- 著者
-
江成 広斗
江成 はるか
- 出版者
- 日本哺乳類学会
- 雑誌
- 哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, no.1, pp.75-84, 2020 (Released:2020-02-14)
- 参考文献数
- 53
生態系への不可逆的な影響をもたらしうるニホンジカ(Cervus nippon,以下シカ)の分布拡大と個体数増加は,生息不適地と従来考えられてきた東北地方の多雪地においても懸念されはじめた.しかし,多雪地における低密度のシカは,従来の個体数モニタリング手法では検知が困難で,予防的なシカ管理の実現に課題が残されている.そこで,筆者らは,シカが発する鳴声により個体を検知するボイストラップ法を開発した.ボイストラップ法はシカの鳴き返し行動を応用した能動的なモニタリング手法(active acoustic monitoring;以下AAM)と,自発的に発せられるシカの鳴声を検知する受動的なモニタリング手法(passive acoustic monitoring;以下PAM)の2つに分けられる.本総説は,生態音響情報を活用した従来のモニタリング手法を概観する作業を通して,シカへの応用の利点と課題を整理することを目的とした.シカを対象としたAAMとして,オスが発情期に発するhowlという咆哮に対する鳴き返し行動を利用し,対象地に侵入した優位オスを検知する簡便法を解説した.PAMとして,侵入初期から定着初期にみられるシカの分布段階の変化を検知することを目的に,2種の咆哮(howl,moan)の半自動検出手法を解説した.カメラトラップやスポットライトカウントなどの従来手法と比べて,ボイストラップ法は検知率が高いこと,特にPAMについては,その検知範囲の広さと,検知の半自動化により,非専門家を含めた多様な担い手によって支えていくことが期待される広域的なシカのモニタリング体制の構築に大きな利点があることを紹介した.