著者
上野 太郎 粂 和彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.408-412, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
18

睡眠は動物界において広く観察される生理現象であり,睡眠覚醒制御は概日周期の出力系として最も重要なものの一つである.従来,睡眠が体内時計に制御されていること,および体内時計の遺伝子は哺乳類と昆虫間で保存されていることが示されていた.ショウジョウバエは1日のうち,約70%の時間をじっと動かない状態で過ごす.また,この静止状態は行動学上,哺乳類の睡眠に特徴的な様々な側面を併せもつことより,ショウジョウバエに睡眠類似行動が存在するということが示されている.ショウジョウバエはその生物学的特徴により,遺伝学的解析に広く用いられており,ショウジョウバエにおける睡眠類似行動の発見は,睡眠の分子生物学を推進する要因となった.ショウジョウバエを用いた睡眠の遺伝学的解析により,睡眠時間を規定する遺伝子が同定され,また睡眠を調節する脳内構造についても研究が進んでいる.本稿では,ショウジョウバエを用いた睡眠の分子生物学的研究について概観する.
著者
大澤 匡弘 粂 和彦 村山 正宜 祖父江 和哉 小山内 実
出版者
名古屋市立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

痛みは不快な情動を生み出す感覚刺激とされるが、心の状態が痛みの感受性にも影響を与える。本研究の成果から、慢性的に痛みがあると不快な情動を生み出す脳内神経回路が活性化していることを全脳イメージングの解析から明らかにできた。また、気持ちが落ち込んでいる状態(抑うつ状態)では、些細な刺激でも痛みとして認識されることが明らかになった。特に、前帯状回皮質と呼ばれる情動に関係が深い脳領域の活動が高まっていると痛みに対して過敏になることも示すことができた。これらのことから、難治化した痛みに対しては、情動面に配慮した治療法が有効であることが提唱できる。
著者
粂 和彦
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.247-252, 2006-07-01 (Released:2011-12-12)
参考文献数
21

概日周期生物時計は, 植物から動物に至るまで普遍的に存在する.近年, その時計遺伝子が次々に単離され, 生物時計の発振機構が, 分子生物学レベルでほぼ解明された.その結果, 時計遺伝子の転写量がネガティブフィードバックループで制御されるという機構が, 全ての生物で保存され, 哺乳類と昆虫の間で, 時計遺伝子の核酸レベルでの相似性も発見された.一方, 概日周期は, 人間の睡眠覚醒リズムを制御するが, 睡眠に似た行動は昆虫でも認められ, その制御において, 哺乳類と同じドーパミンが使われることが判明し, 分子機構の解明が期待されている.本稿では, 生物時計の基礎, 睡眠との関係, 分子生物学, 臨床的意義について概観する.
著者
上野 太郎 粂 和彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.3, pp.134-139, 2015 (Released:2015-03-10)
参考文献数
23

睡眠の基礎研究は古くから哺乳類を中心に行われ,その評価は脳波により生理学的に判定されてきた.近年,遺伝学のモデル動物として広く用いられるショウジョウバエにおいて,行動学的な睡眠が定義されることにより,睡眠の分子生物学が発展している.ショウジョウバエを用いた睡眠研究により,睡眠制御の分子メカニズムが昆虫と哺乳類で共通していることが示され,豊富な遺伝学的ツールを用いることで睡眠を制御する神経回路が同定されてきている.我々は,ドパミンの再取り込みを担うドパミントランスポーターの変異体(fumin変異体)が短時間睡眠を示すことを発見し,ショウジョウバエにおいてドパミンシグナルが哺乳類と同様に睡眠覚醒を制御することを明らかにしてきた.ドパミンは睡眠覚醒や学習記憶など様々な生理機能をもつが,それら複数の生理機能がどのようにして実現されているかはこれまで不明であった.ショウジョウバエの遺伝学を駆使することにより,独立したドパミン神経回路が学習記憶と睡眠覚醒を制御することが一細胞レベルで明らかにされた.ドパミンはシナプス終末から放出されると古典的なシナプス伝達に加えて,拡散性伝達により,神経間情報伝達を行うことが知られている.ドパミンの再取り込みを担うドパミントランスポーターに注目し,睡眠ならびに記憶の表現型を解析することにより,ドパミントランスポーターによる拡散性伝達制御が明らかになった.本総説では我々がこれまで明らかにしてきたドパミンによるショウジョウバエの睡眠制御機構について解説する.これまでに明らかになった睡眠の分子基盤・神経基盤をもとに,進化的に保存されてきた睡眠の共通原理の解明が進むと考えられる.
著者
粂 和彦
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

近年、さまざまなモデル動物を用いた新しい睡眠研究が発展しているが、特にショウジョウバエが注目され急速に進行している。われわれは睡眠が極端に減少したショウジョウバエのfumin変異を発見して解析を続けている。まず変異の原因遺伝子をクローニングしたところ、哺乳類でもコカインなどの覚醒物資の標的となるドパミントランスポーターであったことから、ショウジョウバエの覚醒制御機構には哺乳類との類似性があり、モノアミン系が関与していると考えられた。次に脳の遺伝子発現を網羅的に解析したところ、ドパミン系に関与する遺伝子群には変異株と野生型で発現量の変化はなく、逆にグルタミン酸系に関与する一群の遺伝子群に発現量の変化が認められた。これは、従来知られていなかったドパミン系とグルタミン酸系のクロストークの可能性が示唆した。変異株の寿命を調べたところ、通常の飼育条件では野生型と差はないが、高栄養の食餌を与えると、活動量が老化とともに上昇し寿命が短縮した。さらにカフェインを与えると、野生型よりも大きく活動量が増えて睡眠時間が短縮して、寿命も短くなった。通常の条件では寿命に差がないことから、これらの二つの結果は、ショウジョウバエの睡眠には一定の必要量が存在し、それよりも睡眠が短くなると、寿命にも影響するが、最低限の量が確保されれば、寿命には影響しないことを示唆した。今後、睡眠と寿命、さらには高栄養の三つの関係についての研究を深めることで、これらの生理学的な意義についての示唆が得られると考えられる。