著者
小泉 諒 西山 弘泰 久保 倫子 久木元 美琴 川口 太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.6, pp.592-609, 2011-11-01 (Released:2016-09-29)
参考文献数
30
被引用文献数
4 8

本研究では,1990年代後半以降における東京都心部での人口増加の受け皿と考えられる超高層マンションを対象にアンケート調査を行い,その居住者特性を明らかにするとともに,今日における住宅取得の新たな展開を考察した.その結果,居住者像として,これまで都心居住者層とされてきた小規模世帯だけでなく,子育て期のファミリー世帯や,郊外の持ち家を売却して転居した中高年層といった多様な世帯がみられた.それぞれの居住地選択には,ライフステージごとに特有の要因が存在するものの,その背景には共通した行動原理として社会的リスクの最小化が意識されていることが推察された.社会構造が大きく変化し雇用や収入の不安定性が増大している中で,持ち家の取得は,機会の平等が前提された「住宅双六」の形態から,個々の世帯や個人の資源と合理的選択に応じた「梯子」を登る形態へと変化したと考えられる.
著者
箸本 健二 武者 忠彦 菊池 慶之 久木元 美琴 駒木 伸比古 佐藤 正志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.33-47, 2021 (Released:2021-03-02)
参考文献数
21
被引用文献数
1

本稿は,立地適正化計画の実施主体となる332市町村へのアンケート調査を通じて,立地適正化計画の導入意図,施策の概要,実施上の課題を分析・検討した.その結果,多くの地方自治体が,政策の理念や必要性には理解を示している一方で,主に経済的理由から都市機能の誘導は限定的な施策にとどまる.また,ローカルな政治的文脈への配慮から,都市機能の集約化や強制力を伴う居住誘導の導入にも慎重な姿勢を崩していない.立地適正化計画をコンパクトシティ実現の切り札と位置づける国と,さまざまな制約条件の下で実施可能な事業を優先せざるを得ない地方自治体との温度差は,現時点では大きいといわざるを得ない.
著者
久木元 美琴
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.176-191, 2010-03-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
23
被引用文献数
8 5

本稿では,延長保育サービスへのニーズが高い販売・サービス職業の卓越する地域として地方温泉観光地を取り上げ,サービスの導入・定着のプロセスとその地域的背景を明らかにした.北陸地方の代表的な温泉観光地である石川県七尾市では,市内認可保育所において高い比率で夜間の延長保育サービスが実施されている.この背景には,安定的な女性労働力確保を目的とした旅館組合による保育所設置と市による支援,さらにはニーズを見越した他保育所のサービス導入があった.本事例は,延長保育サービスに対する国家政策の介入がない段階において,認可外保育所が存立しない自治体で,地域固有のニーズに対応するために,企業,地域保育所,地方自治体が積極的に関与した事例として理解することができる.
著者
久木元 美琴 小泉 諒
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.328-343, 2013-09-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

本研究は,東京都心湾岸再開発地の事例として江東区豊洲地区を取り上げ,ホワイトカラー共働き子育て世帯の保育選択の実態を,保育所利用者へのアンケート調査と聞き取り調査から明らかにしたものである.本調査対象の子育て世帯は,夫婦共に正規職ホワイトカラーが多く,職住近接を実現している一方で,就業時間や送迎行動については世帯内の性別役割分業が維持されている.また,通勤利便性や保育所入所可能性を含む保育環境を期待して入居した世帯があるものの,認可保育所の不足から回答世帯の過半数が待機期間を経験している.都心周辺部の豊富な民間保育サービスの供給を背景として待機期間における民間保育の利用率が高く,民間保育サービスの利用と早期復職によって認可保育所の入所可能性を高めようとする等の実態が明らかとなった.
著者
若林 芳樹 久木元 美琴 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

2012年8月に成立した子ども・子育て関連3法に基づいて,子ども・子育て支援新制度(以下,「新制度」と略す)が2015年4月から本格施行された.これにより,市区町村が保育サービスを利用者へ現物給付するという従来の枠組みから,介護保険をモデルにした利用者と事業者の直接契約を基本とし,市区町村は保育の必要度に基づいて保育所利用の認定や保護者向けの給付金を支払う仕組みへと転換した.また,待機児童の受け皿を増やすために,保育所と幼稚園の機能を兼ねた認定こども園の増加や,小規模保育所や事業所内保育所などの「地域型保育」への公的助成の拡大が促進され,保育サービスのメニューも広がった(前田, 2017).しかしながら,こうした制度変更の影響について地理学的に検討を加えた例はまだみられない.そこで本研究は,新制度導入から3年目を迎えた現時点での保育サービス供給の変化と影響について,若林ほか(2012)がとりあげた沖縄県那覇市を中心に検討した.<br><br> 新制度では,認可保育所などの大規模施設で実施される「施設型保育」に加えて,より小規模な「地域型保育」も公的補助の対象になった.このうち「施設型保育」については,認可保育所以外に認定こども園の拡充が図られている.2006年から幼児教育と保育を一体的に提供する施設として制度化された認定こども園は,制度や開設手続きの複雑さなどが原因となって普及があまり進んでいなかったが,新制度では幼保連携型認定こども園への移行を進める制度改正が行われた.その結果,2019年4月における保育の受け入れ枠の14%を認定こども園が占めるようになった.<br><br> 一方,「地域型保育」には,小規模保育(定員6~19人)・家庭的保育(定員5人以下)・事業所内保育・居宅訪問型保育があり,主に0~2歳の低年齢児を対象としている.これらは,住宅やビルの一部を使って実施されるため,従来の認可保育所に比べて設備投資が小さくて済み,小規模でも公的補助が受けられる.そのため,用地の確保が困難なため認可保育所で低年齢児の定員枠の拡充が難しい大都市では,待機児童の受け皿となることが期待されている.この他にも保育士の配置などで認可基準が緩和され,公的補助のハードルが全体的に低くなっている.その中でも小規模保育は,新制度への移行後の保育枠の増加に大きく寄与している.<br><br> 新制度に対応した那覇市の事業計画では,需要予測に基づいて2017年度末までに約2500人の保育枠を増やすことになっている.そのために,認可外保育所に施設整備や運営費を支援して認可保育所に移行させ,認定こども園や小規模保育施設を新設するとともに,並行して公立保育所の民営化を進めることになっている.工事の遅れや保育士不足などによって,必ずしも計画通りには進んでいないものの,地方都市では例外的に多かった同市の待機児童数は,2018年4月から1年間の減少幅では全国の自治体で最も大きかった.これは,保育所定員を2443人増やした効果とみられるが,依然として200人(2017年4月)の待機児童を抱えている.<br><br> 新制度実施前の那覇市では,認可外保育所が待機児童の大きな受け皿となっていた(若林ほか, 2012).保育の受け入れ枠を拡大するには,それらの施設の活用が考えられるため,認可外保育所の代表者6名にグループインタビューを行ったところ,認可外保育所の対応は3つに分かれることがわかった.比較的大きな施設は,施設を拡充したり保育士を増やすなどして認可保育所への移行を図っているが,規模拡大が困難な施設は小規模保育として認可を受けるところもある.しかし,認可施設に移行すると既存の利用者の多様なニーズに柔軟に応えられなくなる恐れがあり,保育士の増員も困難なため,認可外にとどまる施設も少なくない.<br><br> また,事業所内保育施設については,市が施設整備費補助制度を設けていることもあって増えている.そこで新規に認可を受けた事業所内保育所2施設に対して聞き取りを行った.A保育所は,都心からやや離れた場所にある地元資本のスーパー内の倉庫を改装して使用し,運営は県外の民間業者に委託している.利用者は事業所従業員と一般利用が半数ずつを占める.B保育所は,風営法により認可保育所が立地できない場所にある都心部のオフィスビルに1フロアを改装して新設されている.定員のうち従業者の利用は少なく,大部分は地域枠として募集しているが,入所待ちの児童もあるという.これらの小規模保育施設に共通することとして,2歳児までしか受け入れ枠がないため,3歳児から移行できる連携施設を近隣に確保するのが課題となっている.
著者
山本 健太 久木元 美琴
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2012, 2012

大都市における文化創造機能については,これまで主として生産者の視点から議論されてきた.他方で,文化を消費する人々の行動については,十分な知見が得られていない.特に,従来の研究蓄積において,消費者の行動とその空間性について言及したものはみられない.本研究では,大都市における文化産業として演劇をとりあげ,観劇者の属性と消費行動の特性の一端を,アンケート調査の結果から考察する. <br> 具体的には,小劇場劇団Hの劇場Aにおける公演(10月26日~31日,10公演)の観劇者を対象として,アンケート調査を実施した.当該公演の客入数は合計617,回答数は98であった.アンケートでは,これまで明らかにされてこなかった観劇者の居住地や職場の位置,観劇前後の行動などの質問を設定した.<br> 劇団Hは,2001年に旗揚げし,現在は劇団代表で脚本・演出も手掛ける俳優Nの下で9人が活動している.劇場Aは1984年に設立され,舞台配置にもよるが,60席程度を設置できる規模である.小劇場の中でも知名度の高い劇場で,中堅劇団の公演地として選択されることが多い.最寄駅は京王井の頭線駒場東大前駅である.<br><b> 観劇者の属性:</b>性別年齢別回答数では,女性の20代後半から30代前半がボリュームゾーンになっている.職種では,事務職(24)が最多で,その他専門技術職(13)が次ぐ.最終学歴では大学卒(非芸術系)が卓越するが,芸術系出身者も少なくない.居住地の最寄駅をみると,劇場の立地を反映して,JR中央線沿線や東急田園都市線,京王線,小田急線など,新宿や渋谷を起点とする路線沿線に居住するものが多い.一方,広島県(2人)や富山県(2人)など,遠距離地域からの集客があることも注目される.<br><b> 観劇に至る経緯:</b>公演を知るきっかけは,「チラシ」が98人中37であり,重要な情報収集ツールになっている.また,劇団関係者(21)や友人(17)からの情報も多い.さらに,本公演では,劇場Aを通じて観劇に至ったことに言及したものが8人(9%)いた.このことは,劇場による宣伝が公演を実施する際に無視できないことを示している.観劇に来た理由では,「演出家[m3]&nbsp;Nの演出/脚本が好きだから」(50)が最も多く,「好きな俳優が出演する」(24)との回答も少なくない.誘われて観劇に来たものは13あり,ここでも,友人ネットワークを通じた「口コミ」による観劇者動員の重要性が指摘できる.<br><b> 劇場の立地と観劇者の行動:</b>観劇を決定する際に,劇場の立地をどれくらい重視するか尋ねた結果,劇場の駅からの距離や劇場周囲の雰囲気はあまり重視されないことが示された.他方で,職場や自宅からのアクセスは,「気にする」「とても気にする」の合計(46)が,「あまり気にしない」「全く気にしない」の合計(38)を上回った.これは,仕事帰りに観劇に立ち寄る場合や,終業後に一度帰宅してから観劇に至る場合が少なくないことによる.このことから,終業後に公演時間に間に合う劇場立地であることが,観劇を決定する上で重要な要素となっているといえよう.<br><b> 劇場周辺における観劇者の消費行動:</b>観劇前後の訪問場所をみると,57人中15人が,単館系映画館や小劇場,美術館などを挙げ,近在する文化施設を「ハシゴ」している様子が認められた.劇場Aは,渋谷と下北沢の中間地点に位置し,いずれの街からもアクセスしやすい.渋谷や下北沢といった盛り場や,そこに立地する文化施設に近いことが,本事例における回答者の「ハシゴ」行動を支えていると推察される. 消費者のこうした行動は,都市における演劇文化の消費行動の実態や,ひいては「都市の魅力」「地域の魅力」の要因を検討するうえで,無視できない知見であろう.このような消費行動が他地区での公演においても認められるのか,事例の蓄積が必要である. <br>
著者
小泉 諒 西山 弘泰 久保 倫子 久木元 美琴 川口 太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 = Geographical review of Japan (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.6, pp.592-609, 2011-11-01
参考文献数
30
被引用文献数
8

本研究では,1990年代後半以降における東京都心部での人口増加の受け皿と考えられる超高層マンションを対象にアンケート調査を行い,その居住者特性を明らかにするとともに,今日における住宅取得の新たな展開を考察した.その結果,居住者像として,これまで都心居住者層とされてきた小規模世帯だけでなく,子育て期のファミリー世帯や,郊外の持ち家を売却して転居した中高年層といった多様な世帯がみられた.それぞれの居住地選択には,ライフステージごとに特有の要因が存在するものの,その背景には共通した行動原理として社会的リスクの最小化が意識されていることが推察された.社会構造が大きく変化し雇用や収入の不安定性が増大している中で,持ち家の取得は,機会の平等が前提された「住宅双六」の形態から,個々の世帯や個人の資源と合理的選択に応じた「梯子」を登る形態へと変化したと考えられる.
著者
武者 忠彦 箸本 健二 菊池 慶之 久木元 美琴 駒木 伸比古 佐藤 正志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000278, 2018 (Released:2018-06-27)

中心市街地再生論の転換低未利用不動産の増加を実態とする地方都市中心市街地の空洞化に対しては,商業振興や都市基盤整備の名目で,これまでも夥しい額の公共投資がなされてきたが,その成果はきわめて限定的であった.こうした現状に対して,近年は中心市街地再生をめぐる政策を批判的に検討し,空洞化を是認する論調も強まっているが,政府は2014年に策定した「国土のグランドデザイン2050」において「コンパクト+ネットワーク」モデルを提示しているように,人口減少や財政難,低炭素化を背景としたコンパクトシティの文脈から,中心市街地再生の立場を継続している.もっとも,政府が掲げるコンパクトシティ政策は,土地利用と施設立地の効率化を追求した中心市街地への機能と人口の〈再配置論〉であり,どうすればそのような配置が可能になるのか,そのような配置にして生業や生活が成り立つのか,そこで望ましい社会や経済が形成されるのか,といった議論は各地方都市の「マネジメント」に丸投げされているといってよい.都市マネジメントの可能性:事例報告からの示唆では,地方都市にはどのようなマネジメントの可能性があるのか.これまでの中央主導による補助事業に依存した開発志向型の再生手法が,ほとんど成果を生み出せず,もはや依存すべき財源もないという二重の意味で使えない以上,基礎自治体や民間組織のようなローカルな主体が中心市街地という場所の特性を見極め,未利用不動産を利活用して戦略的に場所の価値を高めることが不可欠となる.その際には,高齢化,人口流出,共働き世帯の増加,公共交通網の縮小など,地方都市固有の文脈をふまえることも必要である.本シンポジウムで報告する未利用不動産の活用事例からは,以下の2つの可能性が示唆される.第1に,PPP/PFIや不動産証券化などの市場原理を導入して介護施設や商業施設を開発した事例のように,「低未利用状態でも中心市街地であれば新たな投資スキームを導入することで価値が見出される」という可能性である(菊池報告,佐藤報告).第2に,都市的環境にありながら相対的に地代の安い未利用不動産では,リノベーションによって新規参入者の経営が成立し,賑わいが生まれ,そこに新しい社会関係が構築されるというように,「中心市街地で低未利用状態だからこそ価値が生まれる」という可能性である(久木元報告,武者報告).とはいえ,これによってすべての地方都市が再生にむけて動き出すわけではない.各都市の立地や人口のポテンシャルを考慮すれば,どこかに〈閾値〉はあるはずであり,選択可能な戦略も異なってくる(箸本報告,駒木報告).未利用不動産の利活用と新しい幸福論本シンポジウムで議論する未利用不動産を切り口とした中心市街地再生論は,同じ再生を目的としながらも,かつてのような国の補助事業に従って計画されたエリア包括的な再生論とは異なる.未利用不動産を利活用を通じて,それぞれの主体が中心市街地という場所の特性をあらためて構想し,商業やオフィスの機能に限らず,居住,福祉,子育てなどの機能を取り込みながら,周辺エリアの価値を高めていく.それは単なる商業振興でもなく,都市基盤整備でもない,個別物件の再生から戦略的に考える都市マネジメントの視点である.こうして再構築される中心市街地での生活風景が,かつての百貨店や商店街が提供した「ハレの場」や郊外における「庭付き一戸建て」に代わる幸福論となり得るのか,コンパクトシティの成否はこの点にかかっているように思われる.
著者
久木元 美琴
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.73, no.3, pp.291-299, 2021 (Released:2021-10-31)
参考文献数
63
著者
若林 芳樹 久木元 美琴 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000165, 2018 (Released:2018-06-27)

2012年8月に成立した子ども・子育て関連3法に基づいて,子ども・子育て支援新制度(以下,「新制度」と略す)が2015年4月から本格施行された.これにより,市区町村が保育サービスを利用者へ現物給付するという従来の枠組みから,介護保険をモデルにした利用者と事業者の直接契約を基本とし,市区町村は保育の必要度に基づいて保育所利用の認定や保護者向けの給付金を支払う仕組みへと転換した.また,待機児童の受け皿を増やすために,保育所と幼稚園の機能を兼ねた認定こども園の増加や,小規模保育所や事業所内保育所などの「地域型保育」への公的助成の拡大が促進され,保育サービスのメニューも広がった(前田, 2017).しかしながら,こうした制度変更の影響について地理学的に検討を加えた例はまだみられない.そこで本研究は,新制度導入から3年目を迎えた現時点での保育サービス供給の変化と影響について,若林ほか(2012)がとりあげた沖縄県那覇市を中心に検討した. 新制度では,認可保育所などの大規模施設で実施される「施設型保育」に加えて,より小規模な「地域型保育」も公的補助の対象になった.このうち「施設型保育」については,認可保育所以外に認定こども園の拡充が図られている.2006年から幼児教育と保育を一体的に提供する施設として制度化された認定こども園は,制度や開設手続きの複雑さなどが原因となって普及があまり進んでいなかったが,新制度では幼保連携型認定こども園への移行を進める制度改正が行われた.その結果,2019年4月における保育の受け入れ枠の14%を認定こども園が占めるようになった. 一方,「地域型保育」には,小規模保育(定員6~19人)・家庭的保育(定員5人以下)・事業所内保育・居宅訪問型保育があり,主に0~2歳の低年齢児を対象としている.これらは,住宅やビルの一部を使って実施されるため,従来の認可保育所に比べて設備投資が小さくて済み,小規模でも公的補助が受けられる.そのため,用地の確保が困難なため認可保育所で低年齢児の定員枠の拡充が難しい大都市では,待機児童の受け皿となることが期待されている.この他にも保育士の配置などで認可基準が緩和され,公的補助のハードルが全体的に低くなっている.その中でも小規模保育は,新制度への移行後の保育枠の増加に大きく寄与している. 新制度に対応した那覇市の事業計画では,需要予測に基づいて2017年度末までに約2500人の保育枠を増やすことになっている.そのために,認可外保育所に施設整備や運営費を支援して認可保育所に移行させ,認定こども園や小規模保育施設を新設するとともに,並行して公立保育所の民営化を進めることになっている.工事の遅れや保育士不足などによって,必ずしも計画通りには進んでいないものの,地方都市では例外的に多かった同市の待機児童数は,2018年4月から1年間の減少幅では全国の自治体で最も大きかった.これは,保育所定員を2443人増やした効果とみられるが,依然として200人(2017年4月)の待機児童を抱えている. 新制度実施前の那覇市では,認可外保育所が待機児童の大きな受け皿となっていた(若林ほか, 2012).保育の受け入れ枠を拡大するには,それらの施設の活用が考えられるため,認可外保育所の代表者6名にグループインタビューを行ったところ,認可外保育所の対応は3つに分かれることがわかった.比較的大きな施設は,施設を拡充したり保育士を増やすなどして認可保育所への移行を図っているが,規模拡大が困難な施設は小規模保育として認可を受けるところもある.しかし,認可施設に移行すると既存の利用者の多様なニーズに柔軟に応えられなくなる恐れがあり,保育士の増員も困難なため,認可外にとどまる施設も少なくない. また,事業所内保育施設については,市が施設整備費補助制度を設けていることもあって増えている.そこで新規に認可を受けた事業所内保育所2施設に対して聞き取りを行った.A保育所は,都心からやや離れた場所にある地元資本のスーパー内の倉庫を改装して使用し,運営は県外の民間業者に委託している.利用者は事業所従業員と一般利用が半数ずつを占める.B保育所は,風営法により認可保育所が立地できない場所にある都心部のオフィスビルに1フロアを改装して新設されている.定員のうち従業者の利用は少なく,大部分は地域枠として募集しているが,入所待ちの児童もあるという.これらの小規模保育施設に共通することとして,2歳児までしか受け入れ枠がないため,3歳児から移行できる連携施設を近隣に確保するのが課題となっている.
著者
久木元 美琴 西山 弘泰 小泉 諒 久保 倫子 川口 太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.23, 2011

近年,大都市都心部での多様な世帯を対象としたマンション開発にともない,子育て世帯の都心居住や都心部での保育所待機児童問題が注目を集めている.都心居住は職住近接を可能にするため,女性の就業継続における時空間的制約を軽減する一方で,都心部では急増した保育ニーズへの対応が追い付いていない.そこで,本研究は,都心湾岸部に居住する子育て世帯の就業・保育の実態とそれを可能にする地域的条件を明らかにする.発表者はこれまで,豊洲地区における民間保育サービスの参入実態を明らかにしてきた.本発表では,共働き子育て世帯の属性や就業状況,保育サービス利用の実態を検討する.<BR>調査方法としては,豊洲地区の保育所に子どもを預ける保護者を対象に,2010年11月にアンケート調査を実施した.豊洲地区に立地する13保育所のうち,協力を得た7保育所(認可5施設,認証2施設)において,施設を通じて配布し郵送にて回収した.総配布数659,総回答数207(31.4%),有効回答数203(30.8%)であった.このうち,豊洲1~5丁目在住の170世帯を抽出し分析対象とした.<BR> 結果は以下のとおりである.全体の9割が2005年以降に現住居に入居した集合住宅(持家)の核家族世帯で,親族世帯は4世帯と少ない.世帯年収1000万円以上,夫の勤務先の従業員規模500人以上が7割程度と,世帯階層は総じて高い.また,夫婦ともに企業等の常勤や公務員といった比較的安定した雇用形態で(70.0%),ホワイトカラー職に就く世帯が全体の過半数を占める.さらに,夫婦の勤務先は都心3区が最も多く,それ以外の世帯の多くも山手線沿線の30分圏内と,職住近接を実現している.<BR> ただし,帰宅時間には夫婦で差がある.普段の妻の帰宅時間は19時以前が147回答中141で,残業時でも20時以前に帰宅する者が多い.他方,夫は残業時に20時以前に帰宅する者は少数で,23時以降が最も多い.残業頻度が週3日以上の妻は約2割である一方で,夫は半数近くが週3日以上の残業をしている.<BR>また,回答者の約6割が待機期間を経て現在の保育所に入所している.待機中の保育を両親等の親族サポートに頼った者は4世帯に過ぎず,妻の育児休業延長や,地域内外の認可外保育所や認証保育所などの民間サービスによって対応していた.予備的に行った聞き取り調査では「確実に認可保育所に入れるために,民間の保育所に入園した実績を作っておく」という共働き妻の「戦略」も聞かれた.さらに,妻の9割近くが育児休業を,約8割が短時間勤務を利用している.妻の過半数は従業員500人以上の企業に勤務しており,育児休業取得可能期間が長く短時間勤務の利用頻度も高い傾向にあるなど,充実した子育て支援制度の恩恵を享受している.<BR>以上のように,本調査対象の子育て世帯は,夫婦共に大企業に勤務するホワイトカラー正規職が多く,職住近接を実現している.特に,充実した子育て支援制度や,民間保育所を利用し認可保育所に確実に入所させるといった戦略によって,就業継続を可能にしている.ただし,妻の働き方は必ずしもキャリア志向ではないことが特徴的である.<BR>また,回答者の過半数が現在の保育所に入所する前に待機期間を経験し,待機期間には妻の育児休業の延期や民間サービスの利用で対応している.この背景には,当該地区における豊富なニーズを見越した民間サービスの参入があると同時に,これらの子育て世帯が認可保育所に比較して一般に高額な民間保育所の保育料を支払うことのできる高階層の世帯であることが示されている.
著者
久木元 美琴 小泉 諒
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.328-343, 2013-09-30

本研究は,東京都心湾岸再開発地の事例として江東区豊洲地区を取り上げ,ホワイトカラー共働き子育て世帯の保育選択の実態を,保育所利用者へのアンケート調査と聞き取り調査から明らかにしたものである.本調査対象の子育て世帯は,夫婦共に正規職ホワイトカラーが多く,職住近接を実現している一方で,就業時間や送迎行動については世帯内の性別役割分業が維持されている.また,通勤利便性や保育所入所可能性を含む保育環境を期待して入居した世帯があるものの,認可保育所の不足から回答世帯の過半数が待機期間を経験している.都心周辺部の豊富な民間保育サービスの供給を背景として待機期間における民間保育の利用率が高く,民間保育サービスの利用と早期復職によって認可保育所の入所可能性を高めようとする等の実態が明らかとなった.
著者
藤田 美琴 (久木元 美琴)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

昨年度より調査してきた海外在住の日本人の保育ネットワークについて知見をまとめ,国内外の学会において報告・議論した計.この報告では,海外在住の日本人母同士の対面接触を通じた相互の情緒的サポートの様相と,特に対面接触の得られにくい海外地方圏におけるコミュニケーション・ツールの重要性が示された.これらの学会での議論をもとに英語論文を作成し,現在,海外誌『Netcom』に投稿中である.次に,子育て支援の多様化の一環として,非共働き世帯向けの子育て支援である「地域子育て支援拠点事業」を取り上げ,大都市圏と地方都市における供給状況と利用可能性について現地調査を行った.これにより,行政の関与の強さの違いが施設配置にも影響を及ぼしており,利用可能性に格差を生じさせていることが明らかとなった.さらに,非大都市圏における保育の問題をさらに考察するために,沖縄県での調査を実施した.沖縄県は,非大都市圏のなかでも多くの待機児童を抱える地域であるとともに,アメリカ統治時代の歴史的背景によって,固有の「5歳児保育問題」が生じている.こうした地域的背景から,沖縄県では,認可保育所のみならず,認可外保育所や幼稚園,学童保育といったサービスが相互に補完的な役割を果たしながら保育のシステムを形成していることが示唆された.以上の調査研究による知見を踏まえ,昨年以前に得られた知見とあわせ,地域の子育て支援のシステムに関する博士論文としてまとめた.博士論文では,大都市圏と地方圏における保育ニーズの多様化と,それに応じたサービス供給の地域的様相や利用者の生活空間,サービス供給において重要となる地域的主体の役割が明らかにされた.この博士論文によって,2010年3月に博士(学術)を取得した.なお,博士論文の内容の一部(「地方温泉観光地における長時間保育ニーズへの対応」)は,『地理学評論』に掲載された.
著者
由井 義通 若林 芳樹 神谷 浩夫 古賀 慎二 宮内 久光 加茂 浩靖 中澤 高志 久木元 美琴 久保 倫子
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

労働の女性化の実態を把握するために,労働市場,就業先における労働状況,終業後の生活時間,家族状況などの相互の側面を関連づけながら,労働力の女性化の実態について多面的な解明を試みることによって,経済のサービス化とグローバル化を原因とした労働の女性化について明らかにした。研究の意義としては,労働力の女性化に対して多様な女性就業の実態を捉えるとともに,住宅問題や保育問題を関連させて分析した点である。