著者
田中 春美
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.207-214, 2005 (Released:2007-03-01)
参考文献数
3
被引用文献数
1 1

みずからの経験をもとに, 日本高次脳機能障害学会会員の言語聴覚士と学会へいくつかの提言をした。言語聴覚士へ : (1) 経験年数が同じくらいの仲間と症例検討を行う, (2) ありのままの症状を検討する, (3) 自分たち自身で考え工夫して専門性を高める, (4) 学会で良い発表や良い質問をして, 学会の発展に寄与する。学会へ : (1) 高次脳機能障害を対象とする専門家の認定をしてほしい, (2) 医師も興味を持つ内容の講習会を開催してほしい, (3) 学会総会での発表会場を減らして2つにしてほしい。
著者
橋本 竜作 柏木 充 鈴木 周平
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.368-376, 2006 (Released:2008-01-04)
参考文献数
18
被引用文献数
4 4

書字の習得障害を呈した学習障害児を検討した。症例は 7 歳 11 ヵ月,右利き男児。診断は ADHD と DCD。知能,口頭言語および読みの発達は正常,漢字と仮名に共通した書字の獲得に必要な能力 (視覚認知,運筆能力,構成能力) も正常であった。書字における誤反応の特徴は,漢字が不完全な形態,仮名が無反応であった。漢字に関して視覚性記憶を,仮名に関して運動覚心像を検討した。結果,漢字学習における失敗には記銘時の方略の欠如が,仮名学習における失敗には運動覚性心像あるいは音韻と運動覚心像との連合の形成不全が関与することが示唆された。それゆえ,われわれは本例の書字の習得障害には漢字と仮名で異なる障害機序が存在すると推察した。
著者
小西 海香
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.207-213, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
10
被引用文献数
2

顔認知の障害を示す発達障害として, 先天性相貌失認がある。先天性相貌失認では, 視覚障害や知的機能障害, 脳の器質的損傷がないにもかかわらず, 顔という視覚刺激から人物を特定することが困難である。この顔認知の障害はholistic processing の障害であると考えられている。「人の顔を覚えられない」という顔認知の障害は自閉スペクトラム障害でも認めることがある。先天性相貌失認の2 症例を紹介し, 顔再認課題の成績と課題中の視線パターンを自閉スペクトラム障害症例の結果と比較した。その結果, 先天性相貌失認と自閉スペクトラム障害では顔認知障害のメカニズムは異なる可能性が推察された。
著者
松元 健二
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.165-174, 2014-06-30 (Released:2015-07-02)
参考文献数
28
被引用文献数
2

内発的に動機づけられていた課題に対して,成績に応じた外的金銭報酬を付加すると,内発的動機は低下する(アンダーマイニング効果)。内発的に動機づけられて課題を行っているときは,外的金銭報酬がなくても,課題開始の合図に対して前頭前野外側部が反応し,課題をうまくこなすことができただけで線条体が反応したが,アンダーマイニング効果によって内発的動機が低下すると,課題開始の合図に対する前頭前野外側部の反応も,課題をうまくこなすことができたときの線条体の反応も,外的金銭報酬なしには見られなくなった。課題で用いる道具を指定されたときと自分で選んだときとでは,後者を人は好み,課題成績も高い。指定されたときは,課題に失敗すると前頭前野腹内側部の活動が顕著に下がったが,自分で選んだときにはそのような活動低下は見られなかった。これらの結果は,内発的動機づけとその変動には,前頭前野の外側部と腹内側部そして線条体が重要な役割を果たしていることを示唆している。
著者
宇野 彰 春原 則子 金子 真人 粟屋 徳子 狐塚 順子 後藤 多可志
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.267-271, 2018-09-30 (Released:2019-10-02)
参考文献数
21
被引用文献数
3 1

発達性ディスレクシアでは, 読みだけの障害例は 40 年近く報告されていない。音読だけでなく書字にも障害が認められることから発達性読み書き障害と翻訳されることが多い。その背景となる認知障害について, 英語圏での音韻障害仮説を中心とする報告および他言語における共通点と相違点について解説し, 日本語話者の発達性ディスレクシア 84 名のデータに関して解説した。その結果, 日本語話者の発達性ディスレクシア児童・生徒の 65% 以上は複数の認知障害の組み合わせで生じており, 音韻障害のみが背景と思われる群は 20% 以下であり, 音韻障害のない群は 20% 以上とむしろ音韻障害を認めない発達性ディスレクシア例が多いことが分かった。
著者
宇野 彰
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.170-176, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
30
被引用文献数
2 1

発達性読み書き障害 (Developmental Dyslexia: DD) は, 直訳すると発達性読み障害だが後天性のdyslexia とは異なり, 読めなければ書けないので, 発達性読み書き障害と翻訳されることが多い。DD は, (知能や) 年齢から推定される読み書きの習得度と乖離がある低さが認められ, 環境要因では説明ができない障害である。すなわち, 診断評価としては, 知能検査, 読み書きの学習到達度, および文字習得にかかわる認知能力の3 種類が必要となる。出現頻度は言語の種類によって影響され, 「読み」に関しては文字列から音韻列への変換の規則性が不規則な英語では出現頻度が高いと考えられる。すなわち, 同じ能力であってもどの言語を用いるかによって, 読み書きに関する習得度が変化することになる。DD の生物学的な原因としては, 異所性灰白質や小脳回などが観察されていることから, 細胞遊走の異常が仮説としては有力である。これら生物学的原因によって, 音韻, 視覚認知, 自動化, などの認知障害が生じ文字習得に困難さを生じると考えられる。訓練法については, 日本語では症例シリーズ研究法により科学的根拠にもとづいた効果のある方法が2 種報告されている。
著者
山﨑 勝也 関野 とも子 古木 忍
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.350-362, 2014-09-30 (Released:2015-10-01)
参考文献数
32
被引用文献数
1

失語症者の聴覚的文理解に影響を及ぼす因子を明らかにするため, 聴覚的文理解検査である標準失語症検査の「口頭命令に従う (以下, 口頭命令検査) 」を例に取り, この検査を遂行する上で必要となる能力の検討を行った。実験的検査を 4 種設定し, 口頭命令検査文に含まれる内容語の理解がすべて可能である失語症者と健常者, 各々10 名を対象として実施した。その結果, 1. 従来より重要視されている auditory pointing span は口頭命令検査成績と相関しないこと, 2.単語を一定以上の速度で連続して正しく処理する能力 (「聴覚性連続的単語処理能」と呼ぶ) が口頭命令検査成績と高い相関を認めること, 3. 口頭命令検査では, 「で」を除き, 助詞解読能力はほぼ必要としないことが明らかとなった。以上より聴覚的文理解障害への訓練として, 聴覚性連続的単語処理能の改善という観点からの働きかけが重要である可能性が示唆された。
著者
山田 晃司 橋本 竜作 立岡 愛弓 幅寺 慎也
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.43-51, 2019-03-31 (Released:2020-04-03)
参考文献数
17

左中前頭回から下前頭回, 島前方の損傷後に漢字と仮名の書字障害を呈した軽度失語症例において, 仮名やローマ字の書字とタイピングについて検討した。症例は 73 歳, 右利き男性。発症前からタッチタピングが可能であった。本例に仮名とローマ字の書き取り・タイピング課題を実施した結果, 書き取り課題の成績のみ低下を認め, その誤反応は直音に比べ, 特殊音に多かった。このことから本例は「音節-仮名文字書記素」および「音節-ローマ字書記素」への変換障害が示唆された。本例は発症前からタイピングに習熟していたことから, 「音節-ローマ字書記素」の変換処理を介さずに, 「モーラ-タイピング運動」へと変換する独立した機能単位が構築されていた可能性がある。それゆえ, ローマ字の書字障害とタイピング能力の保存といった状態を呈したと考えられた。

17 0 0 0 OA 失語症のみかた

著者
佐藤 睦子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.194-198, 2020-06-30 (Released:2021-07-01)
参考文献数
22

失語症は, それまでに獲得されていた言語機能が脳損傷によって何らかの程度に障害された状態である。口頭言語だけではなく文字言語や内言語にも影響が及び, コミュニケーションに支障をきたすため, その対応に際しては多面的な捉え方が必要である。コミュニケーション場面における支援では, 失語症の本人はもちろんのこと関係者に対しても情報提供をすることが必要であり, 非言語的側面にも配慮するべきである。
著者
平野 綾 奥平 奈保子 金井 日菜子 峯下 圭子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.418-427, 2010-09-30 (Released:2011-10-01)
参考文献数
14
被引用文献数
2 2

単語の復唱・音読は良好だが呼称時のみ音韻探索が著明で,多彩な錯語を呈した流暢型失語の 1 例を報告した。症例は 69 歳,右利き女性,高校卒。左側頭─頭頂葉の脳梗塞で中重度流暢型失語を発症,会話時ほとんど錯語はなく流暢に話すが,指示代名詞の多い空虚な発話だった。呼称時の誤反応を,語彙性,意味的関連性,音韻的関連性の観点から,意味性・無関連・形式性・混合性・音韻性錯語および新造語の 6 つに分類した結果,これらすべての種類の反応が認められた。特に,音節・韻律構造といった語の「枠組み」が保たれた非単語が多数認められた点が特徴的で,これらは,語の音韻形式のうち音節・韻律情報に比べて音素情報が得にくく,回収された語の枠組みを埋めようと音素を探索する過程で表出されたと考えられた。また,形式性錯語や,複数語彙が混合したと思われる非単語が認められたことから,語選択における語彙レベルと音韻レベルの相互的な影響も示唆された。
著者
苧阪 直行
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.7-14, 2012-03-31 (Released:2013-04-02)
参考文献数
18
被引用文献数
2 5

前頭前野 (prefrontal cortex : PFC) は脳の高次情報の統合, 選択と調整を遂行する領域であり, その障害は記憶や注意のはたらきに影響を及ぼすことが知られている。とくに, 認知的制御を行う実行系の機能は PFC のはたらきにとって重要である。本稿ではPFC のもつさまざまなはたらきのうち, ワーキングメモリ, とくに言語性のワーキングメモリとその実行機能 (executive function) のはたらきをリーディングスパンテスト (reading span test : RST) やリスニングスパンテスト (listening span test : LST) を通して, 脳イメージングの研究を手がかりに考えてみる。とくに健常成人や高齢者のワーキングメモリについてその個人差や容量制約の視点から概観したい。
著者
高倉 祐樹 中川 良尚 橋本 竜作
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.316-320, 2022-09-30 (Released:2022-11-24)
参考文献数
13

臨床現場に出て数年の初学者にむけ, 失語症状に対する分析的な視点と, 失語症状の長期的な回復を考慮した視点から, 失語症者本人とその家族への対応について述べた。第 1 章では, 失語症状のメカニズムを推定し, 治療的介入の手がかりを得るためには, 数量的な評価 (正答数) だけでなく, 質的な評価 (誤りの特徴) が重要であることを解説した。第 2 章では, 病棟で受ける失語症者と家族からの質問に, どのように答えるのか, 専門家として寄り添いつつ, 納得を得るための対応について解説した。
著者
橋本 幸成 水本 豪 大塚 裕一 宮本 恵美 馬場 良二
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.374-381, 2013-09-30 (Released:2014-10-02)
参考文献数
24

発語失行の主な症状の一つであるプロソディー異常は,構音の問題に対する代償反応である可能性が指摘されている(Darley 1969)。本研究では,プロソディー異常が発話の主たる症状であった一発語失行例の症状を分析し,Darley の代償説との関連を探った。    症例のプロソディーの特徴として,発話速度の低下と発話リズムの単調さを認めた。発話速度を評価するために,メトロノームの速度に合わせて発話速度を徐々に上げる課題を実施すると,一定の速度に達した時点で構音の誤りが出現した。発話リズムは単調で,その単調さを分析した結果,方略的にフット(2 モーラ)のリズムで発話している傾向がみられた。症例は自己の発話について「一本調子でゆっくり話さないとうまくいかない」と内省報告しており,上記の分析と合わせて考察すると,本症例の場合,明瞭な構音を得るために方略的にプロソディーを調整しているという説明が妥当と思われる。
著者
三村 將
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.163-169, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
31
被引用文献数
2 2

ヒトの大脳の 1/3 を占める前頭葉は, 多くの神経科学者の関心を引きながら, いまだに解明されていない「謎」の部分が多い。神経心理学的立場からは, 前頭前野の損傷に伴って生じる問題として, 注意の持続や分配・転換の障害, ワーキングメモリや展望記憶を含むさまざまな記憶の障害, 問題解決・遂行機能の障害, 社会的行動障害などが挙げられる。これらの前頭葉損傷に伴う神経心理学的問題に対する認知リハビリテーションの技法としては, 注意障害に対する Attention Process Training や, 前頭葉性記憶障害に対する外的補助を利用した展望記憶の強化が考案されている。健常者のワーキングメモリを向上しうるツールとして, 右頭頂葉に対する磁気刺激実験を紹介し, 左右および前頭-頭頂の連絡に関する脳内ネットワーク仮説について述べた。近年, 話題に上ることの多い遂行機能障害のリハビリテーションについては, 問題解決過程を計画の立案にかかわる側面と, 計画の実行にかかわる側面に分けて考えると理解しやすい。  前頭葉損傷においては, これらの神経心理学的障害以上に, 感情・気分の障害, 強迫症状, 作話, 脱抑制や情動制御の障害, 判断や社会認知の障害といったさまざまな精神症状が問題となる。前頭葉損傷に伴うもっとも対応困難な問題の1 つは, パーソナリティ変化を基盤とした社会的認知ないし社会的行動の障害である。このような問題が生じる背景には, 大きく情動面の抑制障害の問題と, 自分の言動を相手がどう思うかが理解できない問題 (心的推測の問題) とがある。これらの社会的行動障害に対して, うつ病や不安障害に対する認知行動療法的アプローチを援用していく試みも最近ようやく広がりをみせている。
著者
鶴谷 奈津子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.261-268, 2011-09-30 (Released:2012-10-13)
参考文献数
29
被引用文献数
1

パーキンソン病 (Parkinson's Disease : PD) は運動症状を主体とする疾患であるが, 近年ではさまざまな非運動症状をきたすことが報告され, 注目を集めている。本稿では, 多岐に渡る PD の非運動症状の中でも認知機能障害に焦点を当て, とくに社会的認知機能について詳しく述べる。社会的認知とは, 他者の情動表出や内的な心理状態などのコミュニケーションに重要な情報処理を担う, よりよい人間関係を築くために必要な機能である。これまでの研究により, PD 患者では他者の表情を見て情動を読み取る表情認知や, 損得の情報を学習し適切な行動を選択する意思決定過程において, 健常者とは異なるパターンが観察されている。また最近では, 社会的認知の重要な基盤のひとつである「心の理論」機能の障害の有無が検討されている。これらの認知機能障害は PD 患者の日常生活や社会活動に影響を及ぼす可能性があり, 慎重に評価する必要があると思われる。
著者
藤井 俊勝
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.19-24, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
11
被引用文献数
1

記憶とは自己の経験が保存され,その経験が後になって意識や行為のなかに想起・再現される現象である。記憶はいくつかの観点から分類されてきた。保持時間による分類としては,即時記憶・近時記憶・遠隔記憶・短期記憶・長期記憶などの用語がある。記憶内容による分類では,陳述記憶・非陳述記憶・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶などの用語が用いられてきた。さらに,最近では作業記憶や展望的記憶などの用語もよく見かけるようになってきた。本稿ではまずこれらの記憶用語について解説する。臨床的に記憶障害という場合,通常エピソード記憶の選択的障害をさし,健忘症候群とよばれる。健忘症候群の特徴について簡略に解説し,健忘症候群の患者において,さまざまな記憶のうちどれが障害されどれが保たれるのかについて述べる。
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.392-401, 2016-09-30 (Released:2017-10-05)
参考文献数
29
被引用文献数
3 1

コンピュータの急速な普及により, 脳損傷によるタイピング障害が社会生活に与える影響は深刻となりつつある。そこで我々は, 失タイプを呈した自験例の検討と, 健常者 fMRI 研究の結果から, タイピングの神経基盤, 失タイプの責任病巣について検討した。  【症例】78 歳の右利き男性。失語や失行, 半側無視, 運動感覚障害は認めなかったが, 選択的タイプ障害が明らかであった。病歴と脳 MRI, 各種検討課題の結果から, 本例は左中下前頭回後部の脳梗塞により, 音素-書記素変換と書記素バッファに障害を認め, 特に後者が失タイプの原因になっていると考察した。  【fMRI 検討】健常タッチタイピスト16 名を対象に fMRI による, タイプ・書字の神経基盤の検討を行った。その結果, 左上頭頂小葉前部~縁上回, 左上中前頭回後部にタイプ・書字の両課題で有意な賦活を認め, さらに左頭頂間溝 (IPS) 後部内側にタイピングでより強い賦活を認めた。  【考察】タイピングは書字中枢として知られる多くの脳領域や, 左 IPS 後部内側皮質など複数の脳領域が関与する複雑な認知プロセスであり, 障害部位に応じて質の異なる障害が生じる可能性がある。本例のように個々の症例の障害機序を検討していくことで, 失タイプの症候学の確立やリハビリテーションへの発展が今後期待される。
著者
水田 秀子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.8-15, 2006 (Released:2007-04-01)
参考文献数
22
被引用文献数
1 2

呼称において多彩な誤りを呈した 1 例を検討した。症例は 77 歳,女学校卒の女性,クモ膜下出血による左側頭葉損傷後に失語症を呈した。理解は聴覚・視覚とも良好だった。自発話は構音障害なく流暢で,喚語に窮することはあるも,錯語はほとんど認めなかった。呼称では,形式性錯語 ( formal paraphasia ) ・意味性錯語・音韻性錯語・混合性錯語 ( mixed paraphasia ) などの多様な錯語を呈した。また,同時に目標語の音形の一部が産生される現象が顕著に認められた。復唱は保たれ,呼称にみられる誤りをまったく認めなかった。音読ではかなは保たれたが,漢字音読では呼称に似た誤りを呈した。漢字語の意味理解は良好だった。本例の示した呼称の詳細と経過の検討から,本例に認められた形式性錯語は,音断片と類似の基盤を有し,目標語彙の音韻形式の喚起にかかわる障害がその一因と推察された。さらに,形式性錯語の産生を促した要因に関し内的モニターなどの観点から考察した。
著者
山里 道彦 佐藤 晋爾 池嶋 千秋 朝田 隆
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.200-208, 2006 (Released:2007-07-25)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

Ponsford の提唱した「談話障害」に該当する症例を経験した。  症例は 37 歳男性で,脳外傷慢性期に,注意障害と記憶障害,遂行機能障害がみられた。脳外傷の部位は,両側前頭前野背内側部,右側頭葉外側部および右扁桃体であった。当症例の発言の特徴は a) 話がまわりくどい,b) 場にそぐわない話題を選ぶ,c) 自分のことを一方的に延々と話し続ける,d) 聞き手の不快感を考慮しないことの 4 点であった。これに起因して,対人関係の面で支障をきたしてきたものと思われた。こうした問題は,遂行機能障害,情動の認知障害,それに言動の自制困難の要素が合わさって生じる特有の臨床像と考察された。
著者
井上 雄吉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.246-256, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
46

失語症 (主に非流暢性失語症) に対する反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS) 治療について自験例を含めて review を行い, その有用性や問題点, 今後の課題について報告した。両側大脳半球は健常では互いに抑制・拮抗し合って均衡した状態にあるが, 一側 (失語症では主に左) 半球に傷害が生じると, 脱抑制状態となった対側 (主に右) 半球の相同部位から過剰な抑制を受け, さらに機能障害が増強する。この過活動状態となった右半球を低頻度 rTMS で抑制し, 不均衡状態を是正しようというのが rTMS 治療の原理であり, paradoxical functional facilitation (PFF) の一つと考えられる。右半球の失語症の回復に対する作用は病巣の分布や部位による影響を受けるが, 失語症の回復に抑制的 (maladaptive) に働くこともある。半球間の不均衡は失語症の回復に大きく関係しており, その是正のための右半球の Broca 野相同部位 (BA 45) に対する低頻度 rTMS は失語症の安全で有用な補助療法の一つと考えられ, 今後の臨床応用が期待される。