- 著者
-
岩田 修永
西道 隆臣
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.122, no.1, pp.5-14, 2003-07-01
- 被引用文献数
-
1
6
5
アミロイドβペプチド(amyloid β peptide, Aβ)の蓄積はアルツハイマー病(Alzheimer's disease, AD)脳で進行的な神経細胞の機能障害を起こす引き金になる.しかし,ADの大半を占める孤発性ADにおいて,何故Aβが蓄積するのかは不明である.家族性ADと異なり,Aβ合成の上昇が普遍的な現象として認められないことから,老化に伴うAβ分解システムの低下が脳内Aβレベルを上昇させ,蓄積の原因となる可能性が考えられた.我々の研究室では,Aβの脳内分解過程をin vivoで解析する実験と分解酵素の候補になったプロテアーゼのノックアウトマウスの解析により,ネプリライシンがAβ分解の律速段階を担う主要酵素であることを明らかにした.ネプリライシンノックアウトマウスの脳では著しいAβ分解活性の低下と内在性Aβレベルの上昇が認められ,これにより初めて分解系の低下もAβ蓄積を引き起こす要因になりうることが実証されたのである.また,ネプリライシンは神経細胞のプレシナプス部位に存在し,正常老齢マウスを用いた実験で加齢に伴って貫通線維束と苔状線維の終末部位で選択的に低下することが分かった.このことは,海馬体神経回路の記憶形成にかかわる重要な部位で局所的にAβ濃度が上昇することを意味する.一方,ネプリライシンを強制発現した初代培養ニューロンでは細胞内外のAβが顕著に減少することより,分解系の低下を抑制することや分解系を操作して増強することが,加齢に伴うAβ蓄積を抑制し,アルツハイマー病の予防や治療に役立つことを示唆する.神経細胞におけるネプリライシンの活性あるいは発現は神経ペプチドによって制御される可能性が考えられる.神経ペプチドのレセプターはGタンパク質共役型であるので,薬理学的に脳内Aβ含量を制御できることが期待される.<br>