著者
永田 里美
出版者
筑波大学大学院博士課程文芸・言語研究科日本語学研究室
雑誌
筑波日本語研究 (ISSN:13424793)
巻号頁・発行日
no.8, pp.90-104, 2003-11-30

本稿は否定疑問文「動詞+マイカ」と「動詞+ヌカ/ナイカ」について、行為要求表現という観点から、中世末期~近世後期における資料をもとに考察を行ったものである。狂言台本虎明本(1642年)における行為要求表現は「動詞+マイカ」を用いることが一般的であり、「動詞+ヌカ」の使用は僅少な例にとどまる。しかし近松の浄瑠璃作品(1703~22年)では勧誘用法以外の行為要求表現に「動詞+ヌカ」の形式を用いる傾向が強まる。さらに近世後期の「東海道中膝栗毛(1802年)に至っては行為要求表現を広く「動詞+ヌカ/ナイカ」が覆うという傾向がみられ、「動詞+マイカ」という形式自体は江戸語や上方語からは消えてゆく。「動詞+マイカ」と「動詞+ヌカ/ナイカ」との間にみられる分布の移り変わりは「ヌ」のテンス・アスペクト上の意味変化に関わりがあると考えられる。
著者
永田 里美
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学文学部紀要 = Journal of Atomi University, Faculty of Literature (ISSN:13481444)
巻号頁・発行日
no.54, pp.69-84, 2019-03

形式的には疑問文で聞き手に問いかけながら、話し手は当然の応答として、聞き手に反対の結論を要求する用法を「反語」と定義すると、中古では疑問を表す助詞「ヤ」、「カ」が「ハ」を伴った「ヤハ」「カハ」となったときに、その意味を担うことが多い。本稿は永田(二〇一八)に続き、中古の和文資料である『源氏物語』の地の文、心内発話文、和歌における「ヤハ」「カハ」の結びの形式に着目した調査を行った。調査の結果、和歌には定型的な表現としての偏りがみられるものの、「ヤハ」「カハ」の結びの形式は全体として会話文の調査結果に近似していることがわかった。「ヤハ」・用例のほとんどが反語表現と解釈される。・結びの形式には基本形(存在詞多数)、アリを含む助動詞など、客体的、既実現・現実の要素が認められる。・調査対象中、和歌においてのみ「ヤハ~スル」「ヤハ~セヌ」の用例がみられ、地の文、心内発話文には当該型式の用例がみられない。「カハ」・地の文、心内発話文では反語の解釈であるか否か、揺れる用例がみられるが、和歌では反語解釈に傾く。・結びの形式には「ム」(推量)「マシ」(反実仮想)「ケム」(過去推量)「ラム」(現在推量)など、主体的、未実現・非現実の要素が認められる。これらの特徴から、全体的な傾向として「ヤハ」と「カハ」との間で結びの形式に相違がみられること、結びの形式からみた文体上の特徴として和歌は地の文、心内発話文とは位相を異にすることがうかがえる。
著者
永田 里美
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学文学部紀要 = Journal of Atomi University, Faculty of Literature (ISSN:13481444)
巻号頁・発行日
no.53, pp.91-103, 2018-03

形式的には疑問文で聞き手に問いかけながら、話し手は当然の応答として、聞き手に反対の結論を要求する用法を「反語」と定義すると、中古では疑問の助詞「ヤ」、「カ」が助詞「ハ」を伴ったとき、特にその意味を担うことが多いとされる。従来、「ヤ」、「力」についての特性は研究が重ねられてきたが、「ヤハ」、「力ハ」の反語表現については未だ不明な点が少なくない。そこで、本稿では中古の和文資料である『源氏物語』の会話文を調査対象とし、「ヤハ」、「カハ」の結びの形式に着目しながら、表現価値の異なりについて考察を行った。調査結果から言えることは以下のとおりである。「ヤハ」・用例のほとんどが反語表現と解釈される。・結びの形式には「基本形」(存在詞多数)「ケリ」(過去)「ズ」(打消)「ヌ」(完丁)「リ」(存続)など、客体的、既実現・現実の要素が認められる。「カハ」・用例には反語の解釈であるか否か、揺れるものが見られる。・結びの形式には「ム」(推量)「マシ」(反実仮想)「ケム」(過去推量)「ラム」(現在推量)など、主体的、未実現・非現実の要素が認められる。 これらの特徴から、「ヤハ」は、話し手が直截的な事柄を二者択一で示し、聞き手に当該事態の不成立を訴える反語表現であるのに対し、「カハ」は、話し手が想像を介して不定を示し、聞き手に幾つかの回答案を前提として話し手のいわんとする当該事態の不成立を訴える反語表現であると理解される。『源氏物語』では女性が会話文で「ヤハ」を使用する場合、それは、あからさまな物言いをする人物造型あるいは場面設定として描かれることが認められる。反語表現「ヤハ」、「カハ」は、論理的に見れば、問うた事柄の反対の結論を聞き手に求めるものであるが、その表現性という観点から見れば、直截的な既実現・現実事態を問う「ヤハ」と推量の助動詞を用いて未実現・非現実事態を問う「カハ」とでは聞き手に対するニュアンスが異なっていることがわかる。