著者
江口 定夫 平野 七恵
出版者
一般社団法人 日本土壌肥料学会
雑誌
日本土壌肥料学雑誌 (ISSN:00290610)
巻号頁・発行日
vol.90, no.1, pp.32-46, 2019-02-05 (Released:2019-02-20)
参考文献数
48
被引用文献数
1

食料生産~消費過程(フードチェーン)における環境中への反応性窒素(Nr)排出削減対策は,生産者対象の窒素利用効率(NUE)向上やNr再利用だけでなく,消費者の食生活改善も併せて総合的に進める必要がある.1960~2015年を対象に,国の統計値等に基づき,日本の消費者の食べ過ぎNr, 食品ロスNr, 排出Nr(食のNフットプリント)の実態及び削減可能量を示すと共に,2095年までの総人口減少,少子高齢化及び農地面積減少を考慮し,国連の持続可能な開発目標12に沿って食べ過ぎNr・食品ロスNr発生率を半減期15年とした場合の排出Nrと食料自給率(SSR)を予測した.食品ロスNrは,60年代に急増した食べ過ぎNrが最大かつ一定となった70年代後半から増大した.食生活改善策は,量的には食べ過ぎ・食品ロス削減が健康維持や環境保全(排出Nrを最大33%削減),食料安全保障(2050年の食料SSRが60%)に有効だが,実現には数十年以上かかること,質的には畜産物主体から70年頃の豆類・魚介類主体の食事への回帰が有効(排出Nrを19%削減)であり,量的・質的改善策の同時適用で排出Nrを最大46%削減可能と計算された.また,排出Nrの約40%は食料輸入元の国々で発生し,食料生産の海外依存度増加が結果的に低NUEの食料需給体系をもたらしていた.以上の知見をN循環の駆動力である消費者と共有することがNr排出削減のために最も重要である.
著者
江口 定夫 山口 紀子 藤原 英司 森 也寸志 関 勝寿
出版者
独立行政法人農業環境技術研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

土壌中のコロイド粒子に強く吸着する性質を持ち、環境中に存在する放射性核種(^7Be,^<137>Cs,^<210>Pb)をコロイド粒子のトレーサーとみなすことにより、現場土壌中におけるコロイド粒子の輸送時間及び起源を推定する手法を開発した。この手法により、粘土質土壌の暗渠排水及び砂質土壌の浸透水中のコロイド粒子の起源はいずれも主に表層土壌であること、粘土質土壌中のコロイド粒子輸送時間は約35日であること等を明らかにした。
著者
林 健太郎 柴田 英昭 江口 定夫 種田 あずさ 仁科 一哉 伊藤 昭彦 片桐 究 新藤 純子 谷 保静 Winiwarter Wilfried
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

20世紀はじめに大気中の窒素分子(N2)からアンモニア(NH3)を合成するハーバー・ボッシュ法を確立した人類は,反応性窒素(N2を除く窒素化合物)を望むだけ作り出せるようになった.化石燃料などの燃焼に伴い発生する窒素酸化物(NOx)を合わせると,人類が新たに作り出す反応性窒素の量は今や自然起源の生成量と同等である.しかし,人類の窒素利用効率(投入した窒素のうち最終産物に届く割合)は人間圏全体で約20%と低い.必然的に残りは大気・土壌・陸水・海洋に排出され,地球システムの窒素循環は加速された状態にある.反応性窒素には多様な化学種が含まれる(例:NH3,NOx,一酸化二窒素[N2O],硝酸態窒素[NO3–]など).環境に排出された反応性窒素は形態を変化させつつ環境媒体を巡り,最終的に安定なN2に戻るまでの間に,各化学種の性質に応じた環境影響をもたらす(例:地球温暖化,大気汚染,水質汚染,酸性化,富栄養化,これらによる人の健康や生態系の機能・生物多様性への影響).この複雑な窒素の流れと環境影響を窒素カスケードとも称する.現在の人為的な窒素循環の加速は,地球システムの限界(プラネタリー・バウンダリー)を既に超えていると評価されている.窒素は人間社会と自然の全てを繋いでめぐっていることから,人間活動セクター(エネルギー転換,産業,農林水産業,人の生活,廃棄物・下水処理,貿易)と環境媒体(大気,土壌,地表水,地下水,海洋)をどのようにどの程度の量の窒素が流れているかを把握することが,窒素カスケードの実態を把握する上で望まれる.これが窒素収支評価である.欧州の窒素収支評価ガイダンス文書によれば,窒素収支評価の必要性と有用性は以下のとおりである:窒素カスケードの潜在影響を可視化する,政策決定者の意思決定に必要な情報を提供する,環境影響や環境保全政策のモニタリングツールとなる,国際比較の機会を与える,および知識の不足(ギャップ)を明らかにして窒素カスケードの科学的理解の改善に貢献する.地球環境ファシリティの国際プロジェクトであるTowards INMS (International Nitrogen Management System) では国別窒素収支評価の手法開発を進めており,我々もその一環として日本の窒素収支評価に取り組んでいる.国別窒素収支評価の手法として,欧州反応性窒素タスクフォースのEPNB (Expert Panel on Nitrogen Budgets) ガイドラインや,中国で開発されたCHANS (Coupled Human and Natural Systems) モデルなどが先行しており,我々はCHANSモデルの日本向けの改良を進めている.CHANSモデルは主要セクター・媒体をそれぞれ一つのプールとし,プール間を結ぶ窒素フローを定量する.日本向けの改良では以下のプールを設けている:エネルギー・燃料,産業,作物生産,家畜生産,草地,水産,人の生活,廃棄物,下水,森林,都市緑地,大気,地表水,地下水,沿岸海洋.プールの中には必要に応じて複数のサブプールを定義し(例:産業の中に食品産業,飼料産業,その他製造業など),サブプール間の窒素フローを求めた上で,プールごとに集計する.このうち,特に生物地球化学の知見が求められることは,人間活動プールと環境媒体プール間のフロー,環境媒体プール間のフロー,および環境媒体プール内のストック変化である.具体的な課題として次のフローやプロセスが挙げられる:1) 人為による大気排出,2) 人為による陸域への投入,3) 人為による地表水の利用と地表水への排出,4) 人為による地下水の利用と地下水への直接・間接の排出,5) 人為による沿岸海洋への排出,6) 大気-陸面相互作用(多くの過程を含む),7) 陸域内プロセスと蓄積,8) 地表水-地下水-沿岸海洋のフロー,9) 沿岸海洋-外海間のフロー.本発表では,日本向けCHANSモデルの概要と,上記の課題の現状の算定方法を紹介し,生物地球化学の観点からの精緻化について参加者と議論したい.