- 著者
-
早尾 貴紀
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2003
ヨーロッパ近代思想史上の最大の課題とも言える国民国家/多民族共存の問題が、現在のパレスチナ/イスラエルに転移しているという認識、つまり、ユダヤ人問題の外部化によってユダヤ人国家イスラエルが誕生し、同にパレスチナ人が難民化したという認識から、二つの課題に取り組み発表論文を執筆した。一つは、パレスチナとイスラエルのあいだで際限なく繰り広げられる暴力(テロリズムもその一つ)の所在を突き止めること。パレスチナ/イスラエルにおける暴力は、端的に、相手の存在を否定し、自らの存在を確保するために行なわれる。だが、相手との対称性をもつその論理は無限に反転し、「暴力の連鎖」は止まることがなくなる。また、それぞれの暴力は同時に自らの存立基盤をも崩壊していく。それに対して、たんに絶対平和主義に立つのでもなく、またどっちもどっちという相対主義の立場に立つのでもない、暴力批判の倫理のあり方を考察した。もう一つが、ユダヤ人とアラブ人の、イスラエルとパレスチナの共存の枠組みを探ること。一般に宗教対立と思われがちなパレスチナ/イスラエルの民族問題の解決は、ヨーロッパ近代的な理念である、世俗国家・民主国家によって得られるのか。あるいは、それとは異なる国家原理はありうるのか。これまでの歴史のなかで実際に謳われたいくつかの国家理念(それには、二民族が一つの国家の中で共存をすることを目指す「バイナショナリズム思想」も含まれる)を検討しながら、それらがどれだけの現実可能性と批判力をもつのかを検討した。