙処理·意味処理の 4水準に,一時的な音響⁄音韻情報把持に必要な残響記憶を加えた計 5つの水準について,それぞれの水準の障害で生じる臨床像と推定される障害メカニズムについて,症例に基づいて報告した。また,臨床症状から推定した各処理水準における障害メカニズムの妥当性を,電気生理学的に検証する方法について探った。
著者
船山 道隆 小嶋 知幸 山谷 洋子 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.329-341, 2008-09-30
参考文献数
33
被引用文献数
1 3

&nbsp; 症例は56 歳右利きの男性である。50 歳から英語が読みづらくなり,52 歳より喚語困難が出現し,徐々に音韻からの意味理解障害や顕著な表層失読や表層失書を伴う語義失語を呈するに至った。言語によるコミュニケーションに支障をきたし仕事から退いたが,日常生活は自立している。物品使用の障害を認めず,人物認知の障害は軽度にとどまった。視覚性の意味記憶検査では生物カテゴリーと加工食品では成績低下を認めたが,それらのカテゴリーで日常生活に支障をきたすことはほとんどなかった。非生物カテゴリーでは意味記憶障害は認めなかった。頭部MRI では左側頭葉の前部から下部を中心に萎縮が認められた。<br>&nbsp; 少なくとも現時点での本症例において,非生物カテゴリーでの意味記憶は保たれており,語彙の理解および表出の障害は失語の範疇で捉えることが妥当であると考えた。一方で生物カテゴリーにはわずかながら意味記憶障害が存在した。また,語義失語は語彙の貯蔵障害という見解が多いが,本症例の障害の中核は,語彙と意味記憶の間の両方向性のアクセス障害にあると考えた。
著者
伊澤 幸洋 宇野 彰 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.225-233, 1998 (Released:2006-04-26)
参考文献数
21
被引用文献数
2 2

Brown (1979) ,Kertesz (1982) が報告したマンブリングジャルゴンに該当する特異な発話症状を呈した失語症例を経験した。症例は,発症当時 63歳の右利き女性である。本研究では発話行動のモニタリング機能,発声の意図的な運動制御という運動的な側面,コミュニケーション行動に影響を及ぼす人格的側面の以上3点を中心に本症例の発話障害の機序について検討した。その結果,聴覚的理解は良好であり本症例におけるジャルゴン症状は聴覚的フィードバックによる従来のモニタリング障害説では説明困難と考えられた。本症例におけるジャルゴン症状は,人格的側面からは,事物に対する固執傾向,焦燥感,落ち着きのない態度が結果としてジャルゴンを形成する一要因となっていると考えられた。発話機能面からは,本症例に特有の構音 (発声) 運動の抑止困難が中心的な要因になっていると考えられた。また,以上の2要因に加えて統語・意味・音韻など各水準における内言語障害の複合的要因も関与していると推測された。
著者
小嶋 知幸
出版者
The Japan Society of Logopedics and Phoniatrics
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.293-299, 2004-10-20 (Released:2010-06-22)
参考文献数
10
被引用文献数
1

シンポジウムの主題である発語失行に関して, 本稿では用語・症候・訓練をめぐる諸問題について, 筆者の臨床的知見に基づいて論じた.まず, 本症候を“失行”のなかに位置づける根拠としてDarleyらが挙げている (1) 音の誤りの非一貫性, (2) 随意運動/自動運動の乖離の2点について検証し, 本症候を“失行”の範疇で捕らえることの問題点について述べた.次に, 構音 (発話) 動作の拙劣を本態とする本症候の音の誤りを分類する際に, 音韻レベルの誤りにも用いられている「置換」という同一の用語を用いることの問題点について論じた.最後に, 本症候への訓練に関して, Squareらのトップダウン・マクロ構造アプローチとボトムアップミクロ構造アプローチという分類を参照しつつ, 筆者の考える訓練の基本的コンセプトについて論じた.
著者
大田 めぐみ 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.215-224, 1998 (Released:2006-04-26)
参考文献数
18
被引用文献数
3 3

伝導失語2例の改善過程について,1) 発話に現れる音韻の誤りの経時的変化,2) 聴覚言語性短期記憶 (以下 STM) 検査成績の経時的変化,の2点について観察し,得られた結果をもとに伝導失語の障害メカニズムについて考察を行うことを目的とした。その結果, (1) 呼称,漢字単語の音読,仮名単語の音読,単語の復唱の発話4モダリティーにおいて誤反応の減少に伴い,誤り内容は類推困難な反応や省略・付加の割合が減少し,部分正答,置換,転置が中心となった。また, (2) STM 検査成績は,時点を追うごとに成績が向上した。以上より伝導失語の経時的変化は発話4モダリティーに共通であり,音韻想起自体の障害から,音韻の選択・配列の障害を経て回復に至ると考えられた。また発話の改善と並行して STM 検査成績も上昇したことから,本症例の障害の根底には音韻の符号化 (選択・配列) 障害があり,現象面で STM の低下として観察された可能性があると考えた。
著者
志塚 めぐみ 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.306-315, 2002 (Released:2006-04-25)
参考文献数
31
被引用文献数
2 2

約10年間で経験した8例の伝導失語症例について報告した。8例における利き手および大脳損傷半球の内訳は,右手利き5例,非右手利き3例,大脳左半球損傷例6例,右半球損傷例2例であった。8症例における病巣の画像所見,言語以外の高次脳機能所見について調査した結果,右手利き左半球損傷例5例における共通病巣は縁上回であり,通常の半球側性を有するヒトにおける音韻の選択・配列機能は左縁上回に局在していると考えられた。一方,変則的な半球側性が疑われる非右手利き症例の場合,言語情報処理過程の中で音韻の選択・配列にかかわる機能のみが独立して一側の半球に局在する場合のあることが示唆された。また,全例に口部顔面失行を認めたことから,流暢型失語に伴う高次口部顔面動作と音韻の選択・配列機能は,大脳における局在という点で親和性が高いことが示唆された。
著者
小嶋 知幸 佐藤 幸子 加藤 正弘
出版者
The Japan Society of Logopedics and Phoniatrics
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.141-147, 2002-04-20 (Released:2010-06-22)
参考文献数
7

重度発語失行例における軟口蓋破裂音/k/の構音訓練として, 構音点に対して冷却刺激を加える方法を試みた.症例は発症時53歳の男性.平成11年4月に発症した左中大脳動脈領域の広範な脳梗塞を機に, 重度の発語失行を中核症状とする混合型失語を呈した.構音訓練開始から6ヵ月経過しても改善のみられなかった軟口蓋破裂音/k/の構音の改善を目的として, 構音点である奥舌と軟口蓋に対して冷却刺激を加える方法を考案し, 刺激前後での構音の成功率を比較した.その結果, 冷却刺激後に/k/の構音成績に有意な改善がみられた.これは, 構音点に対する末梢からの感覚刺激が正しい構音点を形成するための運動を促通した結果と考えられた.本方法は, 正しい構音動作を視覚的に呈示することが困難な音や, ダイナミックパラトグラフィの利用が困難な音の構音訓練法として簡便な方法であり, 臨床的に有効な手法であると考えられた.
著者
伊藤 永喜 佐野 洋子 小嶋 知幸 新海 泰久 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.187-194, 2005 (Released:2006-07-14)
参考文献数
17

閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群 (obstructive sleep apnea hypopnea syndrome : 以下, OSAHS) に対する治療目的に導入した経鼻的持続陽圧換気療法 (nasal continuous positive airway pressure : 以下, nCPAP) が, 言語機能回復に奏効したと考えられる失語症例を経験した。症例は43歳, 右利き男性。脳静脈洞血栓症に対するシャント手術後に脳内出血を発症, 右半身の不全麻痺と重度失語症が残存。発症8ヵ月後に江戸川病院にて, 本格的な言語訓練開始となる。病前より夜間無呼吸・いびきがあり, 終夜睡眠ポリグラフィ (PSG) の結果, 中等度閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群と診断された。失語症に対する言語訓練が開始されてから約2年経過した時点よりnCPAPを開始したところ, 失語症状の中でも回復に困難を示していた標準失語症検査での発話の項目などで検査上顕著な改善を認めた。また日常の発話においても流暢性が増して意思疎通性が大幅に改善した。以上より, nCPAP治療がOSAHSを合併する失語症者の言語機能回復に奏効する可能性が示唆された。