- 著者
-
高木 昌興
- 出版者
- The Ornithological Society of Japan
- 雑誌
- 日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
- 巻号頁・発行日
- vol.48, no.1, pp.61-81, 1999-05-25 (Released:2007-09-28)
- 参考文献数
- 75
野生鳥獣の生息地の減少や分断化は個体の移動分散を妨げ,近親交配が起きる確率を高くする.小さな個体群では遺伝的浮動が強く働き,配偶相手が近縁である可能性が必然的に高くなる.個体数が激減し,近親交配によって地域的な個体群の絶滅が加速されると危惧される一方で,近親交配の回避が困難と思われる少数個体から個体数が回復した個体群,また近年になって確立した大洋島の個体群が存在する.実際,近親交配が繁殖能力や生存に関係する代謝能力などの形質値の平均を低下させることは実験動物や家畜の研究から古くから指摘されている.野外鳥類でも個体識別した個体群を用いて,長期的に家系が明らかされ,近親交配が検出されてきた.その結果,野外鳥類の近親交配は孵化率を低下させることがわかった.また,DNAを用いた研究では近親交配の指標として利用することができるヘテロ接合度と繁殖や生存に関係する変数との間に負の相関関係が認められている.しかし,近交弱勢を伴わない場合や近親交配によってできた子供が高い生産性を持つ場合があることもわかった.さらに,個体群のおかれている地理的状況や人口統計学的要因によっては,近親交配を回避するよりも近親交配を選択した方が適応的な場合もあり得ることが示唆された.今後は,人為的に個体群を創設するか,定着の歴史が異なる同種個体群を見つけだし,人口統計学的データ,個体,および個体群の両方のレベルで対立遺伝子数やヘテロ接合度などの遺伝的構造に関する変数,さらに繁殖成績に関する変数をモニターすることが必要である.そして,それらの関係を詳細に解析することで,近親交配が個体群の遺伝的構造や生活史形質に与える影響を明らかにできるであろう.