著者
中村 雅俊 長谷川 聡 梅原 潤 草野 拳 清水 厳郎 森下 勝行 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0153, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】頸部や肩関節の疾患は労働人口の30%以上が患っている筋骨格系疾患であると報告されている。その中でも,上肢挙上時の僧帽筋上部の過剰な筋収縮や筋緊張の増加は肩甲骨の異常運動を引き起こし,頸部や肩関節の痛みにつながると報告されている。そのため,僧帽筋上部線維の柔軟性を維持・改善することは重要であり,その方法としてストレッチングがあげられる。一般的にストレッチングは筋の作用と反対方向に伸ばすことが重要であると考えられている。僧帽筋上部線維の作用は肩甲骨の拳上・上方回旋と頸部伸展・反対側回旋・同側の側屈であるため,ストレッチング肢位は肩甲骨の拳上・上方回旋を固定した状態で,屈曲・同側回旋・反対側の側屈が有効だと考えられる。僧帽筋上部線維に対するストレッチングの効果を検証した報告は散見されるが,効果的なストレッチング肢位を検討した報告は存在しない。そこで本研究では,筋の伸長量と高い相関関係を示す弾性率を指標に,僧帽筋上部線維の効果的なストレッチング肢位を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は上肢に神経学的及び整形外科的疾患を有さない若年男性16名の非利き手の僧帽筋上部線維とした。先行研究に従って,第7頚椎と肩峰後角の中点で,超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,弾性率を測定した。弾性率測定は各条件2回ずつ行い,その平均値を解析に用いた。弾性率は筋の伸張の程度と高い相関関係を示すことが報告されており,弾性率が高いほど,筋は伸張されていることを意味している。測定肢位は,座位にて肩甲骨の挙上・上方回旋を徒手にて固定した状態で対象者が痛みを訴えることなく最大限耐えうる角度まで他動的に頸部を屈曲,側屈,屈曲+側屈,側屈+同側回旋,屈曲+側屈+同側回旋を行う5肢位に,安静状態である頸部正中位を加えた計6肢位とし,計測は無作為な順で行われた。統計学的検定は,頸部正中位と比較してストレッチングが出来ている肢位を明らかにするため,頸部正中位に対する各肢位の弾性率の比較をBonferroni補正における対応のあるt検定を用いて比較した。また,頸部正中位と比較して有意に高値を示した肢位間の比較もBonferroni補正における対応のあるt検定を用いて比較した。【結果】頸部正中位に対する各肢位の比較を行った結果,全ての肢位で有意に高値を示した。また有意差が認められた肢位間での比較では,屈曲に対し,その他の全ての肢位で有意に高値を示したが,その他には有意な差は認められなかった。【結論】肩甲骨の挙上・上方回旋を固定した状態で頸部を屈曲することで僧帽筋上部線維をストレッチング出来るが,屈曲よりも側屈する方が効果的にストレッチングすることが可能であった。また,側屈に屈曲や同側回旋を加えても僧帽筋上部線維をさらに効果的にストレッチング出来ないことが明らかになった。
著者
清水 厳郎 長谷川 聡 本村 芳樹 梅原 潤 中村 雅俊 草野 拳 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0363, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】肩関節の運動において回旋筋腱板の担う役割は重要である。回旋筋腱板の中でも肩の拘縮や変形性肩関節症の症例においては,肩甲下筋の柔軟性が問題となると報告されている。肩甲下筋のストレッチ方法については下垂位での外旋や最大挙上位での外旋などが推奨されているが,これは運動学や解剖学的な知見を基にしたものである。Murakiらは唯一,肩甲下筋のストレッチについての定量的な検証を行い,肩甲下筋の下部線維は肩甲骨面挙上,屈曲,外転,水平外転位からの外旋によって有意に伸張されたと報告している。しかしこれは新鮮遺体を用いた研究であり,生体を用いて定量的に検証した報告はない。そこで本研究では,せん断波エラストグラフィー機能を用いて生体における効果的な肩甲下筋のストレッチ方法を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常成人男性20名(平均年齢25.2±4.3歳)とし,対象筋は非利き手側の肩甲下筋とした。肩甲下筋の伸張の程度を示す弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,肩甲下筋の停止部に設定した関心領域にて求めた。測定誤差を最小化できるように,測定箇所を小結節部に統一し,3回の計測の平均値を算出した(ICC[1,3]:0.97~0.99)。弾性率は伸張の程度を示す指標で,弾性率の変化は高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する測定肢位は下垂位(rest),下垂位外旋位(1st-ER),伸展位(Ext),水平外転位(Hab),90°外転位からの外旋位(2nd-ER)の5肢位における最終域とした。さらに,ExtとHabに対しては肩甲骨固定と外旋の有無の影響を調べるために肩甲骨固定(固定)・固定最終域での固定解除(解除)と外旋の条件を追加した。統計学的検定は,restに対する1st-ER,Ext,Hab,2nd-ERにBonferroni法で補正したt検定を行い,有意差が出た肢位に対してBonferroniの多重比較検定を行った。さらに伸展,水平外転に対して最終域,固定,解除の3条件にBonferroniの多重比較検定を,外旋の有無にt検定を行い,有意水準は5%とした。【結果】5肢位それぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はrestが64.7±9.1,1st-ERが84.9±21.4,Extが87.6±26.6,Habが95.0±35.6,2nd-ERが87.5±24.3であった。restに対し他の4肢位で弾性率が有意に高値を示し,多重比較の結果,それらの肢位間には有意な差は認めなかった。また,伸展,水平外転ともに固定は解除と比較して有意に高値を示したが,最終域と固定では有意な差を認めなかった。さらに,伸展・水平外転ともに外旋の有無で差を認めなかった。【結論】肩甲下筋のストレッチ方法としてこれまで報告されていた水平外転からの外旋や下垂位での外旋に加えて伸展や水平外転が効果的であり,さらに伸展と水平外転位においては肩甲骨を固定することでより小さい関節運動でストレッチ可能であることが示された。
著者
草野 拳 西下 智 中村 雅俊 梅垣 雄心 小林 拓也 田中 浩基 梅原 潤 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1366, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】腱板筋は肩関節の動的安定性に強く関与しており,自由度が高く運動範囲が広い肩関節において重要な役割を果たしている。棘下筋や小円筋などの腱板筋の柔軟性が低下することで,可動域制限や疼痛により日常生活動作が制限されることもある。筋の柔軟性低下や可動域制限に対してはストレッチング(ストレッチ)が用いられている。臨床で多く行われているストレッチにスタティックストレッチ(SS)があり,筋の柔軟性を向上させるためには,適切な肢位で十分な時間SSを継続する必要がある。棘下筋の効果的なSS肢位に関する報告は解剖学や運動学の知見をもとに幾つかあるが,確立されていない。新鮮遺体を用いて棘下筋に対するストレッチ研究を行ったMurakiらによると,棘下筋が最も伸張される肢位は挙上位での内旋,または伸展位での内旋である。この結果をもとに生体における検証を行った我々の研究においても,伸展位での内旋が最も効果的であるという結果が確かめられている。しかし実際にSS前後での柔軟性の変化については検証されていない。そこで本研究では,計3分間の伸展,内旋方向SSが棘下筋の柔軟性向上,内旋可動域拡大に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。そのなかで,SSを30秒刻みで行うことでSS間における柔軟性の時間的な推移を見ることにした。【方法】対象筋は健常成人男性16名(平均年齢22.7±1.6歳)の非利き手側の棘下筋とした。筋の硬さの程度を表す指標である弾性率の計測は,超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用いた。弾性率は低値を示す程筋が柔らかいことを意味する。計測部位は棘下筋上部で統一し,筋腹に設定した関心領域の弾性率を3回計測し,その平均値を算出した。計測肢位は腹臥位にて母指を第7胸椎に合わせた肢位とした。SSは腹臥位にて肩甲骨を上から圧迫し固定した状態で,結帯肢位から母指を脊椎に沿わせて他動的に肩関節伸展,内旋運動を行った。運動強度は被験者が疼痛を訴える直前までとし,SS30秒,計測30秒の間隔で6セット行った。計測はSS介入前(Pre),各SS間(SS1,SS2,SS3,SS4,SS5),SS介入後(Post)で行い,計7回計測した。また,PreとPostに腹臥位にて,外転90°(2nd)での内旋角度をデジタル角度計で3回計測し,その平均値を算出した。統計学的検定は,測定ごとの棘下筋の弾性率について一元配置分散分析および多重比較を行い,またPreとPostの2nd内旋角度間で対応のあるt検定を行った。有意水準は5%とした。【結果】測定ごとの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はPreが12.0±5.1,SS1が10.4±4.1,SS2が9.5±3.4,SS3が9.7±3.9,SS4が9.3±3.5,SS5が9.1±3.4,Postが8.6±3.3であった。また2nd内旋角度(単位:°)はPreが58.4±7.5,Postが62.6±5.9であった。統計学的には,多重比較によりPreに対しSS1,SS2,SS3,SS4,SS5,Postで有意に弾性率の低下が見られた。対応のあるt検定により,Preに対しPostで有意に2nd内旋角度の拡大が見られた。【考察】PreとPostの比較より,計3分間の肩関節伸展,内旋方向SSによって棘下筋の柔軟性は向上し,可動域の拡大も得られることが明らかとなった。さらに30秒ごとに弾性率の変化を見ることで,30秒のSSにより弾性率が低下し,30秒と3分のSSでは弾性率に変化が見られないことが明らかとなった。弾性率を指標に下肢でストレッチ研究を行った我々の研究では,腓腹筋の柔軟性の向上には2分以上のSSが必要であることが明らかとなっているが,それに対し棘下筋ではより短いSS時間で柔軟性が向上したと考えられる。これは棘下筋の筋断面積が腓腹筋に比べ非常に小さいことが理由として考えられる。【理学療法学研究としての意義】これまでストレッチ前後での柔軟性の変化が検証されていなかった棘下筋に対し,先行研究で最も効果的であるとされている伸展,内旋方向SSを3分間行うことによって棘下筋の柔軟性は向上し,内旋可動域も有意に拡大することが明らかとなった。また,このSSにより30秒で棘下筋の柔軟性が向上していることが明らかとなった。
著者
梅原 潤 長谷川 聡 中村 雅俊 西下 智 草野 拳 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0374, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】上肢運動は肩甲骨,上腕骨,鎖骨などからなる複雑な運動であり,これらの協調的な運動の破綻は,肩関節障害に関連すると考えられている。その中でも,肩甲骨異常運動は肩関節疾患に頻繁にみられ,理学療法の治療対象となることが多い。肩甲骨周囲軟部組織の柔軟性低下,特に小胸筋の短縮は肩甲骨異常運動に関係すると報告されており,我々はこれまでに小胸筋の効果的なストレッチング方法及びその効果を調べてきた。そこでこれまでの研究を元に,ストレッチングによる小胸筋の即時的な柔軟性の変化が肩甲骨運動に与える影響を検討することを本研究の目的とした。【方法】対象は,健常成人男性20名(25±3.2歳)の非利き手側の上肢とした。実験手順は動作課題,5分間休息,動作課題,ストレッチング,動作課題の順とした。各動作課題は,座位での肩甲骨面挙上,外転,結髪動作をランダムに実施した。磁気センサー式三次元動作計測装置(3SPACE-LIBERTY,Polhemus社製)を用いて,肩甲骨面挙上と外転においては胸郭に対する上腕骨挙上30°~120°の範囲,結髪動作においては30°~100°の範囲で10°ごとに肩甲骨外旋角度,上方回旋角度,後傾角度を計測した。ストレッチングによる変化を調べるため,各肩甲骨運動のストレッチング前の動作課題変化量(ΔPre)とストレッチング前後の動作課題変化量(ΔPost)を算出した。小胸筋のストレッチングは,安静座位にて肩関節150°外転位から他動的に最大水平外転,最大外旋を行う方法を5分間(30秒×10回)実施した。超音波診断装置せん断波エラストグラフィー機能(SuperSonic Imagine社製)を用いて,ストレッチング前後に小胸筋の弾性率を計測した。なお,弾性率は低値な程,柔軟性が向上したことを示す。計測姿勢は肩関節90°外転位で上腕を台に置いた安静座位とし,計測部位は烏口突起と第4肋骨の中点で小胸筋の外側部とした。統計学的検定は,肩甲骨運動の変化量について反復測定二元配置分散分析および対応のあるt検定,小胸筋の弾性率について対応のあるt検定を用いた。なお,統計学的有意水準は5%とした。【結果】ストレッチング後に小胸筋の柔軟性向上が認められた。肩甲骨運動の変化量については,肩甲骨面挙上では上腕骨挙上40°~120°の肩甲骨外旋角度と60~120°の後傾角度,外転では30~120°の外旋角度と後傾角度,結髪動作では60~120°の後傾角度において,ΔPostはΔPreと比較して有意に増加した。【結論】ストレッチングによる小胸筋の即時的な柔軟性の向上は,動作課題中の肩甲骨運動を変化させることが示された。小胸筋のストレッチング後に増加した肩甲骨の外旋と後傾は上肢運動に重要であり,本研究結果は,肩甲骨異常運動の治療戦略におけるストレッチングの有用性を示す一助となると考える。
著者
西下 智 草野 拳 廣野 哲也 中村 雅俊 梅原 潤 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0436, 2017 (Released:2017-04-24)

【目的】肩関節障害の原因の一つとして肩関節後方タイトネス,特に,後方関節包,三角筋後部,棘下筋,小円筋の柔軟性の低下が問題視されている。しかし,これらの組織に対する効果的なストレッチング(ストレッチ)方法についての研究は少ない。新鮮遺体を用いた研究では棘下筋のストレッチには伸展位での内旋が有効であることが示されているが,生体での検証は行われていない。一方で,実際のスポーツ現場や臨床ではcross-body stretchに代表されるような肩関節を回旋中間位で水平内転させる方法やsleeper stretchに代表されるような肩関節を屈曲90°位で最大内旋させる方法が用いられることが多い。我々は棘下筋下部線維に関して「水平内転位や内旋を強調しない伸展位に比べ,伸展位での最大内旋がより効果的なストレッチ肢位である」と報告(第51回日本理学療法学術大会)したが,上部線維に関しては未検証であった。そこで本研究の目的は肩関節下垂位,屈曲90°位,最大伸展位,最大水平内転位のどのストレッチ方法が棘下筋上部線維に効果的か,さらに,回旋による効果の増大が認められるかを明らかにすることとした。【方法】対象は健常成人男性24名(平均年齢24.8±3.8歳)とし,対象筋は棘下筋上部線維とした。棘下筋の弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用いて行った。弾性率は伸張の程度を表す指標で,弾性率の変化が大きいほど筋が伸張されていると解釈できる。計測肢位は,方向条件が下垂位(Ele0),屈曲90°位(Flex90),最大伸展位(ExtMax),最大水平内転位(HadMax)の4条件,回旋条件が最大外旋位(ER),中間位(NR),最大内旋位(IR)の3条件の計12肢位とした。統計学的検定は各肢位の弾性率について,反復測定二元配置分散分析および多重比較検定を行い,有意水準は5%とした。【結果】12肢位の弾性率を,全対象者の平均±標準偏差(単位:kPa)として,回旋条件をER,NR,IRの順に示す。Ele0が7.7±4.7,7.9±2.1,17.4±8.3,Flex90が9.7±2.9,11.0±3.6,14.9±5.4,ExtMaxが11.7±4.1,16.8±8.0,17.0±6.9,HadMaxが19.6±9.9,22.0±9.8,24.7±10.5であった。統計学的には方向条件,回旋条件の主効果と交互作用があった。方向条件ではHadMaxが,回旋条件ではIRの弾性率が有意に高値を示した。HadMax肢位の回旋条件間比較ではERに比べIRが有意に高値を示したが,NRとERやIRには有意差はなかった。IR肢位の方向条件間比較ではHadMaxIRの弾性率が有意に高値を示した。【結論】棘下筋上部線維のストレッチ方法に関して,最大水平内転と最大内旋が効果的であることが明らかとなった。さらに最大水平内転位においても最大外旋位よりも最大内旋位の弾性率が有意に高値を示したため,最大水平内転位で内旋角度をできるだけ増大させた肢位がより効果的であることが明らかとなった。
著者
駒村 智史 草野 拳 爲沢 透 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0611, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに・目的】肩関節水平内転や内旋可動域の制限因子として挙げられる肩関節後方の軟部組織の伸張性低下は一般的に肩関節後方タイトネスと呼ばれている。肩関節後方タイトネスは,上腕骨頭の前方偏位が関わるインピンジメントや内旋可動域の制限と関連することが示唆されており,その一因として棘下筋の柔軟性低下が挙げられている。先行研究により,棘下筋のストレッチング方法として,肩甲骨を固定し肩関節を水平内転する方法(cross-body stretch)が推奨されている。筋硬度の低下や関節可動域の増加といったストレッチ効果は実証されているが,上肢挙上動作などの肩甲骨が関わる動作において棘下筋に対するストレッチングが肩甲骨運動に及ぼす影響は不明である。そこで本研究の目的は,棘下筋のスタティックストレッチング(SS)による棘下筋の柔軟性向上が上肢挙上時の肩甲骨運動に与える影響を明らかにすることとした。【方法】対象は健常若年男性15名(22.3±1.2歳)の非利き手側上肢とした。SSは上記のcross-body stretchとし,SS時間は3分間とした。SS前後において,6自由度電磁気式動作解析装置(Liberty;Polhemus社製)を用いて肩関節屈曲運動時の肩甲骨運動(外旋,上方回旋,後傾)を計測した。SSによる棘下筋柔軟性向上の指標には超音波診断装置(Aixplorer, Supersonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能より算出される弾性率を用いた。弾性率は低値を示すほど筋の柔軟性が高いことを意味する。棘下筋の弾性率がSS前(pre)に比べ,SS直後(post1)とSS後の肩甲骨運動計測後(post2)に低値を示すことを包含基準とし,計9名を解析対象とした。統計解析は,10度毎の各肩関節屈曲角度における肩甲骨角度より,時期(SS前,SS後),角度(30~120度)の2要因による反復測定二元配置分散分析を行った。主効果を認めた場合は事後検定としてBonferroni法による多重比較およびt検定を行った。有意水準は5%とした。【結果】各弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はpreが34.2±7.4,post1が28.6±7.3,post2が29.2±8.4であり,preに対し,post1,post2において有意に低値を示した。二元配置分散分析の結果,肩甲骨外旋において時期における主効果を認めた。事後検定の結果,SS前に対し,上肢挙上30-80°においてSS後に有意に外旋角度が増大した。また,肩甲骨上方回旋と後傾に関しては,交互作用および時期における主効果を認めなかった。【結論】Cross-body stretchにより棘下筋の弾性率が低下すると,上肢挙上動作時の肩甲骨外旋角度が増大することが明らかとなった。これより,cross-body stretchが,上肢挙上運動時の肩甲骨運動の改善に有効である可能性が示唆された。
著者
西下 智 簗瀬 康 田中 浩基 草野 拳 中尾 彩佳 市橋 則明 長谷川 聡 中村 雅俊 梅垣 雄心 小林 拓也 山内 大士 梅原 潤 荒木 浩二郎 藤田 康介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】肩関節は自由度が高く運動範囲が広いが,関節面が小さいため回旋筋腱板(腱板)の担う役割は重要である。肩関節周囲炎,投球障害肩などに発生する腱板機能不全では棘上筋,棘下筋の柔軟性低下が問題となることが多く,日常生活に影響を及ぼすこともある。柔軟性向上にはストレッチング(ストレッチ)が効果的だが,特定の筋の効果的なストレッチについての研究は少ない。棘下筋に関してはストレッチの即時効果を検証する介入研究が行われているが,棘上筋ではほとんど見当たらない。棘上筋の効果的なストレッチは,複数の書籍では解剖学や運動学の知見をもとに,胸郭背面での内転(水平外転)位や伸展位での内旋位などが推奨されているが定量的な検証がなされていないため,統一した見解は得られていないのが現状である。棘上筋のストレッチ肢位を定量的に検証したのはMurakiらのみであるが,これは新鮮遺体を用いた研究であり,臨床応用を考えると生体での検証が必要である。これまで生体における特定の筋のストレッチ方法を確立できなかった理由の一つに,特定の筋の伸張の程度を定量的に評価する方法が無かったことが挙げられる。近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能を用いることで,計測した筋の伸張の程度の指標となる弾性率を求める事が可能になった。我々はこれまでに様々な肢位での最大内旋位の弾性率を比較する事により「より大きな伸展角度での水平外転・内旋もしくは,最大伸展位での内旋」が棘上筋の効果的なストレッチ方法であると報告(第49回日本理学療法学術大会)したが,最大内旋を加える必要性については未検証であった。そこで今回我々は,効果的な棘上筋のストレッチ方法に最大内旋が必要かどうかを明らかにすることを目的とした。【方法】対象者は健常成人男性20名(平均年齢23.8±3.1歳)とし,対象筋は非利き手側の棘上筋とした。棘上筋の弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,棘上筋の筋腹に設定した関心領域の弾性率を求めた。計測誤差を最小化できるように,計測箇所を肩甲棘中央の位置で統一し,2回の計測の平均値を算出した。弾性率は伸張の程度を表す指標で,弾性率の変化が高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する。計測肢位は,上腕の方向条件5種と回旋条件2種を組み合わせた計10肢位とした。方向条件は下垂位(Rest),胸郭背面での最大水平外転位(20Hab),45°挙上での最大水平外転位(45Hab),最大水平外転位(90Hab),最大伸展位(Ext)の5条件,回旋条件は中間位(N)と最大内旋位(IR)の2条件とした。統計学的検定は各肢位の棘上筋の弾性率について,方向条件と回旋条件を二要因とする反復測定二元配置分散分析を行った。なお統計学的有意水準は5%とした。【結果】全10肢位のそれぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はRestNが8.9±3.1,RestIRが7.3±2.5,20HabNが11.9±5.3,20HabIRが10.9±4.3,45HabNが27.1±11.0,45HabIRが28.0±13.8,90HabNが22.6±7.8,90HabIRが27.3±10.8,ExtNが31.0±7.2,ExtIRが31.8±8.4であった。統計学的には方向条件にのみ主効果を認め,回旋条件の主効果,交互作用は認めず,中間位と最大内旋位に有意な違いがなかった。方向条件のみの事後検定ではRestに対して20Hab,45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示し,更に20Habに対して45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示した。【考察】棘上筋のストレッチ方法はこれまでの報告同様,Restに比べ20Hab,45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事,また,20Habに比べ45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事から,伸展角度が大きい条件ほどより効果的なストレッチ方法であることが再確認できた。しかし,回旋条件の主効果も交互作用も認めなかったことから最大内旋を加えることでの相乗効果は期待できない事が明らかとなった。この結果は新鮮遺体での先行研究が推奨する最大伸展位での水平外転位を支持するものであった。このことから書籍などで推奨されていた胸郭背面での水平外転位のストレッチについては水平外転や内旋よりも伸展を強調すべきであることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本研究では弾性率という指標を用いる事で,生体の肩関節において効果的な棘上筋のストレッチ方法が検証できた。その肢位はより大きな伸展角度での水平外転もしくは最大伸展位であったが,最大内旋を加えることによる相乗効果は期待できないことが明らかとなった。
著者
清水 厳郎 長谷川 聡 本村 芳樹 梅原 潤 中村 雅俊 草野 拳 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】肩関節の運動において回旋筋腱板の担う役割は重要である。回旋筋腱板の中でも肩の拘縮や変形性肩関節症の症例においては,肩甲下筋の柔軟性が問題となると報告されている。肩甲下筋のストレッチ方法については下垂位での外旋や最大挙上位での外旋などが推奨されているが,これは運動学や解剖学的な知見を基にしたものである。Murakiらは唯一,肩甲下筋のストレッチについての定量的な検証を行い,肩甲下筋の下部線維は肩甲骨面挙上,屈曲,外転,水平外転位からの外旋によって有意に伸張されたと報告している。しかしこれは新鮮遺体を用いた研究であり,生体を用いて定量的に検証した報告はない。そこで本研究では,せん断波エラストグラフィー機能を用いて生体における効果的な肩甲下筋のストレッチ方法を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常成人男性20名(平均年齢25.2±4.3歳)とし,対象筋は非利き手側の肩甲下筋とした。肩甲下筋の伸張の程度を示す弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,肩甲下筋の停止部に設定した関心領域にて求めた。測定誤差を最小化できるように,測定箇所を小結節部に統一し,3回の計測の平均値を算出した(ICC[1,3]:0.97~0.99)。弾性率は伸張の程度を示す指標で,弾性率の変化は高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する測定肢位は下垂位(rest),下垂位外旋位(1st-ER),伸展位(Ext),水平外転位(Hab),90°外転位からの外旋位(2nd-ER)の5肢位における最終域とした。さらに,ExtとHabに対しては肩甲骨固定と外旋の有無の影響を調べるために肩甲骨固定(固定)・固定最終域での固定解除(解除)と外旋の条件を追加した。統計学的検定は,restに対する1st-ER,Ext,Hab,2nd-ERにBonferroni法で補正したt検定を行い,有意差が出た肢位に対してBonferroniの多重比較検定を行った。さらに伸展,水平外転に対して最終域,固定,解除の3条件にBonferroniの多重比較検定を,外旋の有無にt検定を行い,有意水準は5%とした。【結果】5肢位それぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はrestが64.7±9.1,1st-ERが84.9±21.4,Extが87.6±26.6,Habが95.0±35.6,2nd-ERが87.5±24.3であった。restに対し他の4肢位で弾性率が有意に高値を示し,多重比較の結果,それらの肢位間には有意な差は認めなかった。また,伸展,水平外転ともに固定は解除と比較して有意に高値を示したが,最終域と固定では有意な差を認めなかった。さらに,伸展・水平外転ともに外旋の有無で差を認めなかった。【結論】肩甲下筋のストレッチ方法としてこれまで報告されていた水平外転からの外旋や下垂位での外旋に加えて伸展や水平外転が効果的であり,さらに伸展と水平外転位においては肩甲骨を固定することでより小さい関節運動でストレッチ可能であることが示された。
著者
駒村 智史 草野 拳 爲沢 透 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに・目的】</p><p></p><p>肩関節水平内転や内旋可動域の制限因子として挙げられる肩関節後方の軟部組織の伸張性低下は一般的に肩関節後方タイトネスと呼ばれている。肩関節後方タイトネスは,上腕骨頭の前方偏位が関わるインピンジメントや内旋可動域の制限と関連することが示唆されており,その一因として棘下筋の柔軟性低下が挙げられている。先行研究により,棘下筋のストレッチング方法として,肩甲骨を固定し肩関節を水平内転する方法(cross-body stretch)が推奨されている。筋硬度の低下や関節可動域の増加といったストレッチ効果は実証されているが,上肢挙上動作などの肩甲骨が関わる動作において棘下筋に対するストレッチングが肩甲骨運動に及ぼす影響は不明である。そこで本研究の目的は,棘下筋のスタティックストレッチング(SS)による棘下筋の柔軟性向上が上肢挙上時の肩甲骨運動に与える影響を明らかにすることとした。</p><p></p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>対象は健常若年男性15名(22.3±1.2歳)の非利き手側上肢とした。SSは上記のcross-body stretchとし,SS時間は3分間とした。SS前後において,6自由度電磁気式動作解析装置(Liberty;Polhemus社製)を用いて肩関節屈曲運動時の肩甲骨運動(外旋,上方回旋,後傾)を計測した。</p><p></p><p>SSによる棘下筋柔軟性向上の指標には超音波診断装置(Aixplorer, Supersonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能より算出される弾性率を用いた。弾性率は低値を示すほど筋の柔軟性が高いことを意味する。棘下筋の弾性率がSS前(pre)に比べ,SS直後(post1)とSS後の肩甲骨運動計測後(post2)に低値を示すことを包含基準とし,計9名を解析対象とした。</p><p></p><p>統計解析は,10度毎の各肩関節屈曲角度における肩甲骨角度より,時期(SS前,SS後),角度(30~120度)の2要因による反復測定二元配置分散分析を行った。主効果を認めた場合は事後検定としてBonferroni法による多重比較およびt検定を行った。有意水準は5%とした。</p><p></p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>各弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はpreが34.2±7.4,post1が28.6±7.3,post2が29.2±8.4であり,preに対し,post1,post2において有意に低値を示した。二元配置分散分析の結果,肩甲骨外旋において時期における主効果を認めた。事後検定の結果,SS前に対し,上肢挙上30-80°においてSS後に有意に外旋角度が増大した。また,肩甲骨上方回旋と後傾に関しては,交互作用および時期における主効果を認めなかった。</p><p></p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>Cross-body stretchにより棘下筋の弾性率が低下すると,上肢挙上動作時の肩甲骨外旋角度が増大することが明らかとなった。これより,cross-body stretchが,上肢挙上運動時の肩甲骨運動の改善に有効である可能性が示唆された。</p>