著者
片山 幹生
出版者
成城大学
雑誌
Azur = Azur
巻号頁・発行日
no.6, pp.19-33, 2005
著者
片山 幹生
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2009

(研究目的)今年度は文体論、言語学的アプローチによる十三世紀フランスの演劇テクストの問題点についての考察を進めた。いかにして13世紀の作家たちは演劇テクストを作り出したかという問題である。初期の演劇テクストの作家たちがテクストに施した工夫を検証することによって、複数の演技者によって演じられることを前提に書かれた演劇テクストの特徴を明らかにことがこの研究の目的となる。(研究方法)13世紀の演劇作品の作者の前にモデルとしてあったのは、ファブリオ、宮廷風ロマン、武勲詩などの単独のジョングルールによる語り物文芸のテクストだ。彼らがこうした語り物のテクストのディアローグをどのようにして演劇的に書き換えていったかについて今年度は詳細に検討した。今年度の研究で主要なコーパスとして選択したのは、パリ、フランス国立図書館フランス語837写本(Paris BnF fr.837)に収録されている作品群である。この写本には単独のジョングルールによって朗唱されていたファブリオと複数の役者によって舞台上で演じられるために書かれたと考えられる演劇テクストの両方が収録されている。後者についてはリュトブフの『テオフィールの奇跡』、作者不詳『アラスのクルトワ』、そしてアダン・ド・ラ・アルの『葉陰の劇』の抜粋がこの写本に収録されている。興味深い点はこの写本に収録されている演劇テクストにはすべて、ファブリオ的な「語り」の要素が含まれていることだ。また写本のレイアウトから見ても、ファブリオとこれらの演劇作品の間には顕著な差がない。(研究成果)2010年3月に837写本を所蔵するパリの国立図書館を訪問し、写本の記述と写本に収録されたテクストの校訂を詳細に検討した。そこで明らかになったのは、これまでズムトールが指摘していた13世紀フランス文芸におけるジャンルの曖昧さ、流動性という問題がこの写本に収録されている演劇テクストでは典型的なかたちで現れているという事実である。837写本収録のテクストは演劇と語り物の間にある様々な段階の中間形態を示している。これらの調査結果については、平成22年度中に学会で発表し専門家の意見を仰いだ上で、論文の形にまとめて発表する予定である。また作成した研究書誌は平成22年4月中にウェブページ上で公開する予定である。
著者
片山 幹生
出版者
早稲田大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2001

今年度はアダン・ド・ラ・アル作『葉蔭の劇』の写本に記載された二つの「タイトル」の解釈を通して、当時の作品受容のありかたを考察し、この研究成果を『フランス文学語学研究』(2002年、第21号)に発表した。『葉蔭の劇』は,1276年にアラスで上演されたと考えられている。通例,中世の作品の場合,作品の末尾に記された.explicitの記述,作品の冒頭の語句であるincipit,テクスト本文の前に付けられた見出しrubriqueのいずれかを,作品を同定するタイトルとして流用する場合が多い.『葉蔭の劇』Jeu de la Feuilleeというタイトルは,作品全編を記載している唯一の写本であるBnF fr. 25566写本のexplicitの記述、《Explicit li ieus de le fuellie》から取られたものだ.現在、この作品の呼称として,explicitの記述から取られたJeu de la Feuilleeが定着しているが,この写本には本文テクストの前に,Li jus Adan「アダンの劇」という見出しも記載されている.つまりこの写本の写字生は,explicitと見出しに二つの異なる「タイトル」を記述していることになる。この二つの「タイトル」の記述に対し、作者が関与している可能性は低いが,少なくともこの二つの表題は,作品を書写した写字生および同時代の人間の作品受容のあり方を示す手がかりであることは確かである.この二つの「タイトル」には、いくつかの解釈が可能である.まず作品の見出しにある《Li jus Adan》という名称は,劇の作者であるアダン・ド・ラ・アルを示すのと同時に,劇の中の登場人物であるアダンの姿を想起させる.一方explicitにある《li jeu de le fuellie》という名称は、劇の中で、舞台装置として置かれた妖精を迎える緑の東屋をまず指すと同時に,後半の舞台となった居酒屋,アラスのノートルダム教会の聖遺物厘の収容場所,アダンとその妻マロワの若き日の恋愛の思い出など,作品中に現われる様々な要素を示唆する.また《fuellie》は,《folie》の異形と読み替えられることで,作品中に遍在する狂気のモチーフを浮かび上がらせる.この様々な解釈を呼び起こす二つの「タイトル」には,複雑な構造を持ち多義的な『葉蔭の劇』の書写を託された当時の写字生の作品受容のあり方が象徴的に示されているのだ。