著者
佐野 洋子 宇野 彰 加藤 正弘 種村 純 長谷川 恒雄
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.323-336, 1992 (Released:2006-06-23)
参考文献数
30
被引用文献数
12 11

発症後3年以上を経過した失語症者72名にSLTAを施行し,いわば到達レベルの検査成績を,CT所見により確認した病巣部位と発症年齢の観点から比較検討した。SLTA評価点合計の到達レベルは,基底核限局型病巣例,前方限局損傷症例が高い値を示し,これに後方限局損傷例が続き,広範病巣例と基底核大病巣例は,最も低い値であった。発症年齢が40歳未満群は,軽度にまで改善する症例が多い。40歳以降発症例と,未満発症例で,到達レベルに有意な差が認められたのは,広範病巣例と,後方限局損傷例であった。前方限局損傷では,発症年齢での到達レベルの有意差はみられず,失語症状はいずれも軽減するが構音失行症状は残存する。これに対し,後方限局損傷例では,聴覚経路を介する課題や語想起の課題で発症年齢による到達レベルの差が認められる。このことから脳の,機能による可塑性が異なることが示唆される。また基底核損傷例は病巣の形状で到達レベルに差異が著しく,被殻失語として一括して予後を論ずることは難しい。
著者
藤井 俊勝
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.155-163, 1997 (Released:2006-05-12)
参考文献数
21
被引用文献数
1 1

今回著者は両側前頭葉梗塞後に,視野障害・運動麻痺・失調・視覚運動失調・感覚障害がなく,数字順唱・Tapping spanが保たれているにもかかわらず,電話がかけられなくなった症例を経験し,その症状を詳細に検討した。本症例の症状の本質は,ある程度の負荷の存在下における異なるモードへの情報変換過程の障害であると考えられた。この症状の説明にBaddeleyらによるWorking memoryモデルを適用した。すなわち,ある程度正常に機能している2つの補助システム (phonological loop/visuospatial sketchpad) と,障害された中央処理装置 (central executive) という考えで本症例の症状は説明可能であった。Central executiveの機能の1つとして,負荷存在下における異なるモードへの情報変換が想定され,また解剖学的には前頭前野の関連が示唆された。
著者
小野 武年 西条 寿夫
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.87-100, 2001 (Released:2006-04-25)
参考文献数
36
被引用文献数
1

大脳辺縁系 (辺縁系) は,脳の内側部に位置し,認知,情動発現,および記憶形成のすべての過程に関与している。特に側頭葉内側部に存在する扁桃体および海馬体は,すべての大脳皮質感覚連合野からの情報が収束している領域であり,大脳皮質由来の高次処理情報 (認知情報) に基づいて情動発現ならびに記憶形成に重要な役割を果たしている。すなわち,扁桃体および海馬体は,それぞれ情動および記憶システムの key structure としてヒトの高次精神機能に重要な役割を果たしている。本稿では,解剖学,臨床神経心理学,行動神経科学的研究に基づき, (1) 辺縁系の扁桃体と海馬体を中心とする神経回路, (2) 情動と記憶のメカニズム,および (3) 情動と記憶の相互干渉作用について紹介したい。
著者
川口 潤
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.225-229, 1995 (Released:2006-06-02)
参考文献数
12

本論文では,最近の認知心理学におけるプライミング研究について概観した。プライミング効果とは,先行刺激を処理することによって後続刺激の処理が促進されることを指すが,一般にプライミング効果と呼ばれている現象には,意味的プライミング効果と反復プライミング効果がある。意味的プライミング効果は,意味的関連のある先行刺激によってターゲット情報の処理が促進される現象であり,2刺激の時間間隔は数 10 msec から数秒以内である。一方,反復プライミング効果は,ターゲット情報と同一の先行情報によって処理が促進される現象であり,2刺激間の間隔は比較的長期間である。それぞれ,被験者が先行情報を意識的認知している場合といない場合との比較が関心を集めている。ただ,このような意識を伴わない処理 (潜在認知・潜在記憶) の測定には十分な注意が必要である。今後,認知心理学的研究と神経科学的・神経心理学的研究との連携が期待される。
著者
長谷川 恒雄 岸 久博 重野 幸次 種村 純 楠 正 木船 義久 吉田 道弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.638-646, 1984 (Released:2006-08-04)
参考文献数
3
被引用文献数
31 1

Factor and scalogram analyses were carried out on data obtained from 313 aphasic patients whose clinical state was evaluated by the Standard Language Test of Aphasia (SLTA). This report describes the results of scalogram analysis following up the previous report which dealt with the results of factor analysis, and proposes a rating scale which determines over all severity of aphasic patients.    Guttman's scalogram analysis was performed in various ways on the SLTA items in order to construct a simple and practical scale. The 26 items were classified into three item-groups based on the results of the factor analysis which was reported in the previous report : group A consisting of items with high factor loadings on the 1 st factor (writing), group B consisting of items related to the 2 nd factor (speech) and group C related to the 3 rd factor (comprehension). Four compound items were constructed in group A and three each in groups B and C, and these compound items were analyzed separately. The analysis reveals that they are sufficiently unidimensional for scale construction. A rating scale with total scores of A, B and C was proposed for overall assessment of aphasia.
著者
三宅 裕子 田中 友二
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.1-9, 1992 (Released:2006-06-23)
参考文献数
21
被引用文献数
5 4

左側頭頭頂葉皮質下出血により読字・書字障害のみを呈し,読字では仮名が,書字では漢字が選択的に障害された1例を報告した。本例は読字・書字における漢字処理と仮名処理過程の神経心理機構について示唆を与える症例である。    症例は74歳の右利き男性。仮名に選択的な失読と漢字に選択的な失書を認めた。漢字の読みと仮名書字は正常に保たれていた。発症初期には喚語困難と聴覚的理解の障害を認めたがこれらの失語症状は速やかに消退した。本例はX線CT上,左側頭頭頂葉移行部の皮質下に病巣があり,この部位の損傷により後頭葉から角回に至る仮名読みを担う経路と側頭葉から後頭葉を経て運動野に至る漢字書字の経路が同時に損傷されて仮名の失読と漢字の失書を呈したと推察した。日本語の読み書きには神経心理学的に異なる4つの処理過程—漢字の読みと書字,仮名の読みと書字—が存在するが,本例の症状はこの4つの過程が選択的に障害されうる場合があることを示している。
著者
本田 哲三 坂爪 一幸
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.146-153, 1998 (Released:2006-04-26)
参考文献数
18

最高次の脳機能とされる遂行機能は従来治療回復が困難とされてきた。本研究では先行研究から遂行機能の回復を目ざす (1) 自己教授法, (2) 問題解決訓練および (3) 身体訓練を取り上げ,慢性期前頭葉障害者6名に各6週間ずつ訓練を施行した。その結果,自己教授法および問題解決訓練が有効である可能性が示唆され,全例で日常生活で一定の改善傾向が認められた。以上について若干の考察を加えた。
著者
木島 理恵子 吉野 眞理子 河村 満 河内 十郎 白野 明
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-9, 1997 (Released:2006-05-12)
参考文献数
20
被引用文献数
1

日本語・韓国語二言語使用者失語症例において,両言語の障害を特に日本語における漢字・仮名障害と韓国語における漢字・ハングル障害との対比を中心に検討した。    症例は65歳右利き男性。脳梗塞 (左中大脳動脈領域) による右片麻痺と重度の失語が認められた。日本語と韓国語の習得および病前の使用状況は,口頭言語・文字言語のいずれにおいても両言語で同等であった。標準失語症検査,表出面の検査,聴覚理解検査,読み理解検査を両言語について実施したところ,すべての検査で両言語がほぼ同様の成績を示した。さらに,両言語ともに仮名・ハングルに比べ漢字が良好という同様の障害パターンが認められた。これは,本症例が2つの言語を同程度に習熟していたことに加え,日本語と韓国語の言語構造の諸側面が類似していることの結果であると考えられ,これらの要因により,本症例における両言語の脳内機構が同様であった可能性が示唆された。
著者
林 耕司
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.218-221, 1997 (Released:2006-05-12)
参考文献数
5

失語症者に対する言語治療の目的が失語症者に日常生活での意味ある参加を促し,社会的不利の軽減と障害の受容を促すことにあるとするならば,失語症者が環境に適応しようとするつど立ち現れてくるさまざまなバリアー (障壁) を取り除くべく果敢に挑戦していくのが言語治療士の重要な仕事だと考えられる。本稿ではまず,人間は関係のなかで生きており,そのなかで得た病は積極的意味を持つという視点を提供した。さらに,地域に復帰していく失語症者を支えるという言語治療士の役割の視点から,失語症言語治療の枠組みのなかに言語ボランティアを導入し失語症者の生きがいを援助してきている実際の活動の “言の葉の会活動” と “病院言語ボランティア活動” を紹介した。そして,言語ボランティアがもたらす意味を考察し,併せて失語症者自身がトーンチャイムを利用してボランティア活動を行っていることも紹介した。
著者
山鳥 重
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.168-173, 1992 (Released:2006-11-10)
参考文献数
29
被引用文献数
1
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸 加藤 正弘
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.9-16, 2002 (Released:2006-04-21)
参考文献数
18
被引用文献数
3 3

失語症が動作性知能検査におよぼす影響について検討した。対象は麻痺や失調などの運動障害を認めない流暢型失語 22 (ウェルニッケ失語 19,伝導失語2,健忘失語1) 名である。検査には,SLTAとWAIS-Rの動作性検査およびレーヴン色彩マトリックス検査を用いた。その結果,WAIS-Rの動作性検査は,失語症の影響を受けやすい下位検査と影響を受けにくい下位検査に二分された。失語症の影響を受けやすい下位検査は「絵画配列」と「符号」であった。「絵画配列」の成績低下の要因としては談話水準の言語表出能力,「符号」の成績低下の要因としては文字言語の音韻処理障害がそれぞれ関与していると考えられた。また,レーヴン色彩マトリックス検査においても,推理・思考力を要する検査項目は言語機能の影響を受けやすく,失語症の程度によっても少なからず検査成績が影響される可能性が示唆された。失語症例におけるWAIS-Rの動作性検査およびレーブン色彩マトリックス検査の結果を解釈する際には以上の点を考慮する必要があると考えられた。
著者
宇野 彰 金子 真人 春原 則子 松田 博史 加藤 元一郎 笠原 麻里
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.130-136, 2002 (Released:2006-04-24)
参考文献数
33
被引用文献数
23 13

発達性読み書き障害について神経心理学的および認知神経心理学的検討を行った。はじめに, 読み書き検査を作成し健常児童の基準値を算出した。次に, 検査結果に基づいて 22名の発達性読み書き障害児を抽出し対象者とした。7~12歳までの男児 20名と女児 2名である。WISC-III, もしくは WISC-Rでの平均IQは 103.0, 言語性IQ 103.1, 動作性IQ 102.4であった。パトラック法による SPECTでは, 左側頭頭頂葉領域で右の同部位に比べて 10%以上の局所脳血流量の低下が認められた。音韻情報処理過程と視覚情報処理過程に関する検査を実施した結果, 双方の処理過程に問題が認められた児童が多かった。以上より, 発達性読み書き障害は局所大脳機能低下を背景とする高次神経機能障害であると思われ, 音韻情報処理過程の障害だけでなく, 少なくとも視覚情報処理過程にも障害を有することが多いと思われた。
著者
小嶋 知幸
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.177-184, 2001 (Released:2006-04-25)
参考文献数
2

19世紀末から今日に至るまで,古典論を代表とする失語学では,失語症は症状の組み合わせ,すなわち「症候群」という観点で分類・整理されてきた。古典分類の中に位置する代表的な失語タイプの1つであるウェルニッケ失語も例外ではない。本論では,はじめに (1) 「症状」と「障害」は同義ではなく,「症状」の背景にあって「症状」を発現させている原因が「障害」であること, (2) 障害のメカニズムを推定することなしに失語症への「対策」の立案はありえないことを述べた。続いて,これまで「症候群」の考え方の中で論じられてきたウェルニッケ失語を,「障害メカニズム」の立場から定義し直した。そして,定義をほぼすべて満たす典型的な症例1例の,約6年間の訓練経過を報告し,ウェルニッケ失語が長期にわたって機能回復を続けることを明らかにした。最後に,失語症者が安心して長期間集中的かつ適切な訓練を受けられる体制作りの必要性や,臨床上見逃してはならない失語症者の精神・心理的問題とその対策の重要性についても言及した。
著者
兼本 浩祐 馬屋原 健
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.230-236, 1993 (Released:2006-06-14)
参考文献数
20

本院にてんかんを主訴として来院し,単純部分発作を示した 563人の患者から失語発作を呈した 42人の患者を対象として選択した。その内訳は,言語理解障害が 24人,言語表出障害が 25人,喚語困難が 5人,錯語が 4人,読字困難が 2人であった。夢様状態(dreamy state)を訴えるてんかん患者群と比較して,失語発作を呈した症例群は,(1) 脳波上前頭部焦点を示す率が高い,(2) 複雑部分発作の合併率が低い, (3) 部分運動発作の随伴率が高く, (4) 複合視覚発作,不安発作の随伴率が低いことが統計的に確認された。この結果から,両群とも脳波上側頭部焦点を示すことが多いが,夢様状態は大脳辺縁系が深く係わっているのに対して,失語発作は新皮質との関わりが深いことを論じた。
著者
斉田 比左子 藤原 百合 山本 徹 松田 実 水田 秀子
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.230-239, 1994 (Released:2006-06-06)
参考文献数
15

電文体発話を呈した左中前頭回後部の小出血の1例を報告した。典型的な電文体発話は我が国の Broca 失語ではまれといわれている。本症例は54歳,右利き男性で,発症時はBroca失語に相当する状態を呈し,その回復過程で,自発話のみに選択的に電文体発話が明確となった。特に,発話意欲の亢進した自発話に著明であった。書字には,電文体は認められなかった。理解力や喚語力は保たれ,文法処理能力も良好であった。本症例では,迅速かつ効率よく多くの情報を伝えようとする場合には助詞が省略され,その背景には文を構成し発話する過程で助詞の使用に関する何らかの機能不全が推察された。本症例は,文の構成に関与するといわれる左中前頭回後部に限局病変を有したことから同部位が文の構成過程に関与する可能性を示唆する1症例と考えられた。