- 著者
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斉藤 弥生
- 出版者
- 北ヨーロッパ学会
- 雑誌
- 北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
- 巻号頁・発行日
- vol.8, pp.23-38, 2012 (Released:2018-10-01)
本稿では、民営化と市場化に焦点をあてて、2000年以降のスウェーデンの高齢者介護におけるコミューンの介護システムの現状分析を行う。スウェーデンでは1990年代以降、EUの政策の影響を受けながら、介護サービスの民間委託が少しずつ進んできた。2006年9月に第一次ラインフェルト保守中道連立政権が発足してから、2008年には入札法、2009年にはバウチャーシステム法が施行され、国レベルでは介護サービスの民営化と市場化を加速させる政策が打ち出されてきた。また2007年に始まった家事労賃控除は家事サービス購入に対する税額控除で、申告をしない水面下の労働を正規労働に替え、新たな雇用創出を目的とした政策である。控除を利用して家事サービスを半額で購入できるようになり、高齢者介護にも影響が見られる。家事労賃控除を利用すれば、要介護認定を受けずにサービスを購入でき、また要介護認定の基準外となる付加サービスの購入にも適用されるので高齢者の利用も増えている。この政策は家事サービス企業の市場参入を後押ししている。これらの政策はコミューンの介護システムにどのような影響を与えているか。これが本稿のテーマである。バウチャーシステムの導入はコミューンの選択に任されており、特定助成金も配分されたが高齢者介護への同システム導入は今のところ、全国の23.4%に留まっている (2010 年)。 本稿では2000年代初頭に同システムを導入したストックホルムと、法律により導入に踏み切ったヴェクショーを取り上げ、それぞれのシステムを比較検討した。バウチャーシステムの運営方法はコミューンにより多様であり、要介護認定、事業者数、介護報酬、 コミューン直営サービスの役割等も異なる。ストックホルムでは利用者は100を超える事業者からの選択が求められ、コミューン直営事業所を選べない地区もでている。一方、ヴェクショーでは民間事業者を選択しない高齢者は自動的にコミューン直営サービスを利用するというルールを持ち、以前の居住区単位のホームヘルプ供給エリアも維持している。また家事労賃控除の影響も徐々に表れてきた。ストックホルムでは65歳以上高齢者のホームヘルプ(家事援助サービス) の利用率が3%で全国の平均(7. 3%) の半分以下であるが、65歳以上高齢者の4. 8%が家事労賃控除を利用している。ストックホルムでは家事援助利用者の半分以上が要介護認定を必要としない家事サービスの個人購入に移行したことが推測される。コミューンにより多様な介護システムが存在することは明らかになったものの、その要因分析はスウェーデン国内でも先行研究がない。 日本の介護保険制度のように全国一律の制度と異なり、分権的なシステムでは変数が多すぎることが要因分析を困難にしているものと思われる。EUや国レベルでは市場開放、自由競争の流れが強まる中で、コミューンの高齢者介護(特に家事援助) では、家事労賃控除を利用した個人購入化が進んでいくのか、要介護認定に基づく従来の介護サービスを維持していくのか、高齢者介護の根本理念にかかわる議論が始まっている。