著者
古市 憲寿
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.53-62, 2012

本論文は、ノルウェーにおける戦後育児政策を検討するものである。1960年代までノルウェーは「主婦の国」 と呼ばれており、労働力不足であったはずの戦後復興期にも女性が労働力として注目されることはなかった。しかし1970年代以降、パブリック・セクターの拡大に伴い、母親を含めた女性の労働市場への進出が本格化、「主婦」というカテゴリーは失効していく。そこで前景化したのが 「子ども」である。近年は現金による育児手当など、「主婦」ではなく「子ども」の価値を強調することによって、男女の性差を前提とした政策が実施されている。それは、国家フェミニズム成立時の「母親」と「国家」の同盟が、ノルウェーにおいては男女の差異を前提として成立したためだと考えられる。
著者
深見 佳代
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.47-56, 2016 (Released:2017-12-01)

スウェーデンの医療制度は、医療にアクセスするまでの待ち時間の長さが指摘されてきた。しかしその傾向は近年改善しつつあるようである。最初に国レベルで対策が行われたのは1987年で、3種類の手術について追加的資金が分配された。1992年には10手術について3か月を待ち時間の上限とする最大待ち時間保証が開始された。1997年にはより普遍的な利益のため、医師に会うまでの時間について、2005年には手術や治療を受けるまでの時間についてそれぞれ保証が拡大された。この保証により実行力をもたせる目的で、2009年には経済的インセンティブを付与する計画が開始され、2010年には保証が「患者の権利」として法制化された。これらは、待ち時間の改善という一定の成果を上げているものとして評価できるものの、根本的な解決につながるものではないため、現場に負担がかかっていることが予想される。今後は待ち時 間の原因についてより詳細な分析が必要である。
著者
倉地 真太郎
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.1-11, 2018 (Released:2019-07-01)

デンマークは高負担税制を維持する国の一つである。しかし、デンマークは1970年代初頭に反税政党・進歩党による所得税廃止運動を経験した国でもある。1980年代以降、反税政党の勢いは衰えたが、代わりに極右政党・デンマーク国民党が台頭し、2001年11月国政選挙で第三政党まで躍進した。本稿では、極右政党の台頭がデンマーク税制に与えた影響を明らかにするため、2004年税制改革の政治過程を分析した。2004年税制改革は、労働所得税減税だけでなく選別主義的な高齢者手当が導入されたが、これはデンマーク国民党にとって移民高齢者に恩恵が行き渡らないようにすることが狙いであった。
著者
徳丸 宜穂 柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.13-24, 2019 (Released:2020-07-01)

ベーシックインカムは、個人を対象にした無条件の現金給付によって一定程度の生活を保障する構想である。フィンランドでは2017 年1月より世界初の国単位での社会実験が行われており、国際的な注目を集めている。本稿は、フィンランドにおけるベーシックインカム構想とその社会実験の歴史的・政治的・経済的コンテキストを明らかにすることと、ベーシックインカムとその社会実験が、フィンランドの福祉国家の刷新にとってどのような意味を持ちうるのかを検討することを目的とする。結論は以下の通りである。(1)ベーシックインカムはフィンランドに特徴的な普遍主義の自然な帰結であり、ラディカルな手段とは言えない。(2)ベーシックインカムは短期的および長期的な問題解決策として広範に支持されるが、前者へと換骨奪胎される傾向がある。(3)北欧福祉国家の刷新手段としては限界があるが、議論の起爆剤としての可能性を持っている。
著者
古市 憲寿
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.1-11, 2019 (Released:2020-07-01)

本稿の目的は、ノルウェーと日本の育児政策の変遷を概観することで、その背後にある両国の「男女平等」を理解することである。ノルウェーと日本は共に「母親」の役割を強調しながら、女性に対する権利拡充が進んできた国であった。そのため公的保育サービスの普及は遅れたものの、ノルウェーでは1960 年代の福祉国家拡大による労働力不足、日本では1990 年代の少子化に対する危機から、育児の社会化が意識された。共通するのは、労働力不足や少子化という、「男女平等」とは直接的には関係のない外在的な社会変化によって、公的保育サービスの必要性が認識されたという点である。しかし、市場や家族にとってすぐ保育園を整備することが合理的である労働力不足と違い、少子化という直ちに社会に大きな影響を与えない問題から育児政策を充実しようとした日本では、高齢化対応が優先され、未だに待機児童問題さえ解決の目処が立っていない。
著者
Esben Petersen 田渕 宗孝 長谷川 紀子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.81-90, 2020 (Released:2021-07-01)

欧州福祉国家研究の近年の文献では、教会とプロテスタンティズムは、近代的福祉国家の歴史的発展における二つの中心的変数とされている。つまり、近代的福祉国家の思想とキリスト教徒の間には関連性がある、とされるのである。本稿では、福祉国家モデルの発展における教会の重要性を議論の対象とし、そうした主張のアプローチをより詳細に考察する。本稿では、先行研究のアプローチを概観し、福祉国家の起源と発展、およびそれらが説明変数として宗教をいかに利用してきたかを分析する。これにより、多様な福祉国家レジームの発展を理解するうえで宗教に大きな役割を認めようとする近年の試みにつき、対象化の道を開く。また本稿は、諸アプローチに対する批判的議論に焦点を絞る。つまり、福祉国家、教会、宗教の間に関連があるとする主張に対し、それを支持する実証的な根拠はあるのだろうか、という議論である。
著者
塩田 潤
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.35, 2017 (Released:2018-07-01)

2012 年に設立されたアイスランド海賊党が、近年大きな支持を受けている。長らく主要四党が安定した政党政治システムを築いてきたアイスランドにおいて、なぜこのような現象が起きているのだろうか。本稿では、同国におけるこれまでの閉鎖的な政治的意思決定プロセスへの応答という視点からアイスランド海賊党の台頭を検証する。戦後から1990 年代以降の新自由主義時代に至るまで共通する閉鎖的な政治的意思決定プロセスというアイスランドの政治文化は、2008 年の経済危機を招くひとつの要因となった。排除性の強いこれまでの政治への応答として近年ICT システムを用いて政治的意思決定プロセスにより幅広い人々を包摂しようと試みるアイスランド海賊党が支持されていると考えられる。
著者
古市 憲寿
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.53-62, 2012 (Released:2018-10-01)

本論文は、ノルウェーにおける戦後育児政策を検討するものである。1960年代までノルウェーは「主婦の国」 と呼ばれており、労働力不足であったはずの戦後復興期にも女性が労働力として注目されることはなかった。しかし1970年代以降、パブリック・セクターの拡大に伴い、母親を含めた女性の労働市場への進出が本格化、「主婦」というカテゴリーは失効していく。そこで前景化したのが 「子ども」である。近年は現金による育児手当など、「主婦」ではなく「子ども」の価値を強調することによって、男女の性差を前提とした政策が実施されている。それは、国家フェミニズム成立時の「母親」と「国家」の同盟が、ノルウェーにおいては男女の差異を前提として成立したためだと考えられる。
著者
是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.1-11, 2020 (Released:2021-07-01)

本報告では、スウェーデンにおける民主主義社会の構成員を育成するインクルーシブ教育の基本理念を考察した。それらは地域的差別がない形式的平等と個の教育的ニーズに応じた実質的平等であり、また個人としての自立の尊重と脱家族化であった。ノーマライゼーションに端を発した二元論を前提としたインテグレーションは、一元論もしくは多元論を前提としたインクルージョンに転換している。排除を極力減らすインクルーシブ教育の実践はインクルーシブ社会の創造と相補的な関係にある。インクルーシブ社会においては、他者との共存のために伝統的な「常識」枠組み自体の再検討も行う。全ての者を対象とした総合的なシステムを構築しつつ、多様な個別ニーズにも対応する。社会の構成員がともに学び、お互いの差異に対する知識理解を深めることによって偏見を克服し、排除を回避する積極的な努力が継続的に必要とされていることが再度確認された
著者
渡邊 あや
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.27-38, 2020 (Released:2021-07-01)

本稿の目的は、フィンランドにおける「市民の育成」を担う学校のあり様と、そこで育むことが目指されている資質・能力について、教育政策と教育課程基準の分析から明らかにすることにより、北欧市民社会の担い手を育む教育の在り方を考えることにアプローチすることにある。その結果、フィンランドの「総合制学校モデル」が、時代の挑戦を受けながらも、今なお引き継がれ、重視されていること、教育課程基準が、社会の多様性を前提としていること、平等や社会的公正、民主主義といった概念を変わらず重視しつつ、新たな潮流・課題を取り込んでいることが明らかになった。さらに、日本と比較した場合の特徴として、民主主義や参加といった概念が、「行動すること」や「影響を与えること」までを含むものであることを指摘した。
著者
岩﨑 昌子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-11, 2013 (Released:2018-10-01)

ノルウェーの新右翼政党、進歩党は、議会で野党第1 党の議席を占め、政権入りも近いといわれる。進歩党は、1980 年代後半から排外主義的な主張を掲げて勢力を拡大したが、完全に議会内に定着してしまうと、過激な主張をやめ、穏健化してしまった。進歩党のこの路線変更はいったい何のためであったのか。本稿の目的は、進歩党が、反移民とウルトラ・ナショナリズムを基軸とする諸外国の新右翼政党とは異なり、状況に合わせて政策を自在に変化させて成長を続けてきたポピュリズム政党であると証明することにある。進歩党にとって移民政策は、単に有権者の注目を集めて支持を拡大し、議会に定着して、政権に招聘されようという成長戦略の「道具」に過ぎなかったのである。
著者
中丸 禎子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.51-60, 2010 (Released:2018-10-01)

明治から戦後までの日本における北欧文学の受容史を、セルマ・ラーゲルレーヴのそれを中心に概説する。 具体的な考察対象は、新劇運動における北欧演劇の受容、女性解放運動・児童教育運動に対するエレン・ケイの影響、無教会グループを中心とした、平和主義としての北欧受容、山室静による北欧文学およびラーゲルレーヴ受容である。この研究の日的は、邦訳作品の傾向・翻訳者の関心のあり方と日本史・日本文学史上の立場を関係付け、北欧のステレオタイプ・イメージの起源を明らかにすることである。
著者
玉川 朝恵
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.57-65, 2016 (Released:2017-12-01)

ワークラインを規範とするスウェーデン社会において、移民が労働市場に参加していることは非常に重要な意味を持つ。それゆえ、移民・難民に対して寛容な政策がとられ、失業を防ぐため充実した労働プログラムが提供されている。しかし、充実した制度を提供している一方で、労働市場に参加できない人たちがいる。スウェーデンで生まれ育った移民第二世代の中でも、とりわけ非ヨーロッパ諸国出身の親を持つ移民第二世代の失業率が、他の地域出身の親を持つ第二世代およびスウェーデン人と比較して高いことが明らかとなっている。本稿では、第一にスウェーデンへの移民の変遷および政策を概観し、第二に先行研究の紹介および失業率の格差の要因について分類を行った。第三に先行研究を踏まえた上で、Portes&Rumbaut (2001=2014)の研究を参考に、非ヨーロッパ諸国出身の親を持つ移民第二世代の失業率が高い要因の考察を行った。その結果、移民第一世代の歴史と編入様式を考慮しなければならないということ、そして、人種に基づく差別が要因の一つであるとする研究がほとんどないため、その点を考慮した調査が求められるということが明らかになった。
著者
岸田 未来
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-11, 2016 (Released:2017-12-01)

本稿は、スウェーデン企業のコーポレート・ガバナンス体制における従業員代表制の役割を、先行研究のアンケート調査の内容をもちいて明らかとした。取締役会における従業員代表は、労働組合によって選出されており、取締役会から職場への速やかな意思決定の伝達を行うとともに、限定された範囲ながら、職場の意向や情報を取締役会へ直接伝えるという、双方向の情報伝達機能を担っていたと考えられる。このような機能をもつ従業員代表制と、それを含むステークホルダー型コーポレート・ガバナンス体制は、労使協調体制の下で20年以上にわたり安定して継続し、スウェーデン企業の特質を形成してきた。ただし近年では、ステークホルダー型コーポレート・ガバナンスの機能が近い将来に低下しうる兆候もみられる。
著者
石田 祥代 是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.9, 2017 (Released:2018-07-01)

本稿では、北欧で実践されている義務教育諸学校を中心とした児童生徒のための支援の特徴と課題の検証を、文献および資料の分析、質問紙調査および聞き取り調査の結果分析により行った。その結果、一つに、デンマークで主に行われる役割分担型モデル:児童生徒に対しては学校中心に支援を行う一方で、児童生徒の保護者に対してはコムーネの福祉当局が中心に支援を行う、もう一つに、ノルウェーとスウェーデンで主に行われる資源連携型モデル:ニーズに応じて柔軟に支援体制を調整する、最後に、フィンランドで主に行われるインクルーシブ教育モデル:通常学校内に3 段階の特別支援体制を設け、校内で包括的に支援することを試みる、を提示した。そして、各国によって支援の特徴は多少異なるものの、各専門職が役割を担い、ネットワーキングを用いて支援システムを構築していることが明らかとなった。地域性と実践例の検討を加え、我が国における実効性と有用性のある児童生徒のための新たな支援システムモデルを提言することが今後の課題である。
著者
児玉 千晶
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.33-45, 2008

海外での俳句受容は明治初期に来日したイギリス、フランス、ドイツの外交官及び御雇外国人らによる、俳句の翻訳と解説から始まった。スウェーデンの俳句受容はアメリカでの受容より少し遅れ、1933年に初めて新聞紙上において俳句が紹介された。1999年にはスウェーデン俳句協会が設立され、季語・定型に拘らないことを基本としながらも、古典俳句を手本とし、俳句の本質を追究する姿勢で俳句集の出版、協会誌の発行、句会・講座等の活動を行っている。スウェーデン人の自然観はドイツ人などと比べ、自然に対しての共存意識や一体感があるため、自然を軸とした俳句への理解・共感を持ち易かったと思われる。また、一句の中に対立する季節の季語が同時に現われやすいのは、四季の長さがほぼ等分の日本と違って、スウェーデンでは夏と冬(光と闇) のコントラストが大きく、双方が常に人々の意識から消えないためと考えられる。
著者
福島 淑彦
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.25-34, 2019 (Released:2020-07-01)

本論文の目的は、高い水準での障害者の労働参加がスウェーデンで実現している要因を探ることである。スウェーデンの障害者の労働参加率と就業率は世界で最も高い水準にある。多くのOECD 諸国では、ある一定数の障害者の雇用を各企業や組織に義務付ける「障害者割当雇用制度」を採用して、障害者の雇用促進が図られてきた。これに対して、スウェーデンでは障害者の雇用が法律で義務付けられておらず、障害者を雇用する際に障害者を差別してはいけないという「差別禁止法」が存在するのみである。それにもかかわらず、スウェーデンではOECD 諸国の中で最も高い水準で障害者が雇用されている。スウェーデンにおいて障害者の高い水準での労働参加の実現に寄与している要因として、スウェーデン社会の差別禁止に対する姿勢、所謂インクルージョン(Inclusion)という理念が社会に浸透していることが障害者の活発な労働参加が実現している大きな要因であることを本論文で示す。