著者
古賀 達也 赤石 旺之
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.61-83, 2023-03-28 (Released:2023-05-08)

猟区制度は、国や公共団体、狩猟者団体、農林業団体などが土地上に登記した権利を有する者の同意を得て設定することが出来る、狩猟を管理する区域であり、公有林、財産区、生産森林組合の所有地上に設定されるケースが散見される。本稿では、猟区制度の通史の整理及び生産森林組合の所有地上に設定された日野町猟区の事例調査から、猟区制度の射程を明らかにした。猟区制度の通史を整理したところ、今日の猟区制度は鳥獣保護や鳥獣保護繁殖という理念の下で形成されてきたこと、猟区の増設による鳥獣保護に向けて猟区の設定条件は緩和されてきたが、土地所有権との関係性には変化が見られず、政策的な議論も乏しいことが分かった。また、生産森林組合の所有地上に設定されている滋賀県日野町猟区の事例を調査したところ、入猟の規制によって生産森林組合の所有地における安全確保に寄与しているものの、許可捕獲による被害防除が困難であること、生産森林組合の所有地以外の土地では相続未登記や所有者不明などを理由に猟区が設定できていないことが明らかになった。本稿では、猟区は鳥獣保護を目的として形成されてきた制度であるために、積極的な捕獲を伴う野生動物管理上のメリットがあるかについては実証の余地があること、所有者不明山林や相続未登記などの問題から猟区の設定は今後困難になっていくこと、の2点を指摘した。
著者
高村 学人
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.5-20, 2020 (Released:2020-05-01)

所有者不明土地問題を解決する立法の一つとして表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化法が制定された。本稿では、この法が入会に由来する土地に与える影響を考察し、入会集団の力を活かす法実施のあり方を提唱する。所有者不明土地問題は、入会地の全面積を所有者不明土地にカウントし、入会集団のほとんどが既に消滅したとの事実認識に立っている。この認識は誤っているが、それに起因して入会地に対しても利用の実質を見ず、登記上の名義にのみ注目し、その変則をトップダウン的に解消することを法は目指している。今後、字名義の土地を市町村帰属と見做したり、ポツダム政令の効力を拡張する見解・運用が一般化した場合、入会地の多くが機械処理的に公有化される恐れがある。本稿は、このような法運用ではなく、入会地を利用してきた地縁的結合を法的に組織化し、他の政策も併せて動員することで土地の共同管理の担い手へ再生させる法実施を行うべきことを主張する。最後にそれに向けた既存の法制度の活用法と研究上の課題を提示する。
著者
後藤 正人
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.6-10, 2019 (Released:2020-05-04)

民法の物権として保障されている入会権の概念をめぐって、その内容的理解が希薄になっている。入会・入会権は、歴史的に共同「所有」・共同労働を基礎とする平等な権利を有する入会権者たちによって担われている。その起源は、稲作社会の定着につれて、中世社会に淵源を持つ。近世社会では入会権者たちによる共同所持・共同労働を基礎とする所持的入会権と、領主の林業直営地などに成立する地役的入会権がある。近代に入り、所持的入会権は私的所有地としてなかなか認められなかった。法律上は明治民法の物権編で認められていくが、官有地編入処分や入会林野統一政策によって入会権や入会地は多かれ少なかれ攻撃を受けたが、入会集団は粘り強く入会地の確保に努めてきた。戦後、日本国憲法によって主権者の地位を獲得した入会集団達には、所謂「入会林野近代化法」によって、生産森林組合等に組織変更することが生じた。しかし政府の「外材依存政策」によって木材価格の低迷下に悩んでいるのが現状である。未だ100万町歩程の大小入会地が存在するようである。入会権を維持しつつ地域民衆へ開かれた、豊かな利用が展開されるならば、入会地は永遠の生命を有するであろう。
著者
峰尾 恵人
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.83-99, 2020 (Released:2020-05-01)

寺社は、古代から森林を所有し、宗教的な原理を反映した森林の管理経営を行う主体である。本稿では、入会林野研究との比較によって、寺社林に関する先行研究の動向の特徴を明らかにした上で、寺社有林に関する唯一の網羅的な資料である農林省山林局編『社寺林の現況』に検討を加え、「寺社と森林」研究の今後の課題について論じた。寺社林に関する先行研究は、入会林野研究と比べて、①量的に少ない、②論点とアプローチが多様で自然科学分野からの研究の比率が高い、③寺社側の視点が弱い、④著名な寺社や地域の事例に情報が偏在している、といった特徴がある。農林省山林局編『社寺林の現況』は、調査・出版の時期と背景が不明であり、本文中の記載および農林省の資料から、1939年の森林法改正と同時期の1939年頃に作成され、1940年に出版されたものと推測した。「寺社と森林」研究の課題として、公共性を帯びた財をめぐる権利配分や制度設計、伝統木造建造物用材生産の担い手としての寺社の可能性の2点を挙げた。入会林野と寺社有林は、近代化の過程の中で前近代的なものと捉えられてきたが、新たな角度から再評価される時期に来ている。
著者
後藤 正人
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.53-59, 2019 (Released:2019-05-24)

江戸幕府の評定所による民事判決集が収録された『裁許留』には享保5年以来の入会裁判が数多く収録されている。本稿では現在で言えば、千葉県市原市、神奈川県横浜市、茨城県北茨城市における3件の入会紛争を検討した。全体的に言えば、当時は木材需要が増し、領主からの山年貢などの負担が発生ないし負担増が起こることを契機として、入会集団間の紛争が生じたり、「所持的入会権者」による植林が起こり、「地役入会権者」の利用を制限するような中で、評定所への訴えが生じている。評定所の審理では、両当事者の訴えや弁明を記録すると共に、特に書面による証拠を重視した。これで判明しない場合は、論所へ地方の幕府代官2名の各手代計2名を派遺して検分させ、かつ在地の関係史料を検討させて報告させている。当時の評定所では勘定奉行・町奉行・寺社奉行各1名が実質的な審理を行い、その審議結果を3奉行10名全員で確認した上で裁許したものと思料される。従って評定所では「裁判官全員による合議制」が一応採用されていたことが確認される。
著者
鈴木 龍也
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.23-34, 2020 (Released:2020-05-01)

本報告は、近年の入会訴訟(財産区に関する訴訟も含む)およびイギリス(基本的にイングランドのみに対象を絞る)のコモンズに関する立法の分析から示唆を得て、日本の入会林野のガバナンスに今何が必要とされているか考察するものである。近年においても入会や財産区がかかわる訴訟のうちのかなりの部分を「開発」に起因する訴訟が占めている。また、最近は財産区の適切な管理を求める市民からの請求が、住民訴訟という形で行われるようになってきている。これらは入会団体内部の構成員および外部の市民からの現状の入会財産管理に関する異議申立である。イギリスでは、コモンズの管理不全に対応すべく立法へ向けた努力が継続されてきた。その過程では、コモンズの所有者やコモナーの利害に加えてコモンズへの市民のアクセスや動植物の保護、農地や林地としての利用など様々な利害をどのように調整するかが問われてきた。これら2つの対象に関する検討から示唆されるのは、今後の入会地の管理にとって、入会地にかかわる様々な公益の内容および優先順序に関する社会的な合意を形成すること、そして具体的な場でそれら様々な公益を調整しうる有効な枠組みを作り上げていくことが喫緊の課題となっているということである。
著者
鈴木 龍也
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.31-40, 2021 (Released:2021-04-05)

入会財産たる不動産について旧入会代表者などの名義による所有権の登記がされている場合に、入会団体と登記名義人の相続人などとの間で入会権の存否などをめぐる紛争が生じ訴訟となることは珍しくない。そのような訴訟を入会団体側から提起するには入会団体構成員全員が原告とならなければならないとされるなど訴訟提起のハードルは非常に高いものであった。またそのような訴訟において登記名義人に対して誰の名義への登記の移転を求めていけばいいのかも不明確であった。ところが近年においては入会団体が権利能力なき社団にあたる場合には権利能力なき社団について形成されてきた法理を「適用」して、社団代表者や社団自身が原告となって社団の代表者名義への移転登記を求めることを認めるなど、入会権(総有権)の確認や入会団体側に登記を戻すことを請求する訴訟の提起を容易化する判例法理が形成されてきている。本報告では重要な判決の検討によりそのような判例法理の内容そしてそれが基礎としている考え方を明らかにするとともに、そのような判例法理の意義および問題点について若干の批判的な検討を試みる。
著者
峰尾 恵人
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.83-94, 2019 (Released:2019-05-24)

森林と人間や社会との関係性の希薄化が進む中、本稿では、企業と地元組織が協定を結び、連携して森林整備を行う、「企業の森づくり」活動および都道府県による支援制度に着目して、その実態解明と今後の研究および政策に向けた示唆の導出を目的とした。和歌山県、京都府及び滋賀県を調査地とする聞き取りおよび参与観察の結果を受けて、1府2県における支援制度の共通点と差異、「企業の森づくり」活動特有の意義、活動の変化・展開に必要な要因を検討し、今後の研究課題としてこれまで森林政策論の中で十分に論じられてこなかった一般企業の森林政策における役割の検討、政策の望ましい一つの方向として、参加のハードルを下げ、CO2吸収量の認定などの客観的指標も整備した上で、行政や中間組織が個別の活動の積極的展開を推進する体制づくりを挙げた。
著者
高村 学人 山下 詠子
出版者
中日本入会林野研究会
雑誌
入会林野研究 (ISSN:2186036X)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.2-15, 2021 (Released:2021-04-05)

表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化法は、字名義地や所有権登記なき記名共有地等の変則型登記の解消を目指すものであり、入会林野の土地に甚大な影響を与える。本稿前半では、このインパクト推計のため3つの集計を行った。1)昭和49年全国入会慣行調査の集計から2割程度の入会地で所有権登記がないこと、2)2000年の世界農林業センサスの慣行共有事業体調査から字名義地が多く含まれるムラ・旧市区町村名義が入会林野の所有名義として最も割合が高く、全県に存在すること、3)全国の地方法務局で既に探索が開始された表題部所有者不明土地の公示情報から山林・原野等の地目の割合が25.8%を占めることがわかった。1966年に制定された入会林野近代化法は、変則型登記の解消も目的としていたが、期待された効果を発揮できず、その整備実績は低迷が続いているため、今後、表題部所有者不明土地適正化法の実施を通じて入会地の所有名義の変則解消が進む恐れがある。そのため、本稿後半では、地方法務局で表題部所有者不明土地適正化法を実施する主任登記官が入会権に関連しうる土地の探索調査や更正登記をどのような認識のもとで行っているのか、の全国アンケート調査の案を各県庁の入会林野近代化法担当者への調査、各市町村の認可地縁団体担当者への調査の案と併せて提示した。