著者
熊野 直樹
出版者
九州大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01

当該年度は前年度に引き続き研究計画に従って、ナチス・ドイツと日本と「満洲国」の通商関係について研究を行った。その際、とりわけナチス・ドイツが「満洲国」から輸入した阿片、いわゆるナチ阿片と蘭印・馬来を中心とした日本軍政下の南方占領地域との関係について実証研究を行った。特に当該年度においては、ナチ阿片が第二次世界大戦中に蘭印に輸出されていた事実が明らかになった。しかもナチス・ドイツは日本軍政下の蘭印や馬来から錫、ゴム、タングステン等を輸入していた事実も明らかになった。そもそも蘭印や馬来では、罌粟が気候上の理由から栽培できないため、インドやイランから阿片を輸入していた。日米英開戦後、日本軍が同地域を占領すると連合軍による海上封鎖によってインドやイランから阿片が輸入されなくなり、日本軍政は阿片不足に見舞われることになった。しかも日本軍の南方占領地域は、イギリスを始めとした旧宗主国の阿片専売制を踏襲しており、歳入の多くを阿片収入に頼っていた事実も明らかになった。そこにおいてナチ阿片が同地域に輸出されていたのであった。以上の研究成果から導出された仮説は、日本軍の南方占領地域においては、ナチ阿片と戦時の重要物資とがバーター取引されていたのではないかというものである。実際に仏印と泰においてナチス・ドイツは戦時重要物資と仏印と泰が必要とする物資とバーター取引しており、日本軍政が財政上必要としていた阿片とのバーターは十分にあり得るといえる。この仮説の実証が今後の課題となる。
著者
熊野 直樹
出版者
九州大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2010

本研究の主たる目的は、第二次世界大戦期の「満」独阿片貿易の実態解明であった。特に、どのような経緯を経て、「満洲国」とナチス・ドイツ間の主要な交易品が満洲大豆から阿片に代わったのか、その際、誰が主導したのか、を明らかにするのが本研究の目的であった。 「満」独通商協定によって、両国は主に満洲大豆とドイツ製機械をバーター取引していたが、満洲大豆の不足によって、「満洲国」側は貿易赤字に陥った。その結果、ドイツ側はその決裁の手段として、満洲大豆に代わって阿片を要求するに至った。1941 年 5 月の「満独通商協定延長に関する第二次協定」において正式に両国の間で、阿片取引がなされることになった。その責任者が、「満洲国」側は古海忠之であり、ドイツ側がドイツ経済使節団代表のヘルムート・ヴォールタートであった。戦時中、両者が両国間の阿片貿易の責任者であった
著者
熊野 直樹
出版者
九州大学法政学会
雑誌
法政研究 (ISSN:03872882)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.319-346, 2017-12-14
著者
熊野 直樹
出版者
九州大学法政学会
雑誌
法政研究 (ISSN:03872882)
巻号頁・発行日
vol.86, no.3, pp.47-75, 2019-12-18
著者
熊野 直樹
出版者
学士会
雑誌
学士会会報
巻号頁・発行日
vol.2006, no.3, pp.127-132, 2006-05