著者
近藤 倫生
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.249-261, 2005-08-31 (Released:2017-05-27)
参考文献数
79
被引用文献数
1

食物綱とは生物群集内の捕食・被食関係を描いたグラフである。個体群動態は直接・間接の種間相互作用の影響を受けるが、捕食・被食関係を通じた相互作用の生じ方は食物網の構造に依存する。したがって、食物綱構造は個体群動態を理解するうえでの鍵となる。これまで、食物網の複雑性(種数、結合度)と安定性の間の関係について多くの研究がなされてきたが、数理モデルを用いた理論研究ではしばしば食物網の複雑性が高くなると安定性が低下するとの予測がなされてきた。その後、現実の食物網の特徴や現実的な仮定を組み込むことによって、複雑な食物綱が安定に存続しうることが理論的に示されてきた。しかし、これらの研究の多くは「食物綱の構造は固定的で変化しない」という生物の根本的な特徴を無視した仮定にとらわれてきた。生物の最も重要な特徴のひとつは、表現型可塑性や進化のためにその行動や形態が適応的に変化するということだ。捕食行動や対捕食者防御行動が適応的に変化する場合、食物網を構成する捕食・被食関係のリンクもやはり時とともに変化しうる柔軟なものとして捉えなくてはならない。このような適応のひとつである適応的餌選択とそれに由来する食物網の柔軟性を考慮すると、食物網・生物多様性の維持に関してこれまでとはまったく異なる理論予測が導かれる。第一に、複雑性-安定性関係が正になりうる。第二に、食物網の結合度と安定性の間の関係が時間スケールと結合度の差を生み出すメカニズムに依存するようになる。第三に、生物の適応が生物間の相互作用の歴史の結果にできたものであることから、歴史こそが群集を安定化する鍵になっていると考えることができる。食物網の柔軟性が個体群動態におおきな影響を与えうることが多くの研究によって示唆されてはいるが、それを確かめるのは容易ではない。なぜなら食物綱の時とともに変動する詳細な構造を調べ上げることは簡単ではないからだ。工夫を凝らした実証研究によってこれらの理論予測をテストしていくことが今後の課題であろう。
著者
近藤 倫生
出版者
龍谷大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

数理モデリングの手法と食物網のネットワーク解析を組み合わせることで、生物を特徴づける適応的行動の、食物網構造やその個体群動態への影響を研究した。主な成果は以下の通りである:(1)捕食者の適応的採餌や被食者の適応的対捕食者防御によって、食物網における複雑性-安定性の間に成立する関係が質的に変化することを理論的に示した;(2)食物連鎖長とその生態系生産性への反応は適応的採餌の結果として理解が可能であることを理論的に示した;(3)自然食物網は適応的餌選択から予測されるようなネスト構造をもつ栄養モジュールの集合として理解できることを明らかにした;(4)自然生態系における捕食者と被食者の脳サイズにはいくつかの特徴的なパターンが見られることを発見した;(5)カリブ海の食物網は複数の栄養モジュールが、そこでの生物多様性を維持するような規則に従って配置されていることを発見した。