著者
伊藤 研悟 伊達 康博 川村 隆浩 大城 正孝 江口 尚 小野 裕嗣
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.3-22, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
30

昨今のSociety 5.0 及びポストコロナ時代において,研究現場ではリモート環境からデータ駆動型研究を加速させる高度な機器分析と情報連携基盤の開発が求められている.そこで農研機構では,リモート核磁気共鳴分光分析,データ駆動型解析及び機器分析データの一元管理をワンストップで提供する解析パイプラインを開発した.本パイプラインに合わせて長時間連続稼働が可能な自動前処理装置を利用することで,均質かつ均一な機器分析用試料の調製を可能にし,省人化・省力化を実現した.また,試料を約500 点セットが可能なオートサンプルチェンジャーを装着した溶液核磁気共鳴分光分析装置とリモート分析制御装置も導入し,簡便かつ安定なリモート分析の自動実行を可能にした.さらに,人工知能研究用スーパーコンピュータ「紫峰」と農畜産物のゲノムや成分などが格納された大容量の農研機構統合データベースを連携させることで,機器分析データの迅速なデータ駆動型解析とメタデータを含む機器分析データの一元管理を可能にした.この新たな基盤システムを利用することで,リモート環境にいる異分野の研究者同士がデータを介して繋がり,データ駆動型農業研究の促進や発展が期待される.
著者
田中 大介 江花 薫子
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.35-45, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
72

近年,農業技術や環境の急速な変化,人口増加などにより,遺伝資源の多様性が脅かされている.遺伝的な多様性保全は,貴重な資源を次の世代に伝えるための最も重要な課題のひとつである.したがって,遺伝資源を最適な条件下で長期にわたり維持・保管することが急務である.液体窒素を用いた超低温保存は,遺伝資源を維持する上で最も信頼性が高く,コスト効率とスペース効率が高く,安全な方法である.植物の茎頂分裂組織,菌糸体,胚,精子,精巣,卵巣および始原生殖細胞などの多様な生物材料に適用されているガラス化を基礎とした長期保存法について解説する.
著者
小林 暁雄 坂井 寛章 桂樹 哲雄 伊藤 研悟 稲冨 素子 江口 尚 川村 隆浩
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.23-33, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
15

農研機構内のプロジェクトや研究部門・センター毎に進められているバイオ研究課題では,データ管理や解析ツール開発が一元化しておらず,データの分散や個別化が問題となっている.これを解決するため,研究課題のニーズに基づきリソースを集約・重点化することにより資源の活用を効率化し,研究成果の最大化に繋げるためのプロジェクトが機構内組織横断的に進められている.本プロジェクトでは,機構の持つ高度計算資源を連携してオミクス情報を収集・解析し,研究データの来歴保証と研究の効率化を実現する解析パイプラインシステムの構築が取り組まれている.この計算資源には,機構内のゲノム解析サーバ及びスーパーコンピュータ「紫峰」を用いるとともに,ゲノムデータと解析されたデータを保存・機構内横断で提供する基盤として,農研機構統合DB を用いる.さらに,DDBJ Sequence Read Archive に準ずるメタデータを採用し,機構内で横断的にゲノムデータを解析・検索可能な解析パイプラインシステム を実現する. 本稿では,メタデータ入出力システムの詳細について解説するとともに,パイプラインシステムの現状と課題について議論を行う.
著者
熊谷 真彦 坂井 寛章
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.89-97, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
17

近年のシーケンシング技術の進展により多量のゲノムデータが得られるようになり,同時に遺伝的多型と表現型との関連を解析するGenome Wide Association Study (GWAS) も盛んに行われている.これらの情報を誰もが簡単な操作で閲覧することを可能にし,また公開することでデータの利活用を促進することを目的としてウェブブラウザTASUKE の開発を行った.TASUKE は多サンプルのゲノムリシーケンスデータから得られる多型情報やGWAS の解析結果を幅広い解像度で情報量豊かに表示する.数百サンプル以上の一塩基多型や挿入欠失といった多型情報およびそれらの遺伝子への効果情報,デプス情報,遺伝子アノテーション情報,GWAS のマンハッタンプロット等を並列的に表示し,1 塩基対の解像度から最大2,000 万塩基対までの広い範囲の情報をスムーズに閲覧することが可能である.これにより,各サンプル間の関係を遺伝子から広域なゲノム領域のレベルで理解することができ,また,GWAS 結果から表現型多型の原因遺伝子の候補を探索することが容易になる.さらに,ゲノムデータの閲覧から得られた情報を実験で活用するため,任意の多型サイトや領域に対して,多型情報を考慮したプライマーの設計や系統樹作成等のさまざまな機能が実装されている.本TASUKE システムの概要を活用例と合わせて紹介する.
著者
桂樹 哲雄 森 翔太郎 十一 浩典 石川(高野) 祐子 小林 暁雄 伊藤 研悟 山本(前田) 万里 川村 隆浩
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.47-61, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
15

農研機構では,2012-2015 年度に実施した機能性農林水産物・食品開発プロジェクトの成果物を元に,農林水産物が持つ機能性成分について文献情報と共に整理し,「機能性成分・評価情報データベース」として2018 年より公開している.一方,2019 年から,農研機構は島津製作所と共同で「食品機能性成分解析共同研究ラボ(NARO 島津ラボ)」を設置し,機能性農林水産物に関する様々な分析を実施してきた.また,農研機構内には戦略的イノベーション創造プログラム第2 期「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(SIP2)の分析データも存在する.このたび農研機構では,機構内で得られた食品機能性成分データを一か所に集める狙いから,「機能性成分・評価情報データベース」,「NARO 島津ラボ」のデータ,SIP2 の成果等を集約し,「農研機構食品機能性成分統合データベース」を開発した.収録するデータには,公開情報だけでなく閲覧者を制限すべきクローズドデータが含まれるため,柔軟なユーザ認証機能を導入し,適切なアクセス管理を行えるようにした点に特徴がある.本データベースでは,データの属性に応じて検索結果をグループ化して表示するファセット検索機能やグラフ表示機能などを実装した.
著者
十一 浩典 関山 恭代
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.13, pp.99-105, 2023-03-31 (Released:2023-03-31)
参考文献数
20

メタボロミクスとは生物の代謝物を網羅的に調べ,それらを解析することで生命現象を捉えようとする研究手法である.一般的には,液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどの分離装置と質量分析計を組み合わせることで試料中に存在する代謝物を分離し,これらを一斉かつ網羅的に測定して代謝物の総体(メタボローム)情報を得た後,種々の解析方法を用いて得られた情報の意義を考察する.近年では,メタボロミクスの発展と共に培われた分析技術・解析技術を応用し,農産物・食品を対象とした研究が活発に行われており,本稿では農産物に含まれる機能性成分に主眼を置いて実施したメタボローム解析について述べる.まず農研機構が保有する来歴が明らかな農産物に含有される代謝物を75%エタノールで抽出し,これらをペンタフルオロフェニルプロピル(PFPP)カラムで分離後,Q-TOF/MS で各成分の保持時間,および質量情報を得た.続いて差分解析により試料間で差異が見られた成分を特定し,来歴情報に照らして差異の意義について考察した.解析結果の一部を紹介し,将来の展望について解説する.
著者
三島 慎一郎
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2020, no.4, pp.1-9, 2020-07-15 (Released:2022-02-01)
参考文献数
60

日本の食飼料生産において,多量要素である窒素とカリウムの見かけの利用率はそれぞれ66%,69% と高いが,戦略資源になっているリンは17% しか利用されない.農地に投入されたものの作物に吸収されないで農地で余剰となるリンはOECD 加盟国内で最も多い.日本は肥料用のリンを全面的に輸入に頼っているが,元素P としてみると食飼料の形でも輸入しており,また鉄鉱石の夾雑物としても輸入している.既に営業運転に入っている下水からのリン回収事業や家畜ふん炭化物からのリン回収,実験段階であるが製鉄で出るスラグからのリン回収技術を組み合わせていくと,消費・精錬により排出されたリンの回収量は化学肥料に仕向けられるリンを賄うことができる.ただし,必要となる設備投資・メンテナンス・設備更新といった経済的事由や下水由来と言う時のネガティブな印象など普及に向けた課題もある.他方でSDGs の目標12,15 の実現に向けた資源的な裏打ちは必須であり,地産地消を基盤にした循環型社会・経済の実現に向け,リンの循環利用の取り組みは食飼料生産の持続性を担保するために必要である.
著者
原 貴洋 松井 勝弘 鈴木 達郎 手塚 隆久 森嶋 輝也
出版者
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
農研機構研究報告 (ISSN:24349895)
巻号頁・発行日
vol.2021, no.9, pp.25-36, 2021-11-30 (Released:2022-02-01)
参考文献数
21

「NARO-FE-1」は,九州沖縄農業研究センター(以下,九沖研とする)において育成された春まき栽培でき穂発芽しにくいソバ新品種である.「NARO-FE-1」は,九沖研選抜の5 系統の交配後代から集団選抜法により選抜固定して育成された.「NARO-FE-1」は春まき品種「春のいぶき」と比較し穂発芽しにくく,春まき栽培において多収で,容積重が大きい.夏まきの標準期播種栽培では,「さちいずみ」と比較し成熟が早く低収であるが,遅播栽培では同等の収量があり経済栽培が成り立つ.成熟期,草丈,倒伏程度と食味は「NARO-FE-1」と「春のいぶき」で同程度である.なお,品種名「NARO-FE-1」は,各地域等で育成したブランド名はそのままに品種を置換できる「地域農産物ブランド化における品種と商標との知財ミックス戦略」を想定し命名したものである.本品種は暖地,温暖地,北陸の春まきソバ栽培地域での普及が見込まれる.