18 0 0 0 OA 公共性とは何か

著者
橋爪 大三郎
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.451-463, 2000-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
10
被引用文献数
1 2

公共性の概念は, ある問題領域が, 不特定の人びとに開かれているところに成り立つ.公共性が人びとに明確に意識されるのは, 税, 王制, 法, 宗教, 市場, 言論といった公共性の装置が, 制度的に機能する場合である.ヘーゲルとその流れをくむ批判社会学は, 近代国家が市民社会のうえに立つ公共的な存在であると前提している.しかし, 市民社会は本来, 契約の自由を核とする公共性を実質としていると考えられる.自由な市民が, 契約のコストを税のかたちで負担することが, 公共性の原型である.国際社会が直面するこれからの課題は, 環境という公共財を維持するためのコストを負担する, 新しい公共性の枠組みをつくり上げることであろう.
著者
橋爪 大三郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.347-354, 1992-12-31 (Released:2009-09-16)
参考文献数
3

戦後日本の理論社会学シーンを、文字通りリードしてきた一人である吉田民人氏が、まとまった著作をこれまで公刊していなかったのは意外である。そんな吉田氏の論集が、一九九〇年から翌年にかけて、相次いで出版された。これで、吉田氏の主要な論文ほぼすべてを誰もが容易に読めることになり、学界の財産となったことを大いに喜びたい。吉田民人氏が学界内でどれほど大きな地位を占めているかについて、いまさら私がのべるまでもない。ここではまず、今回まとまったかたちで読めるようになった氏の著作これを便宜上、三部作とよぶことにする-をひととおり概観しよう。そのうえで、その論理構成に即して、主だった論点について私の見解をのべることにしたい。これは、吉田氏の全業績 (しばしば「吉田理論」とよばれている) を評価するという作業に似てくるかもしれないが、そうした評価は後世の人びとにゆだねるべきことだ。私はただ、同時代の研究者としての吉田氏に対し、率直に自分の疑問をいくつか尋ねたいだけである。
著者
橋爪 大三郎 志田 基与師 恒松 直幸
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.2-18,127, 1984-06-30 (Released:2009-11-11)
参考文献数
77
被引用文献数
4 1
著者
橋爪 大三郎
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.827-842, 2009-03-30

西欧をはじめとする世界の多くの社会と異なり、日本では宗教の社会的地位が低い。特定の宗教を信じる人びとは少数で、多くの日本人は宗教と距離をとり、自分は無宗教の現実主義者だと思っている。だが実際には、日本社会は、特異な宗教的伝統のもと、それなりに濃密な宗教体験にいろどられている。日本宗教学は、特定のマイナーな宗教ではなく日本社会の宗教体験の総体を、考察の対象とすべきだ。とりわけ、プレ近代の武家政権のもと、仏教・儒教・国学が断片化しハイブリッド化し、日本のネイション形成の土壌となったことは重要である。世界的な文脈のなかで、こうした日本社会の特異な宗教性を、普遍的な記述と説明に開いていくことを、日本宗教学に期待したい。

1 0 0 0 社会学講義

著者
橋爪大三郎 [ほか] 著
出版者
筑摩書房
巻号頁・発行日
2016
著者
橋爪 大三郎
出版者
中央公論新社
雑誌
中央公論 (ISSN:05296838)
巻号頁・発行日
vol.108, no.4, pp.p128-138, 1993-03

1 0 0 0 政治の教室

著者
橋爪大三郎 [著]
出版者
講談社
巻号頁・発行日
2012
著者
橋爪 大三郎
出版者
東京工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究は本居宣長の業績が日本プレ近代思想において占める位置と、明治日本のネイションの形成に果たした役割を知識社会学的に明らかにすることを目的とした。平成23年度~平成24年度にわたる研究の結果、以下のことが明らかになった。第一に、本居宣長の古事記研究のモチーフは、日本朱子学、古義学、古文辞学、蘭学、神道学、国学の複合のうえに構想されていること。この事実は、ハーバード大学燕京図書館で朱子学大系/水戸学全集/荻生徂徠全集/賀茂真淵全集/契沖全集/続神道大系などの該当個所を相互参照することで確証された。また、プロテスタント神学者ネイピアの『ヨハネ黙示録注釈』を比較参照することで、本居宣長の古事記読解の同時代的価値を検証することができた。第二に、本居宣長の古事記研究の方法が、ヴィトゲンシュタインの言語ゲームと通底する方法にもとづくことを、『直毘霊』の読解を通じて明らかにした。すなわち、テキストに対応する直観的読解(あはれ)を同時連立的に解析することで、漢意を排除した純正言語共同体としての「やまと」を再現できるというロジックである。第三に、以上の考察は、従来の先行業績(村井典嗣『本居宣長』、小林秀雄『本居宣長』)の宣長理解を更新するものであり、宣長の古事記読解が開く意味空間は言語ゲームのアプローチによってはじめて明らかになること、言語共同体としてのネイションの形成にいたる道筋が再構成できるを結論的に明らかにした。本研究の成果は、なお数年の彫琢をへて、単行書として出版される予定である。