著者
中村 やす 野副 めぐみ 小林 久子 中尾 貴美子
出版者
日本失語症学会 (現 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会)
雑誌
失語症研究 (ISSN:02859513)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.234-242, 1998
被引用文献数
1

10年あまりの長期訓練経験に基づき独自に心理・社会的側面の評価表を作成し,信頼性を検討した。グループ訓練に参加している慢性期失語症者17名についてその評価表を用いて評価を行った。同評価表は参加態度,対人意識,情緒,自己認知,障害の受容に関する5大項目と15の下位項目から成る。グループ参加年数と良好項目数の割合との関係および評価プロフィールの分析を行った。結果として, (1) 失語症者の自己評価の低下や自己開示への抵抗,障害へのこだわり,頑固さなどの心理・社会的側面の問題が明らかに示された。 (2) これらの問題は特に重度者およびグループ参加年数2年未満の対象者で顕著であり,参加年数の経過とともに軽減する傾向が認められた。 (3) また評価表にはグループ内での個人の心理・社会的側面の状態や変化をとらえやすくなる,スタッフ間で視点の共有が可能となる,グループ訓練の効果を示す1つの指標と成りうる,などの有用性があると考えられた。
著者
小林 久子
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
聴能言語学研究 (ISSN:09128204)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.71-78, 1990-10-31 (Released:2009-11-18)
参考文献数
12

1重度失語症例の9年間にわたる訓練の経過を報告する.症例は初診時63歳の右利き男性.右片麻痺と構成障害を伴い,観念運動失行も疑われた.自発語はわずかな残語のみで,発話開始時には発語器官の模索行動が顕著であった.最初の3年間,言語機能の改善を目的とした訓練をおこなったが,目立った改善はなかった.また指差しやジェスチャー,描画は拙劣でそれらを単一の代用コミュニケーション手段として活用することはできなかった.そのため日常のコミュニケーションに困難を示した.4年目より語用論に基づいた治療法PACE (Promoting Aphasics' Communicative Effectiveness)を家族の協力を得,また他の患者とともにおこなった結果,描画やその他の手段を併用することが可能になり,また伝達の内容は目前にはないことがらの報告や要求へと広がった.その結果,日常のコミュニケーションは改善し,コミュニケーション意欲の向上が見られた.
著者
小林 久子
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究は、紛争処理分野におけるコミュニケーションの研究という目的の下に、調停技法の研究、技法トレーニング方法の開発、そしてそれらの基本となる調停理論の構築という3種類の活動が計画された。理論研究としては、まず、米国の先行文献を学ぶことから開始され、その中から特に重要と思われた6論文を和訳し発表した。文献研究を通じて研究者は、紛争解決には大きく交換概念を土台とする方法と、当事者の関係性と承認概念に基づく方法とがあることを理解した。そこで、紛争解決プロセスにおける交換と承認の役割に関する理論構築を目指し、研究を進めたのだが、それは、その二理論が実際の紛争解決においてどのような役割を担っているのかという点まで発展した。その結果、対話による紛争解決において最も理想的なコミュニケーション形態とは、交換理論をもとに承認理論を重ね合わせるタイプの形態であることを突き止めた。それらは、小論文「分配から承認、そして再度統合へ:紛争解決プロセスの重層性について」の中で論じられている。しかしながら、交換と承認から紛争解決プロセスを論じることは、それ自体いまだ研究の初期的段階にあり、今後はこの点をさらに深めつつ研究を進めていきたいと考えている。対話型紛争解決方法とは調停による解決を意味している。そのため本研究における技法開発は、調停技法を教えるためのトレーニング方法の開発という形で実践された。研究者は、まず調停トレーニングの全工程を7段階に分け、段階別に解説と具体的なトレーニング方法を開発し、トレーニングで使われる技法練習用資料とロールプレイ用のスクリプトの執筆も行った。その数はロールプレイのスクリプトだけで20を数える。スクリプトや練習資料は、内容別とレベル別で分けられ、受講者が使い分けできるように工夫されている。研究者は、スクリプトのひとつを使ってロールプレイを実施し、デモビデオを制作した。現在ビデオは、法科大学院、ゼミ、その他の調停トレーニングで利用されているが、その有用性は非常に高いと考えている。学生はビデオと同じスクリプトを使って自らロールプレイを行い、その事件が抱える問題点や調停の難しさを実体験する。その後ビデオを鑑賞し、そのような問題点や困難がどのように扱われ、解決されているのかを実際に見、理解することができるのである。さらに、研究の最終年度では調停トレーニング上級編の試験的実施も行った。すでに過去2年間の活動でトレーニングは完成され、手引書とデモビデオも一つ制作されている。だが、学外調停トレーニングは再度受講を希望する声が強く、上級編の必要性が感じられた。そこでこれまでのトレーニングを基礎編と位置づけ、新たに応用編を用意することとし、その準備に取り掛かった。基礎編参加者から応用編の内容についてアンケートをとり、それに従って、試験的プログラムを作成し実施したのである。今後は、(1)更なる改善を目指し、(2)また、実務家向け短期間の応用編を学生向けの長期間のトレーニングとしてどのように拡充させていくのかについて考えたい。
著者
小林 久子
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.35-40, 2004-04-25 (Released:2009-11-19)
参考文献数
10

失語症を克服するのではなく,失語症とともに生きるという視点でのコミュニケーションの環境づくりという立場から,失語症者と社会とのコミュニケーション上のスロープとなる「失語症会話パートナー」を養成した.3年間に,失語症者をもつ家族,ホームヘルパー,看護師,ボランティアを含む88名を養成した.養成は6ヵ月間にわたり4回の講習とその合間を縫った5回の実習で構成されていた.細かいグループ討論とロールプレイ,実際に失語症者と会話をする機会をもつ実習を必須とした.このうちボランティアの定着率は84%である.東京で開始したが,同様の試みは少しずつ広がりをみせている.通常の社会生活への参加や介護保険を含む医療・福祉のさまざまな現場で,失語症者が有しているコミュニケーション上のバリアを取り除き,失語症者が生きやすい社会を作る一助となることを願っている.