著者
山本 経之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.135-140, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
40
被引用文献数
2

1980年代末に,カンナビノイドが特異的に結合する受容体が脳内に存在することが明らかにされ,主に中枢神経系にCB1受容体また末梢神経系にCB2受容体の2つのサブタイプが同定された.また内在性カンナビノイドとしてアナンダミドや2-AGが相次いで発見された.カンナビノイドCB受容体は,グルタミン酸,GABA,アセチルコリン(ACh)等の神経シナプス前膜に存在し,神経シナプス後膜から遊離さる内在性カンナビノイドを介して各種伝達物質の遊離を抑制する事が知られている.ここではカンナビノイドCB1受容体ならびにその内在性カンナビノイドが中枢神経系の機能としての食欲・記憶・痛覚・脳内報酬系における役割について述べた.食欲はCB1受容体の活性化により亢進し,逆に不活性化によって抑制される.“食欲抑制物質”レプチンとの相互作用が示唆されている.記憶・学習に重要な役割を演じている脳部位にCB1受容体が高密度に分布し,その活性化によって記憶障害(“忘却”)が誘発される.その作用はACh神経からのACh遊離の抑制に基因する可能性が示唆されている.また内在性カンナビノイドには鎮痛や痛覚過敏の緩和作用があり,末梢神経系のCB2受容体やバニロイドVR1受容体との関連性が今後の課題である.一方,大麻が多幸感を起こす事から,脳内カンナビノイドは脳内報酬系との関与が強く示唆され,それを支持する知見もある.脳内カンナビノイドシステムの変容は,意欲や多幸感・満足感を創生する脳内報酬系の破綻をきたし,精神疾患を誘引している可能性がある.近年,統合失調症を初めとした精神疾患とCB1受容体および内在性カンナビノイドとの関連性が指摘され,その是非は今後の研究に委ねられている.いずれにしても脳内オピオイドの発見の歴史を彷彿させる脳内“大麻様物質”の存在は,脳の多彩な機能の解明の新たな礎となることに疑いの余地はない.
著者
山本 経之
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.52, no.9, pp.817, 2016 (Released:2016-09-02)

大麻は、人類誕生以前から地球上に存在する植物であり、また繊維として、食物として、医薬品として人類が広く頻用してきた歴史がある。大麻の活性成分として精神作用の強いΔ9-THCや精神作用の弱いCBN等が同定され、カンナビノイドと呼ばれている。また体内にも大麻の活性成分と結合する特異な受容体の存在が明らかにされ、同時に内因性カンナビノイドも見つけられている。一連のカンナビノイドは、創薬としての新たなブレークスルーが期待できるか?
著者
山本 経之
出版者
九州大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992

3-panel runway装置ならびに2-または3-lever operant装置を用いて、短期記憶における大脳辺縁系諸核の機能局在性を脳の局所破壊ならびに脳内微量注入法を用いて明らかにした。1)嗅球摘出によって3-panel runway taskでの参照記憶ならびに作業記憶は共に著しく障害された。また3-lever operant装置を用いての遅延見本合わせ課題(DMTS)および2-lever operant装置を用いての逆転学習は共に障害された。2)背側海馬(DH)破壊によって作業記憶及びDMTSは著しく障害されたが参照記憶には影響なかった。またmuscarinic antagonistスコポラミン、nicotinic antagonistメカミラミン、BZD/GABA_A agonistムシモールおよびクロルジアゼポキサイド、5-HT_<1A> agonist 8-OH DPAT、NMDA antagonist CGS 19755およびCPP、NO合成阻害剤L-NAMEのDH内微量注入によって、作業記憶は障害された。DH破壊による記憶障害はcholinesterase阻害剤フィゾスチグミンおよびテトラヒドロアミノアクリジン(THA)によって改善された。3)乳頭体(MB)破壊によって作業記憶・参照記憶は共に障害されたが、DMTSや逆転学習には影響なかった。一方、視床背内側核(DMT)破壊によってDMTSだけが著しく障害された。MBまたはDMT破壊によって惹起される記憶障害はTHAによって改善されなかった。4)扁桃体基底外側部(BLA)破壊によって作業記憶は著しく障害されたが、参照記憶は変化なかった。この障害は扁桃体皮質腹側部破壊では認められなかった。スコポラミンおよびCPPのBLA内微量注入により、参照記憶には影響なかったが作業記憶は障害された。5)大脳基底部破壊により作業記憶・参照記憶及びDMTSは著しく障害された。また逆転学習も障害された。このように脳の局所破壊によって、破壊部位に依存した特徴的な記憶障害が惹起された。これらの成果は脳における記憶の機能的局在性を理解する上において有用な糸口を与えてくれた。
著者
山本 経之 釆 輝昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.3, pp.173-180, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
35
被引用文献数
5 4

精神疾患の動物モデルは,その根底に存在する神経機構の解明や前臨床における新規化合物の治療効果の予測を行う上において欠くことが出来ない.しかし当然のことながら,動物の脳内で起っている事とヒトの脳内で起っている事が等しいという証拠を見い出せない為に,適切な精神疾患の動物モデルを確立することは極めて困難である.ヒトにおける精神疾患の初期の動物モデルは,ヒトと動物で観察される行動上認められる症状の類似性,即ち“表面妥当性”(face validity)に基づいたものが多かった.その後,行動系の変容と神経系の変容との関連性が,動物での変化とヒトの臨床像との間で認められるか否かという“構成妥当性”(construct validity)に基づいた動物モデルの開発もなされるようになってきた.動物モデルの実際的な有用性は,結局,精神疾患に対する新規化合物の臨床効果を予測する“予測妥当性”(predictive validity)にある.本稿では,主に,精神疾患患者の症状に類似した症状を引き起こすことが期待できる環境ストレスや薬理学的処置による分裂病とうつ病の動物モデルに焦点を当て,これらの妥当性を考慮に入れながら概説する.
著者
崎村 克也 平仁田 尊人 宮本 道彦 永田 健一郎 山本 経之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.24-29, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
52

薬物依存研究の視点は,(1)依存の形成機構の解明および(2)薬物への“渇望”の再燃・再発機構の解明にある.薬物依存の実験法としては,1)薬物選択試験法,2)条件づけ場所嗜好性試験法,3)薬物弁別試験法および4)薬物自己投与実験法が繁用されている.しかし,前者3つの実験法は依存性薬物の強化/報酬効果または薬物摂取行動の機構解明に迫れても,薬物への“渇望”の再燃・再発の機構解明に向けての妥当性の高い戦略とは言い難いが,ラットの薬物自己投与実験法では“渇望”の動物モデルが確立されている.“渇望”を誘発する臨床上の要因として,(1)少量の興奮性薬物の再摂取(priming),(2)薬物使用を想起させる環境因子(薬物関連刺激),そして(3)ストレスの3種類が知られている.ヒトで乱用される薬物はラットでの薬物自己投与行動が成立し,上記の刺激により生理食塩液投与下でのレバー押し行動(薬物探索行動)が発現する.この行動が臨床上の“渇望”を表す動物モデルとして考えられている.脳内局所破壊法と薬物の脳内微量注入法により,薬物摂取行動と薬物探索行動(“渇望”)では,脳内責任部位が異なることが明らかにされている.また,薬物探索行動は,その誘発要因により発現パターンやD2受容体の関与の仕方が異なることも分かっている.これらの知見は,薬物探索行動の発現機序が誘発要因の違いによって異なることを示唆している.一方,近年,薬物探索行動における内因性カンナビノイドの関与が示唆され,内因性カンナビノイドとドパミンやグルタミン酸神経系とのクロストークに熱い視線が注がれている.今後の薬物依存研究は,“渇望”の発現機序の解明と共に,“渇望”のモデル動物での情動や認知機能の変容にも焦点をあて,多面的に薬物依存を捉えていく必要がある.
著者
山本 経之 薮内 健一 山口 拓 中路 将徳
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.49-57, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
51
被引用文献数
1 2

本論文では, (1)渇望状態や薬物探索行動の動物モデルと, (2)それらの発現機構について, コカイン自己投与実験を中心に概説する.実験動物において, 自己投与行動習得後薬物を生理的食塩液に置換しても激しいレバー押し行動が観察される.この行動を薬物探索行動と捉え, 薬物自己投与の終了からの時間経過によって, within-sessionモデルとbetween-sessionモデルとに区別する.一方, 生理的食塩液によるセッションを反復すると, 薬物探索行動は消去(extinction)されるが, 少量の薬物再投与, ストレス付加および薬物関連刺激の呈示によって探索行動が再発する.これを再発(relapse/reinstatement)モデルと呼ぶ.電気生理学的研究によって, コカイン自己投与中のラット側坐核ニューロンの発火頻度は, レバー押し直後に抑制され, 次のレバー押しまで漸増的に回復する現象が見い出された.こうした特異的な発火パターンは, 渇望状態や薬物探索行動を反映している可能性がある.マイクロダイアリシス法による検討によると, 薬物探索時のレバー押し行動は, 側坐核のドパミン濃度の変動によって予測できる可能性が指摘されている.ドパミンD2様受容体作動薬はコカインの強化効果を増強し, コカイン探索行動の再発を生じさせるのに対し, D1様受容体作動薬はコカイン摂取行動を減少させ, コカイン探索行動を消失させる.コカイン再投与によって惹起されるコカイン探索行動は, AMPA受容体拮抗薬の側坐核内注入により抑制されたが, ドパミン受容体拮抗薬では抑制されなかったことから, 側坐核内のグルタミン酸伝達は, 渇望や薬物探索行動の発現にとってより重要な役割を担っていることが示唆される.今後, 薬物依存症の解明に向けてより妥当性の高い薬物探索モデルの確立が望まれる.
著者
山本 経之
出版者
公益社団法人日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.37, no.12, pp.1104-1108, 2001-12-01