著者
長谷川 理
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.238-255, 2012 (Released:2012-11-07)
参考文献数
152

種間交雑や遺伝子浸透という事象は,進化研究においてこれまであまり重視されてこなかった.新しい系統群が生じるのは,祖先集団が二つに分岐する過程が主であり,一旦分化を始めた二集団が再び融合するような現象は例外的に扱われてきたためである.しかし近年の分子生物学的手法の発展,とりわけミトコンドリアDNAに限らず様々な核DNAの遺伝子領域が分析対象となってきたことにより,生物集団間に生じる交雑や遺伝子浸透の重要性が再評価されている.本稿は,鳥類を対象にした最近の研究事例について,集団間に種間交雑や遺伝子浸透が生じた際に,(1)二系統の分化の程度が拡大する場合,(2)二系統が一つに融合する場合,(3)交雑により新たな系統が形成される場合,(4)系統が維持されつつ遺伝子浸透が生じる場合に分けて紹介し,鳥類の進化や保全における種間交雑や遺伝子浸透の重要性を概説する.
著者
富田 直樹 染谷 さやか 西海 功 長谷川 理 井上 裕紀子 高木 昌興
出版者
公益財団法人 山階鳥類研究所
雑誌
山階鳥類学雑誌 (ISSN:13485032)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.79-90, 2010-09-30 (Released:2012-12-04)
参考文献数
32

北海道苫前郡羽幌町天売島の天売港において,黄色の脚をもつ大型カモメ類の死体1個体の回収を行った。Olsen & Larsson (2003) に従い,死体標本は,主に背上面および翼上面の色と初列風切の模様の特徴からロシアのコラ半島からタイミル半島の南東部で繁殖する Larus heuglini と同定された。しかし,亜種を完全に区別することはできなかった。また,ミトコンドリアDNAのチトクロームb 領域と調節領域の塩基配列における先行研究との比較では,死体標本の持つ変異が近縁な種・亜種グループに共通して保有されるタイプと一致した。結果として,死体標本が帰属する分類群として可能性のあった候補のうち L. fuscus fuscus, L. h. heuglini, L. cachinnans barabensis, L. h. taimyrensis のいずれかであることまでは絞り込めたが,特定の種もしくは亜種まで明確に示すことはできなかった。L. heuglini とその近縁種については,交雑や遺伝子流動などの理由から分類学的に未解決の問題が多い。本研究において,死体標本やDNA標本による客観的なデータに基づいても,大型カモメ類の種・亜種を正確に同定することは,非常に困難であることが示された。
著者
長谷川 理成 畠山 富治 吉田 俊郎
出版者
千葉県原種農場
雑誌
千葉県原種農場研究報告 = Bulletin of the Chiba-Ken Foundation Seed and Stock Farm (ISSN:03875229)
巻号頁・発行日
no.6, pp.1-8, 1984-03

昭和57年8月2日に中部地方に上陸した台風10号による乾燥した強風のため、千葉県下全域に褐変籾の発生が認められた。農産物検査規定・生産物審査基準によれば、褐変籾は被害粒とされ、製品種籾への混入の許容最高限度は0.5%であり、種子場では褐変籾の選種方法・種子適性が問題となった。1. 乾燥した強風が吹走した8月2日前後に出穂した圃場では、褐変籾・不稔籾が多発し、特に晩生品種コシヒカリに発生が多かった。2. 褐変籾指数と登熟指数との間には、r=-0.656**という強い負の相関が認められ、褐変籾歩合が40%を超える試料では著しい登熟不良となった。3. 褐変籾は、正常籾に比べ粒厚・比重ともに劣った。また、一般的な選種方法である篩目2.2mmの粒厚選、比重1.13の比重選では、農産物検査等の許容最高限度の0.5%以下まで褐変籾を除去することはできなかった。4. 褐変籾の発芽率は、98.0~100%で十分な発芽能力を有した。5. 褐変籾の苗の生育は、適切な育苗条件下では正常籾に劣らないが、出芽期の温度不足という不良環境下では、出芽の揃いが悪く、草丈・苗乾物重が小さくなった。6. 調査結果から、褐変籾を準種子として使用する場合、種子センターにおける篩目2.2mmの粒厚選で実用的には十分であると考えられた。7. 障害籾の種子適性の判定には、発芽力調査に加え、育苗試験・種子の活力判定を行う必要があると考えられ、その方法については今後の検討課題であると思われた。
著者
黒沢 令子 長谷川 理 泉 洋江 越川 重治
出版者
特定非営利活動法人バードリサーチ
雑誌
Bird Research
巻号頁・発行日
vol.3, pp.A19-A25, 2007
被引用文献数
1

2006年初頭に北海道の中央地域でスズメが大量死し,個体数が減少した.そこで市民が気軽に参加できるような簡易定点調査法により,その後のスズメの個体群動態のモニタリングを開始した.積雪地域(北海道など)と雪のない地域(関東地方)の違いや季節および,餌やりの影響を比べたところ,スズメの出現数は平均3.6~3.8羽(0.78ha)で,両地域に差はなかった.季節別にみても夏と冬ともに平均3.6羽で差はなかった.一方,北海道の同一地点において,季節別に冬期の餌やりの交互作用をみると,冬期に餌やりのある地点では,冬期のスズメの数が有意に多く,餌やりのある場所にはスズメが集中することが裏付けられた.このような状態は感染症が発生した場合には水平感染が起きやすくなるので,2005/06年のような大量死を引き起こす要因になりうる.それを避けるためには,餌やりは最小限にして過密状態を避け,餌台の衛生管理の徹底を呼びかける必要があるだろう.市民参加による調査は,簡便さが要求される一方,精度にバラつきが生じやすいことと,さらに検討できる要因を増やすために調査地点数を増やすことが課題である.スズメのような身近な鳥は,人間の近くに住むので,環境の健全性を見守る指標として利用できることから,学校や自然教育における応用が期待される.