著者
箸本 健二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000247, 2018 (Released:2018-06-27)

問題の所在中心市街地における空洞化の進行は,今日,日本の地方都市が共通して直面する課題の一つである.地方都市の中心市街地で顕在化している事業用不動産の遊休化(未利用不動産化)と,その跡地・後施設をめぐる利活用の停滞は,こうした課題を象徴する事象といえる.2013年6月に,経済産業省産業構造審議会中心市街地活性化部会は「中心市街地の再活性化に向けて」という提言を取りまとめ,全国の地方都市の多くが中心市街地問題に直面していること, 問題の背景に人口減少と高齢化の悪循環が存在することを指摘した上で,地方都市の中心市街地が居住と経済の両面にわたる「まち」としての機能を今後も維持するためには喫緊の対応が必要であると指摘している.コンパクトシティ政策が内包する課題日本の地方都市では,高度経済成長以降,商業・サービス業や全国企業の支店に代表されるオフィス機能が中心市街地における経済活動の中核を担ってきた.しかし1990年代以降,これらの事業所は地方都市の中心市街地から着実に減少し続けている.一方で,この問題に対する国や地方自治体の政策は必ずしも奏功していない.コンパクトシティを政策理念に掲げ,中心市街地への都市機能の再集中を試みた改正まちづくり3法(2006年制定)や改正都市再生特措法に基づく立地適正化計画(2014年)も,高止まりする中心市街地の地価,郊外住民の反発,根強い大手商業資本の郊外志向,自治体間での利害相反など,ローカルな政治・経済の文脈に起因する阻害要因の前に足踏みを重ねることが多い.そもそも,現在のコンパクトシティ政策は,総じて国・地方自治体の財政難や人口減を前提とする機能の再配置論に留まっており,中心市街地にどのような社会や経済活動を構築するかというマネジメントの視点が欠落している場合が多い.このことが,とりわけ地方都市におけるコンパクトシティ政策の大きな停滞要因となっていると考えられる.地方都市の新たな中心市街地マネジメントの方向性 中心市街地における商業やオフィスの減少は,関連する事業所サービス業や飲食サービス業などの事業機会を縮小させ,事業用不動産の遊休化を加速させてきた.中心市街地で増加する未利用不動産は,地方都市の厳しい経済状況を表象していることは疑いない.その一方で,中心市街地に存在するまとまった規模の未利用不動産は,地方都市の新たなマネジメントを進める上で潜在的な資源とも評価できる.その理由の1つは,PPP/PFIあるいは不動産証券化を通じた介護施設,商業施設などの開発事例が示すように,中心市街地は,適切な投資スキームさえ選択できれば,立地特性を活かした収益事業を再生する余地が残されているからである.残る1つは,地価最高点に近い古い物件を利用することで,賑わいや新しい社会関係の構築など中心市街地が持つ潜在的資源の利用と,地代負担力の低い新規参入者の経営持続性との両立を図れるからである.本シンポジウムの構成以上の問題意識をふまえて,本シンポジウムでは,まず全国調査を通じて未利用不動産の現状分析を行い,その再事業化へ向けたスキームを,大きく①市場原理を導入した再生手法や政策対応(不動産証券化,PPPなど),②ボトムアップ型の再生手法(リノベーションなど)に大別する.その上で,おのおののスキームに関して具体的事例の紹介と評価を行い,各々の可能性と課題を議論したい.付記.本研究は,科研費基盤B(課題番号16H03526,代表者:箸本健二)の助成を受けたものである.
著者
小野 映介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000018, 2018 (Released:2018-06-27)

Ⅰ.はじめに近年,自然災害への社会的関心の高まりを背景として,地形に注目した新聞・テレビ報道が多くなされるようになった.とりわけ,沖積平野を構成する氾濫原の微地形は,河川氾濫や地震時の液状化と関連することから,取り上げられる機会が多い.しかし,氾濫原の微地形を対象とした研究は盛んに行われているとは言い難く,地形分類については問題点が残されている.本発表では,問題点を提示するとともに,その解決のための素案として「階層的地形分類」を紹介する.Ⅱ.平成27年9月関東・東北豪雨と平成28年熊本地震に関する研究や報道における微地形の扱い2つの災害を検証する際に,インターネットで閲覧可能な「国土地理院土地条件図」や「国土地理院治水地形分類図」が研究者や報道機関によって用いられた.平成27年9月関東・東北豪雨では,鬼怒川左岸(茨城県常総市三坂町地先)における堤防の決壊が注目された.破堤地点の周辺に発達する微高地は,数値地図25000(土地条件)では自然堤防,治水地形分類図-更新版(2007~2014年)では微高地(自然堤防)および砂州・砂丘に分類されている.しかし,鬼怒川左岸に見られる微高地は,河畔砂丘とクレバススプレーが主体となって形成されたものである.氾濫原の微高地=自然堤防という分類は,他地域でも見られる.こうした分類は,地形学的見地からすると違和感があるが,全国統一基準の項目で分類を行う際には仕方のないことかもしれない.ただし,微地形は当地の地形発達の「癖」を示す場合が多い.例えば,クレバススプレーの発達する鬼怒川左岸では,破堤のポテンシャルが高いことが示唆される.そうした,地形の成因と発達史に関する知見を地図に組み込むことができれば,治水対策に生かされるかもしれない.また,平成28年熊本地震では,白川と緑川の間における液状化が問題となった.液状化の集中域は,数値地図25000(土地条件)の自然堤防,治水地形分類図-更新版(2007~2014年)の微高地(自然堤防)と一致することから,「自然堤防で液状化が発生した」という報道があった.しかし,白川と緑川の間に発達する帯状の微高地は,地形学的には蛇行帯と解されるべきであり,液状化は蛇行帯を構成する1つの要素である旧河道で発生したとみられる.両図を用いる際には,それらが「主題図であること」,「デジタル化を経て分類項目の簡素化が進んでいること」を踏まえる必要がある.Ⅲ. 階層的地形分類地形を分類するという作業は地形研究の根幹であり,古くから研究が進められてきた(小野2016).空間・時間・成因を考慮した統合的な地形分類を行おうとした中野(1952)はLand form Typeの概念のもとで「単位地形から出発して,地形区,さらに地形表面をカバーしようとする」分類方法を示した.ここで注目されるのは,地形に階層性(Area>Group>Series>Type)を持たせた点である.その後,沖積平野を対象とした地形分類は大矢(1971)や高木(1979)などの議論を経て,高橋(1982)による系統樹の概念に至った.系統樹によって地形面>地形帯>微地形を捉える階層区分は,地形発達過程を考慮したものとしては,現時点で最も矛盾の少ない分類手法の1つである.例えば,氾濫原と後背湿地という2つの地形用語は,しばしば混同されるが,地形を階層的に捉えた場合,氾濫原は扇状地やデルタなどと並んで,後背湿地の上位に位置づけられる.したがって,氾濫原と後背湿地が並立する分類図を認めない.また,ポイントバーやクレバススプレーを事例にすると,前者はリッジやスウェイルなど,後者は落堀(押堀)やローブの集合体として捉えられる.
著者
松岡 由佳
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000121, 2018 (Released:2018-06-27)

精神疾患は,2013年度から日本の医療計画における五疾病の一つに位置付けられた.メンタルヘルスの問題がますます身近なものとなっている今日にあっては,医学的・心理学的な病理や心的メカニズムとともに,日常の様々な空間とメンタルヘルスとのかかわりを解明する必要がある.英語圏の地理学者は,1970年前後から,既にこうした問題意識のもとで実証研究に取り組み始めた.本発表の目的は,メンタルヘルスを扱う英語圏の研究動向を整理し,その主題や方法論を検討することを通じて,メンタルヘルスへの地理学的な視点の有効性と課題を提示することである. 戦後,ノーマライゼーション理念の進展と福祉国家の危機は,思想と財政の双方の側面から,精神病院の解体と地域におけるケアの推進を要請した.この大きな政策的転換は脱施設化と呼ばれ,1960年代頃から欧米各国で進展した.地域の小規模な施設やサービスの整備が求められる中で,その立地やアクセシビリティが研究課題となった.サンノゼやトロント,ノッティンガムなど北米やイギリスの都市を事例に,センサスや土地利用に関するデータから,サービス利用者の社会・経済的属性や施設の立地とその背景要因が分析された(例えば,Dear and Wolch 1987).施設立地をめぐる紛争や近隣住民の態度を取り上げた研究も同様に,変数間の関連性を分析する計量的手法に依拠していた. 医学地理学や公共サービスの地理の一潮流として興隆したメンタルヘルス研究は,1990年前後に主題や方法論の転機を迎える.地理学における文化論的転回や,健康地理学や障害の地理の台頭が背景となり,社会・文化地理や歴史地理などの幅広い視点から,政策の再編とロカリティ(Joseph and Kearns 1996),「狂気」の歴史(Philo 2004),精神障がい者のアイデンティティ(Parr 2008)といったテーマが取り上げられた.史料や文学作品の分析,インタビュー調査や参与観察などの質的手法が導入されるとともに,研究対象となる時代や地域,空間スケールが多様化した.近年は,以上のような精神障がいに着目する研究に加えて,精神的な健康を,貧困や剥奪などの社会環境や,自然や災害・リスクから検討する研究も登場した(Curtis 2010). 政策の転換に伴う現象を空間的に捉えた一連の研究は,1990年前後を境に主題や手法を多様化させ,個々の研究分野へと細分化する傾向にある.こうした点はメンタルヘルス研究の課題であるとともに,分野間に関連性を持たせ,より大きな枠組みから地理的現象を解明する上で,メンタルヘルスが有効な視点になりうることをも示唆している.文献Curtis, S. 2010. Space, place and mental health. Routledge.Dear, M. J. and Wolch, J. 1987. Landscape of despair: From deinstitutionalization to homelessness. Polity Press.Joseph, A. E. and Kearns, R. A. 1996. Deinstitutionalization meets restructuring: The closure of a psychiatric hospital in New Zealand. Health & Place 2(3): 179-189.Parr, H. 2008. Mental health and social space: Towards inclusionary geographies? Blackwell.Philo, C. 2004. A geographical history of institutional provision for the insane from medieval times to the 1860s in England and Wales: The space reserved for insanity. Edwin Mellen Press.本研究の一部には,平成28・29年度日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費:課題番号16J07550)を使用した.
著者
若林 芳樹 久木元 美琴 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000165, 2018 (Released:2018-06-27)

2012年8月に成立した子ども・子育て関連3法に基づいて,子ども・子育て支援新制度(以下,「新制度」と略す)が2015年4月から本格施行された.これにより,市区町村が保育サービスを利用者へ現物給付するという従来の枠組みから,介護保険をモデルにした利用者と事業者の直接契約を基本とし,市区町村は保育の必要度に基づいて保育所利用の認定や保護者向けの給付金を支払う仕組みへと転換した.また,待機児童の受け皿を増やすために,保育所と幼稚園の機能を兼ねた認定こども園の増加や,小規模保育所や事業所内保育所などの「地域型保育」への公的助成の拡大が促進され,保育サービスのメニューも広がった(前田, 2017).しかしながら,こうした制度変更の影響について地理学的に検討を加えた例はまだみられない.そこで本研究は,新制度導入から3年目を迎えた現時点での保育サービス供給の変化と影響について,若林ほか(2012)がとりあげた沖縄県那覇市を中心に検討した. 新制度では,認可保育所などの大規模施設で実施される「施設型保育」に加えて,より小規模な「地域型保育」も公的補助の対象になった.このうち「施設型保育」については,認可保育所以外に認定こども園の拡充が図られている.2006年から幼児教育と保育を一体的に提供する施設として制度化された認定こども園は,制度や開設手続きの複雑さなどが原因となって普及があまり進んでいなかったが,新制度では幼保連携型認定こども園への移行を進める制度改正が行われた.その結果,2019年4月における保育の受け入れ枠の14%を認定こども園が占めるようになった. 一方,「地域型保育」には,小規模保育(定員6~19人)・家庭的保育(定員5人以下)・事業所内保育・居宅訪問型保育があり,主に0~2歳の低年齢児を対象としている.これらは,住宅やビルの一部を使って実施されるため,従来の認可保育所に比べて設備投資が小さくて済み,小規模でも公的補助が受けられる.そのため,用地の確保が困難なため認可保育所で低年齢児の定員枠の拡充が難しい大都市では,待機児童の受け皿となることが期待されている.この他にも保育士の配置などで認可基準が緩和され,公的補助のハードルが全体的に低くなっている.その中でも小規模保育は,新制度への移行後の保育枠の増加に大きく寄与している. 新制度に対応した那覇市の事業計画では,需要予測に基づいて2017年度末までに約2500人の保育枠を増やすことになっている.そのために,認可外保育所に施設整備や運営費を支援して認可保育所に移行させ,認定こども園や小規模保育施設を新設するとともに,並行して公立保育所の民営化を進めることになっている.工事の遅れや保育士不足などによって,必ずしも計画通りには進んでいないものの,地方都市では例外的に多かった同市の待機児童数は,2018年4月から1年間の減少幅では全国の自治体で最も大きかった.これは,保育所定員を2443人増やした効果とみられるが,依然として200人(2017年4月)の待機児童を抱えている. 新制度実施前の那覇市では,認可外保育所が待機児童の大きな受け皿となっていた(若林ほか, 2012).保育の受け入れ枠を拡大するには,それらの施設の活用が考えられるため,認可外保育所の代表者6名にグループインタビューを行ったところ,認可外保育所の対応は3つに分かれることがわかった.比較的大きな施設は,施設を拡充したり保育士を増やすなどして認可保育所への移行を図っているが,規模拡大が困難な施設は小規模保育として認可を受けるところもある.しかし,認可施設に移行すると既存の利用者の多様なニーズに柔軟に応えられなくなる恐れがあり,保育士の増員も困難なため,認可外にとどまる施設も少なくない. また,事業所内保育施設については,市が施設整備費補助制度を設けていることもあって増えている.そこで新規に認可を受けた事業所内保育所2施設に対して聞き取りを行った.A保育所は,都心からやや離れた場所にある地元資本のスーパー内の倉庫を改装して使用し,運営は県外の民間業者に委託している.利用者は事業所従業員と一般利用が半数ずつを占める.B保育所は,風営法により認可保育所が立地できない場所にある都心部のオフィスビルに1フロアを改装して新設されている.定員のうち従業者の利用は少なく,大部分は地域枠として募集しているが,入所待ちの児童もあるという.これらの小規模保育施設に共通することとして,2歳児までしか受け入れ枠がないため,3歳児から移行できる連携施設を近隣に確保するのが課題となっている.
著者
太田 慧 池田 真利子 飯塚 遼
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000220, 2018 (Released:2018-06-27)

1.研究背景と目的 ナイトライフ観光は,ポスト工業都市における都市経済の発展や都市アメニティの充足と密接に関わり,都市変容を生み出す原動力としても機能し得るという側面から2000年代以降注目を浴びてきた(Hollands and Chatterton 2003).この世界的潮流は,創造産業や都市の創造性に係る都市間競争を背景に2010年代以降加速しつつあり,東京では,東京五輪開催(2020)やIR推進法の整備(2016),およびMICE観光振興を視野に,区の観光振興政策と協働する形で,ナイトライフ観光のもつ経済的潜在力に注目が向けられ始めている(池田 2017).このようなナイトライフ観光の経済的潜在能力は,近年ナイトタイムエコノミーと総称され,新たな夜間の観光市場として国内外で注目を集めている(木曽2017).本研究では,日本において最も観光市場が活発である東京を事例として,ナイトタイムエコノミー利用の事例(音楽・クルーズ・クラフトビール)を整理するとともに,東京湾に展開されるナイトクルーズの一つである東京湾納涼船の利用実態をもとにナイトライフ観光の若者の利用特性について検討することを目的とする.2.東京湾納涼船にみる若者のナイトライフ観光の利用特性東京湾納涼船は,東京と伊豆諸島方面を結ぶ大型貨客船の竹芝埠頭への停泊時間を利用して東京湾を周遊する約2時間のナイトクルーズを展開している,いわばナイトタイムの「遊休利用」である.アンケート調査は2017年8月に実施し,無作為に抽出した回答者から117件の回答を得た.回答者の87.2%に該当する102人が18~35歳未満の若者となっており,東京湾納涼船が若者の支持を集めていることが示された.職業については,大学生が50.4%,大学院生が4.3%,専門学校生が0.9%,会社員が39.3%,無職が1.7%,無回答が2.6%となっており,大学生と大学院生で回答者の半数以上が占められていた.図1は東京湾納涼船の乗船客の居住地を職業別に示したものである。これによれば,会社員と比較して学生(大学生,大学院生,専門学校生も含む)の居住地は多摩地域を含むと東京西部から神奈川県の北部まで広がっている.また,18~34歳までの若者の83.9%(73件)がゆかたを着用して乗船すると乗船料が割引になる「ゆかた割引」を利用しており,これには18~34歳までの女性の回答者のうちの89.7%(52件)が該当した.つまり,若者の乗船客の多くはゆかたを着て「変身」することによる非日常の体験を重視しており,東京湾納涼船における「ゆかた割」はこうした若者の需要をとらえたものといえる.以上のように,東京湾納涼船は大学生を中心とした若者にとってナイトライフ観光の一つとして定着している.