- 著者
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上村 博昭
箸本 健二
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2014, 2014
<b>1.はじめに</b><br> これまで,流通地理学,農業地理学,漁業地理学などの研究において,小売業・卸売業の流通・配送システム,製造業における部品の供給体制,第一次産業での農水産物の出荷・流通システム等が明らかとなってきた.このような大規模流通システムの一方で,小規模な事業体は直売所などローカルレベルでの流通・販売を行う傾向にある.しかし,ローカルな市場は相対的に小規模であるから,事業規模を拡大するには,近在の都市部,あるいは大都市圏への流通・販売の展開が模索される.この際,都市部へ進出する事業者には,大規模流通への対応,ないしは大都市圏で独自のマーケティング活動を行うことが必要となる. <br> 実際,近年では農商工連携など行政施策の展開もあって,離島や農山村など,経済活動に関して条件不利性を持つ地域の主体が,都市部への流通・販売を模索する動きがみられる.離島には本土と比べて流通面での不利性があるため,大規模流通システムへの対応,ないしは都市部でのマーケティング活動への障壁は大きいと考えられる.しかし,こうした事業活動のなかには,都市部に一定の販路を確保し,継続的な取引(流通・販売)に至った事例がみられる.そこで本報告では,こうした事例を採りあげて,条件不利地の中小事業者が,如何にして都市部への流通・販売を行い得たのかという点を,事業モデルをふまえながら議論する.本研究の分析にあたり,2013年6月と9月にヒアリング調査を実施したほか,事例事業の資料分析を行った. <br><b>2.対象事例の概要 </b><br> 本報告の事例は,島根県隠岐郡海士町のCAS事業である.海士町は,松江から約60km北方にある離島であり,島内に空港はなく,フェリーで3時間程度を要する.海士町では,2000年代初頭から地域振興政策が展開されてきた.本報告の事例であるCAS事業は,その一環として2005年度から開始された.海士町では,以前から鮮度の低下による魚価低迷を課題とし,食品冷凍技術であるCAS(Cell Alive System)を導入して流通圏を拡大することが試みられた. <br> このCAS事業は,発行済株式の9割以上を海士町役場が保有する(株)ふるさと海士が担っている.CAS事業の事業内容は,海士町内の漁業者,養殖業者から仕入れた水産物(主にケンサキイカと岩ガキ)のCAS凍結加工,ならびにCAS加工品の販売である.行政施策とリンクした事業活動であるため,海士町外での委託製造や,海外産,島外産の安価な加工原料の仕入れなどはみられず,海士町産の原料,海士町内での加工が原則となっている. <br> CAS事業の2012年度における年間販売額は,約1億2千万円である.このうち,レストランや直売所など,(株)ふるさと海士内の部門間移転を除く対外的な販売額は,約1億620万円(88.5%)で,CAS事業を開始した2005年度の約4倍にあたる.こうした事業拡大の背景にあるのが,都市部への流通・販売である.2012年度の販売金額(社内の部門間移転を含む)でみると,総販売額の6割強(約7,200万円)を関東で販売するなど,島根県外での販売額が全体の82.2%を占めている. <br><b>3.本研究の知見</b> <br> CAS事業は,離島でCAS凍結加工を行っているため,大都市に向けて流通・販売する際,フェリーの欠航リスク,輸送コストが課題となる.前者の欠航リスクについては,鳥取県境港市に大口取引先へ供給する加工品を保管する倉庫を確保することで対応するとともに,後者の輸送費には,大手運送業者のY社を使うことで対応した.Y社は,離島料金を取っていないため,輸送コストは島根県内の本土と同一であるため,課題は克服できた.ただし,Y社も海士町からの輸送にフェリーを使うため,欠航リスクは避けられず,(株)ふるさと海士は本土側に倉庫を必要とした.<br>都市部での流通・販売に向けたマーケティング戦略としては,大手のスーパーマーケット・チェーンなど低い仕入価格,大ロットかつ安定的な供給を求める小売主体はマーケティングの対象とせず,相対的に高い卸売価格を許容し,大量供給を求めない中小の飲食店や高級スーパーとの取引を戦略的に模索した点に特徴がある.さらに,(株)ふるさと海士の経営幹部が取引関係にある飲食店のイベントに参加するなど,人的関係の構築を含めたマーケティング活動を展開してきた. <br> 一方で,(株)ふるさと海士の経営は,海士町役場の支援を前提としている.加工施設・設備は町役場の所有で,指定管理者制度で委託されているほか,毎年の補助金投入によって,黒字経営が維持されている.そのため,民間資本による事業活動と本事例とを.同列で論じることはできない.しかし,公的資本による事業活動であっても,事業活動である以上,マーケティング,流通・販売への対応が必要となる.