- 著者
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手代木 功基
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.129, 2020 (Released:2020-12-01)
1.はじめに淀川水系の安曇川上流域,滋賀県高島市朽木地域には,トチノキ(Aesculus turbinata)の大径木がまとまって生育する「トチノキ巨木林」がみられる.朽木地域のトチノキ巨木林は,全国的にも貴重な植生であるにも関わらず,その立地環境の特徴や,巨木林の成立過程等についてはほとんど研究が行われてこなかった.トチノキの種子であるトチノミは,縄文時代から山村を中心に食用とされてきた.また,材も木地として利用されるなど,山村で暮らす人びととの関わりが深い樹木である.そのため,トチノキの立地環境や成立過程を検討するためには,自然環境(自然地理学的側面)だけでなく,人為の影響等について(人文地理学的側面)も合わせて検討する必要がある.本発表では,朽木地域におけるトチノキ巨木林の立地環境の特徴や成立過程を報告することを通じて,環境—人間関係を考えたい. 2.方法調査地は滋賀県高島市朽木地域である.本研究に関わる調査は2011年から2015年にかけて実施した.巨木林が分布する集水域に出現したトチノキの位置情報,胸高周囲長,谷底からの高さ等を現地調査により記録した.合わせて空中写真やDEM等を利用して地形分類を行い,これらのデータを組み合わせて立地環境を検討した.また,調査対象とした集水域の山林を所有・利用してきた近隣の集落において聞取り調査を実施し,山林やトチノキ・トチノミの利用方法等を記録した. 3.結果と考察調査対象地における植生・地形調査から,トチノキ巨木林は特定の地形面に分布していることが明らかになった.具体的には,地形分類で下部谷壁斜面,上部谷壁斜面と区分された地形面の境界をなす遷急線の直上や,谷頭凹地の上部斜面にトチノキ巨木が数多く分布していた.すなわち,トチノキは渓畔林の主要構成種であり水辺を好むが,本地域におけるトチノキの巨木は,谷底から一定の距離(高さ)を持って生育していることが明らかとなった.また,トチノキの巨木は,小・中径木と比べて谷の上流側に分布が偏って林分を形成していた.これらはいずれも大規模な地形撹乱を受けにくい場所であり,樹齢200年を超えるトチノキ巨木の立地が,地形的な制約を受けている可能性が示唆された.聞取り調査からは,トチノキは実の採取のために伐採が制限されてきたことが明らかになった.また,トチノキは炭焼きに不向きな樹種であるため,周辺の山林が薪炭林として利用されてきたなかで伐採されずに残されることが多かった.実際にトチノキ巨木林の周辺植生は,人為の影響を受けた二次林や人工林であり,里山のなかに立地する特異な植生として位置づけられる.以上から,トチノキ巨木林の成立には,地形面の安定性などの環境要因とともに,トチノキの選択的な保全や他樹種に対する定期的な撹乱といった地域住民の自然資源利用が影響していることが明らかになった.こうした総合的なアプローチを用いて他地域においても植生の立地環境や成立過程を検討していくことで,環境—人間関係の多様性を明らかにすることができると考える.