著者
諏訪 秀麿 藤堂 眞治
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.11, pp.731-739, 2022-11-05 (Released:2022-11-05)
参考文献数
52

マルコフ連鎖モンテカルロ法は多自由度系に対する強力な数値積分手法として,さまざまな分野で広く用いられている.この手法では,積分変数を状態変数とみなして,状態を逐次的に更新するシミュレーションを行う.このとき状態遷移が確率的であることがモンテカルロ法の特徴である.十分長時間のシミュレーションにより,任意の分布(例えばボルツマン分布)からの状態サンプリングが可能となる.ここで確率的な状態遷移を,状態空間中でのランダムウォークとみなすことができる.遷移確率は,通常,詳細つりあいを満たすように決められる.これは状態空間に正味の確率流がないこと,つまりは平衡状態からのサンプリングに対応する.このときの時間発展ダイナミクスは可逆である.マルコフ連鎖モンテカルロ法では,ランダムウォークのおかげで,長時間待てばどんな複雑な分布からもサンプリングができるが,悩ましいことに,そのランダムさゆえに計算効率が悪くなってしまう.ダイナミクスが拡散的であるため,行ってほしいところになかなかたどり着けないのである.計算効率を上げるには,逆説的ではあるが,ランダムウォークのランダム性をうまく抑える必要がある.つまり,詳細つりあいを破ることで,状態空間に確率の流れを作り出し,その流れに沿って,効率的にサンプリングを行えばよい.たとえ詳細つりあいを破っても,分布の収束先(定常分布)を不変に保つことができれば,非平衡定常状態からのサンプリングにより,平衡状態を用いたときと同じ積分計算を実行できるのだ.このような動機のもと,20世紀末頃から,詳細つりあいを満たさない不可逆なダイナミクスが数学的に議論され始めた.典型的な可逆ダイナミクスに対して摂動的に可逆性を破ると,必ず分布の収束が速まることが証明された.また状態空間が1次元などの特殊な場合,収束のスケーリングが大幅に改善されることが示された.しかしながら,物理的に興味のある多体問題に対して不可逆モンテカルロ法が実用的かどうかは,長い間わかっていなかった.そのような状況の中,ようやくここ10年ほどで,実用的かつ効率的な不可逆モンテカルロ法が開発された.中でも,状態空間を拡張し,その拡張された空間で確率の流れを導入するアプローチ――リフティング――がさまざまな系に用いられている.例えばイベント連鎖モンテカルロ法では,どの粒子を動かすかという自由度も状態変数として扱い,一般的な相互作用粒子系に対して効率的なサンプリングを実現する.また,量子系における粒子数保存則などのような制約が状態空間にある場合,ワームアルゴリズムがよく用いられている.この手法の拡張版として,状態空間に向きの自由度を加えた有向ワームアルゴリズムが開発された.向きのない場合と比べて,計算効率を大幅に改善することができる.このようにリフティングはさまざまな系に適用することができ,幅広い分野でますます重要となるであろう.今後,不可逆モンテカルロ法の基礎理論の発展と共に,さらなる効率的なアルゴリズムが生まれてくると期待される.
著者
諏訪 秀麿 藤堂 眞治
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.370-374, 2011-05-05
参考文献数
26

マルコフ連鎖モンテカルロ法は積分計算の汎用的数値手法であり,様々な分野で必要不可欠な解析手段となっている.1953年の発明以来,この手法は詳細つりない条件の枠の中で発展を続けてきた.しかし詳細つりあいは必要条件ではない.最近の研究により,この条件を破ることで,推定値の収束が大幅に改善されることが明らかになってきた.本稿では,モンテカルロ法の原理について解説した後,我々の新しいアルゴリズムを紹介する.
著者
藤堂 眞治
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.275-282, 2015-04-05

スーパーコンピュータやワークステーションが計算物理における「実験装置」であるとすると,シミュレーションソフトウェア(プログラム)はそれらを使いこなすための「実験技術」であると言える.将来の研究成果につながる「技術」は,個々の研究者あるいは研究グループが,門外不出のものとして日々磨きあげていくべきである.このような立場に立つと,シミュレーションに使うプログラムは,これまでの経験と知識に基づき「速く」て「信頼できる」ものを自分で一から作るのが当然であり,できあいをブラックボックスとして使うのは研究として認められないということになろう.コンピュータの計算速度は年とともに指数関数的に伸びている.シミュレーションの手法もそれ以上の速さで進化している.例えば,量子磁性,高温超伝導など,電子相関の強い量子多体系に対する代表的な手法の一つである量子モンテカルロ法は,状態更新のアルゴリズムにおいて,近年,多くの本質的な改善がなされ,バイアスのない最も精密な数値解析手法となっている.それに伴い,アルゴリズムはますます複雑化している.プログラム開発や並列化,チューニングのためのコストは増加し,研究者の「専門化・固定化」も大きな問題となっている.その一方で,実験家の間でも,日常的なツールとしてのシミュレーションの需要が高まっている.このような状況のもと,計算機実験の技術開発や整備は,もはや個人の素養に頼るだけではなく,コミュニティー全体で取り組み共有していくべき段階にきているのは明らかである.本稿では,計算物性物理,量子統計物理分野におけるそのような取り組みの一つである「ALPS」を紹介する.ALPS(Algorithms and Libraries for Physics Simulations)は,量子スピン系,電子系など強相関量子多体系の有効模型のシミュレーションのためのオープンソースソフトウェアの開発を行う国際共同プロジェクトである.ALPSでは,主に,量子統計物理分野のシミュレーションの共通基盤となるライブラリやデータ解析ツールを開発すると同時に,最新のアルゴリズムに基づく質の高いアプリケーションプログラムの提供を目指している.ALPSには,厳密対角化,古典・量子モンテカルロ法,密度行列くりこみ群,動的平均場近似など,量子多体系の有効模型に対する標準的あるいは先進的なアルゴリズムを用いたアプリケーションが用意されており,興味ある模型の特性や計算したい物理量に応じて,最適なアプリケーションを選ぶことができる.ALPSのようなコミュニティーコードを用いることで,計算物理の専門家でなくとも,様々な模型について手軽にシミュレーションを始めることができる.それだけでなく,新たなプログラムやアルゴリズムを開発する際のリファレンスコードとして,あるいは計算物理教育の題材,シミュレーション結果の共有やアーカイブ化のためのツールとしての活用など,ハイエンドのスーパーコンピュータによる大規模シミュレーションだけでなく,計算物理の裾野を広げていくためにも,このようなコミュニティーコードの整備・知識共有は,今後ますます重要となっていくに違いない.
著者
今村 俊幸 大井 祥栄 深谷 猛 廣田 悠輔 椋木 大地 山本 有作 藤堂 眞治
出版者
国立研究開発法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は、数万から数億のコアプロセッサが搭載される計算システム環境下において、過去に蓄積された高性能な数値計算サービスを新しい数学原理に基づき実現することを目的にし、「異粒度数値カーネル構築」と共に「非同期的な数値計算アルゴリズム」の2大テーマのもと、1)非同期的数値計算アルゴリズムに関する理論と実用レベルにある省通信・省同期アルゴリズムについて研究しCAHTRやFDTD向けの手法を提案した。更に、2)超メニイコアでのスケーラブルな軽量コード生成のための自動チューニングなどの核基盤技術研究を推進し次世代数値計算ソフトウェアの新技術創出に繋がる新機軸探究を進めた。