著者
平 孝臣
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.11-21, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
73

精神疾患に対する脳神経外科治療(neurosurgery for psychiatric disorders :NPD)を行う脳神経外科医の大半が属する国際定位機能神経外科学会(WSSFN)の会長として,WSSFN でのNPD へのコンセンサス,スタンス,課題,および国際的現状を紹介する。WSSFNでは少なくとも現時点ではすべてのNPDを「研究段階の治療」とみなしている。FDA や CEの承認を背景に企業などの関与があり,純粋な医学的見地からは疑問視する声もある。したがってこれらの承認をもって一般医療とはみなしていない。「研究段階の治療」ではある一定の study protocol のもと,各国,各施設でのIRBなどの承認が必須で,患者や社会も「研究的,実験的」治療と認識しておく必要がある。多くの倫理規定やガイドラインがあるが,精神科医,脳外科医を含む複数の専門分野の十分経験のある医師の関与が必須である。このような条件下の研究は,難治性強迫神経症(OCD),難治性うつ病(TRD)が代表的であるが,アルコールを含む薬物依存,神経性食思不振,アルツハイマー病などもにも拡大している。一方WSSFNの原則に則らず,十分な情報開示もないまま,統合失調症,薬物依存,衝動的な攻撃性などに対して凝固術を行っている国もある。しかしこれらにはLevel 1のエビデンスはなく,安全性と有効性が Level 2の段階で,今後さらに科学的検証が必要である。DBSが可逆的で盲検可能で科学的アプローチが可能ということで注目を浴びているが,北米では現在もNPDに関与する脳神経外科医の半数が凝固術を行っている。薬物治療などの既存の治療の効果を評価する尺度で,同様に重度のOCD や TRDに対するDBSの効果を検討した場合,未だに完全ではないが,十分有望な効果が認められており,今後本邦でも看過できない領域である。
著者
平 孝臣
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.698-710, 2021-07-10

Point・定位・機能神経外科は脳神経外科で最も古い領域で,戦前から行われてきた.これらでの経験は,ヒトの神経生理学の発展に大きく寄与した.・定位脳手術は日本では1970年代まで世界をリードする勢いで行われ,楢林博太郎,佐野圭司らを中心に,日本を代表する脳神経外科医の多くが携わっていた.・現在,脳神経外科で一般化している神経内視鏡,ナビゲーション,術中モニタリングなどは,低侵襲と精度を重視する定位・機能神経外科分野から発展したものである.・2000年以降,脳深部刺激療法(DBS)の出現で定位・機能神経外科は隆盛を来したように思われるが,定位・機能神経外科医にしか治せない多くの患者が未治療のまま放置されているのが実情である.脳神経外科がより社会的に評価されるためにも,より多くの脳神経外科医が定位・機能神経外科に関与する必要がある.
著者
堀澤 士朗 平 孝臣
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.838-845, 2021-07-10

Point・高周波熱凝固手術は,振戦・ジストニアなどの不随意運動に対して長期的に改善をもたらすことができる.・高周波熱凝固手術における後遺症を呈する脳出血は極めて稀であり,安全性は高い手術である.・振戦に対する両側脳凝固手術以外の安全性は確立されておらず,構音障害や声量低下などの症状が重篤に生じる可能性がある.・両側脳凝固手術による手術リスクが懸念される場合は脳深部刺激療法(DBS)の適応を検討する必要がある.
著者
平 孝臣 堀 智勝
出版者
日本脳神経外科コングレス
雑誌
脳神経外科ジャーナル (ISSN:0917950X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.5, pp.316-322, 2005-05-20
被引用文献数
1

書痙は上肢の局所ジストニアで, 大脳基底核などの機能異常によることが明らかにされている.しかし, 現在でも多くの医療者は書痙を心因性疾患と考え, 心理療法や抗不安薬で治療することが多い.ただ, このような保存的治療の効果は乏しい.同様の症状はピアニストなどプロの職業人にも多くみられ, 職業予後はよくない.書痙が心因性とみなされてきた背景には, ある一定の動作時のみ出現し他にはまったく症状ないこと(task-specific)が挙げられるが, これがジストニアの特徴の一つである.ジストニアでは動作特異性(task specificity), 症状の常同性(stereotypy), 感覚トリック(sensory trick)がみられる.書痙はジストニアのうちでも最も難治で, 欧米では異常緊張する前腕などの筋にボツリヌス毒素を局所注射する対症療法が一般的である.しかし本邦では頭頸部以外のジストニアに対する適応がない.これまで書痙に対して定位的視床核凝固術で良好な結果が得られた症例報告がいくつかあり, この数年筆者らは上肢の局所ジストニアである書痙に対して視床Vo核凝固を行い良好な結果を得ているので紹介する.
著者
松森 邦昭 別府 俊男 中山 賢司 斉藤 元良 青木 伸夫 田中 柳水 平 孝臣
出版者
一般社団法人 国立医療学会
雑誌
医療 (ISSN:00211699)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.33-37, 1986-01-20 (Released:2011-10-19)
参考文献数
10

脳神経外科治療過程で合併症としての糖尿病性昏睡を経験した. 2例は高浸透圧性非ケトン性糖尿病性昏睡, 1例は高浸透圧性非ケトン性昏睡と糖尿病性ケトアシドーシスの移行形, 1例は糖尿病性ケトアシドーシスであつた. この病態の相違は主に患者側が持つ耐糖能の異常の程度により生じたと考えられた. 脳神経外科治療上の糖尿病性昏睡促進因子として, 1) 原疾患, 及び手術侵襲によるストレス, 2) ステロイド剤, 減圧剤, 3) 経管栄養などがあげられる. これらの薬剤, 治療は脳神経外科治療上不可欠のものであり, 意識障害患者に重複して行われる. このため糖尿病性昏睡の発見が遅れ, 問題となる. この対策として, 脳神経外科の治療上, 糖尿病性昏睡の発生を念頭に置き, 少しでも疑いがあれば頻回に電解質, 血糖値, 血漿浸透圧, 酸塩基平衡を測定すべきである.
著者
伊藤 恒 山本 一徹 福武 滋 山口 敏雄 平 孝臣 亀井 徹正
出版者
日本神経治療学会
雑誌
神経治療学 (ISSN:09168443)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.43-46, 2020 (Released:2020-07-21)
参考文献数
13

薬剤抵抗性の本態性振戦(essential tremor:ET)10例(男性8例,女性2例,67.1±17.5歳,全例右利き)に対してMRガイド下集束超音波(MR–guided focused ultrasound:MRgFUS)による左視床中間腹側核(ventral intermediate nucleus:Vim)破壊術を行い,12か月後までの有効性と安全性を検討した.治療直後から全例で右上肢の振戦が改善し,2例で振戦が再増悪したものの,右上肢のClinical Rating Scale for Tremorの平均値は12か月後まで約60%の低下が持続した.しかし,Quality of Life in Essential Tremor QuestionnaireのGlobal Impression Scoreの平均値は有意な改善を認めなかった.有害事象の大部分は軽微かつ一過性であり,治療から6か月後以降に新規の有害事象は生じなかった.MRgFUSによる片側Vim破壊術は薬剤抵抗性のETに対する治療選択肢の1つであるが,振戦の改善効果を高めるとともに,より多数例を長期に検討する必要がある.