著者
谷脇 理史
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

出帆による文芸の流布が一般化する近世の状況の中で、その前期における出版取締り令は、享保期以後のもののように整備されたものではない。しかし、明歴3(1657)年の取締り令発令以前からも作者や書肆による自主規制(時にカムフラージュ)が行われており、政治・社会問題をとりあげる仮名草子や「軍書類」にその様相をうかがうことができる。それは、西鶴以後の浮世草子においても同様である。西鶴は、『好色一代男』以来、武家階層以上をとりあげる場合、明らかにカムフラージュを行いつつ諷刺する姿勢を示しており、『好色一代女』『武道伝来記』などでは、それが一層あらわとなっている。また、上層町人に対しする諷刺は、『一代女』以前の場合、そのモデルを実名で登場させたりしているが、『永代蔵』以後では、実名をかくしたり、仮名を用いたりして諷刺を行うようになっている。以上の諸点は、本報告書に収めた拙論(本研究期間以前に発表のものも含む)の中で問題にしたが、とりわけ西鶴の問題については本報告書第2部第11章「西鶴の自主規制とカムフラージュ」で一応の総括を行い、現在までの私の主張及び問題点・課題を記した。なお、西鶴が「出版規制に対応する」様相については、これまでの研究を一書にまとめ、平成18年度中には清文堂出版より刊行する予定となっている。一方、近世初期の軍記類・元禄期の軍書類、西鶴以後の浮世草子類等についても検討を続けたが、それらについての資料は収集したものの、論文としてまとめる段階にまでは至らなかったので、遺憾ながら、今後の課題としたい。また、本研究期間には、西鶴のカムフラージュと諷刺の様相を「『好色一代女』の面白さ、可笑しさ」「経済小説の原点『日本永代蔵』」(ともに清文堂出版)の二書によって具体的に解明した。
著者
浅野 晃 篠原 進 村上 征勝 西島 孜哉 谷脇 理史 冨士 昭雄
出版者
共立女子大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1995

17世紀後半の作家井原西鶴の文学の魅力は、千変万化する語彙を縦横に操った新しい文体にあると言うことができる。処女作『好色一代男』(1682年刊)の冒頭部分「桜も散るに歎き、月は限りありて入佐山、友に但馬の国、かねほる里の辺りに‥‥」は、西鶴の個性的な文体の創造をみごとに示した好例である。ところが、現在、われわれは、西鶴語彙の索引を共有してはいない。本研究は、西鶴研究者が共同して、西鶴作品の語彙について、その統計分析のための基礎作業にとりくもうとしたものである。本年度の研究業績は、以下の2点にまとめることができる。(1)第1は、語彙をコンピュータ化するための実験、つまり、語彙を機械化するに当って、その可能な範囲を探る作業を開始したことである。まず、西鶴の代表作『好色一代男』『好色五人女』『日本永代蔵』をとり上げた。作品をデータ・ベース化し、研究会活動を通して、語彙の統計処理について、基本的な問題点を討議した。異体字や漢字の字体、仮名処理などの基本方針の方向を定め、コンピュータのいわゆる字書作りの作業に入ったのである。こうした作業と平行して、西鶴の全作品のデータ・ベース化の仕事も続行している。(2)第2の研究業績は、正確な西鶴作品を提供するための基礎作業に取りかかったことである。これは、最終的には、新しい『西鶴全集』の刊行に連なるものである。『定本西鶴全集』第1巻が世に出たのは、昭和26年8月のことであるから、それからすでに40数年の歳月が流れたことになる。現在の西鶴研究は、この全集を手懸りにして展開しているが、作品のテキスト研究も進歩を見せているので、現段階において、望みうる最高の西鶴全集と、西鶴語彙の総合索引を共有することになれば、西鶴研究はさらに大きな前進を見せることになろう。本研究は、以上の2つの分野において、基礎的な研究業績を築きはじめたものである。