著者
三浦 宏文
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.1122-1126, 2011-03-25

本稿では,インド思想史上実在論学派とされているヴァイシェーシカ学派(Vaisesika)の<色(rupa)>と<有形性(murtatva)>という概念を中心に,同学派の物質概念を検討した.<色>は,実体に属する属性であり,目による認識を可能にさせる概念である.この説は,『ヴァイシェーシカ・スートラ』と『勝宗十句義論』に共通しており,後代のニヤーヤ・ヴァイシェーシカ融合学派にも受け継がれた.しかし,『ヴァイシェーシカ・スートラ』までは運動の認識を可能にさせる<色>の記述があったが,『勝宗十句義論』以降その記述は無くなってしまった.その一方で,<有形性>は『ヴァイシェーシカ・スートラ』には全く出てこなかったが,『勝宗十句義論』や『プラシャスタパーダ・バーシュヤ』で重要な運動の要因として使用されるようになってきた.では,なぜこのような運動に関する<色>の記述がなくなり,色のみの意味で使用されるようになったのだろうか.それは,風と意識の運動の問題があると考えられる.風は,色を持たないので色の運動は目で見ることが出来ない.意識は微細なため,やはり目で見ることが出来ない.したがって,風と意識の共通の運動の要因が必要とされ,それが<有形性>だったのである.以上のことから,運動に関連して<色>の概念の変化が,新しい概念である<有形性>の登場と同時に起こってきたということが結論づけられる.
著者
小林 久泰
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.1106-1112, 2014

ジャイナ教の基本文献『タットヴァ・アルタ・スートラ』における五大誓戒についての註釈には大きく二つの系統がある.すなわち,「注意を怠った人の行為によって」という「殺生」の定義に見られる限定句をそれ以外の四つの誓戒すべてに継起させる系統そして,その限定句を不淫戒を除いた三つの誓戒にのみ継起させる系統との二つである.後者の系統は,白衣派の伝統にのみ特徴的に見られ,註釈者たちは,その典拠を白衣派独自に展開した戒律文献に求めている.白衣派註釈者たちが不淫戒を特別視するのは,このような戒律文献の影響を強く受けているためであり,またその戒律文献に説かれる通り,姦淫を行う人は,不注意であるか否かに関係なく,必ず欲望と嫌悪を伴っているため,他の誓戒とは異なり,注意深かったからといって,その行為が例外的に容認されるということがないからである.
著者
石村 克
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.1188-1192, 2009-03-25

本稿の目的は,認識の<偽>に対する懸念(asanka)の消滅のために,その認識の原因の欠陥の非存在の認識をスチャリタが自律的真理論(svatah-pramanya)に導入した根拠を明らかにすることである.クマーリラは,自律的真理論の論証において,SV 2.60で認識の<偽>に対する懸念の発生を制限するものとして,その認識の原因の欠陥の無認識(dosa-ajnana)について言及しているが,欠陥の非存在の認識(dosa-abhava-jnana)については全く言及していない.欠陥の無認識とは,欠陥が認識されないことであり,欠陥がないことが認識されるということを意味する欠陥の非存在の認識とは区別される.それにもかかわらず,残りの注釈者であるウンベーカとパールタサーラティとは違い,スチャリタは,認識の<偽>に対する懸念は,その認識の原因の欠陥の非存在の認識によって取り除かれ,それ以降,発生することが規制されるということを主張している.スチャリタがその考えがクマーリラの考えと整合すると考えた根拠は,「人為的な言葉は,話し手の認識根拠が想定されるまで,対象の認識手段として機能しない」というSV 2.167におけるクマーリラの言明に求めることができる.スチャリタは,「人為的な言葉は,話し手の認識の原因に欠陥がないことが確定され,その言葉の<偽>に対する聞き手の懸念が取り除かれるまで,認識手段として機能しない」というように,懸念の概念を用いてこの言明を説明している.このことによって,クマーリラのこの言明の中に,<偽>に対する懸念を取り除く方法として原因の欠陥の非存在の認識を導入する根拠を見いだすことができるようになる.このような原因の欠陥の非存在の認識によって<偽>に対する懸念を取り除くという考えは,スチャリタ以降,チッドアーナンダを経由して,ナーラーヤナにまで継承されることになる.
著者
西岡 祖秀
出版者
Japanese Association of Indian and Buddhist Studies
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.474-468,1230, 2006-12-20 (Released:2010-03-09)

The Country of Shambhala is an ideal Buddhist kingdom described in the Kalacatantra. The 25th generation Raudracakrin king of this country is said to win the final war with Islam, and revive Buddhism. When the Kalacakratantra was introduced to Tibet after the 11th century, it was widely accepted by Tibetan Buddhists. 'Jam-dbyangs-bzhad-pa (1648-1722) and Sumpa-mkhan-po (1704-1788), who were great scholars of the dGe lugs sect in the 18th century, wrote Chronological Tables of Tibetan Buddhism. The enthronement of the king of Shambhala is stated in both chronological tables, and the revival of Buddhism by the Raudracakrin king is predicted. This paper provides a general description of the Country of Shambhala from the Dang po'i rgyas dpal dus kyi 'khor lo'i lo rgyus dang ming gi rnam grangs of Klong-rdol-bla-ma (1719-1805), who was a great scholar of the dGe lugs sect.