著者
山極 寿一 バサボセ カニュニ
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.46, 2005 (Released:2005-06-07)

これまで、ゴリラの食性をめぐって典型的な葉食者(マウンテンゴリラ)と季節的な果実食者(ニシローランドゴリラ)という二つの異なる特徴が知られている。この食性の相違は環境条件(山地林と低地熱帯雨林)を反映しているので、どちらがゴリラにとって主要な特性なのか、なかなか見極めることが難しい。私たちがここ10数年にわたって継続調査をしているコンゴ民主共和国カフジ・ビエガ国立公園のヒガシローランドゴリラは、ちょうど両植生帯の中間に当たり、1年のうちの短い期間果実が豊富に実る。ゴリラは好む果実が得られる時期は果実をよく食べ、少なくなると葉や樹皮など繊維質の食物を多く食べる。しかし、毎日寝場所から次の寝場所までゴリラ1集団の新しい通跡をたどってみると、果実の有無に関係なく年間を通して摂取している葉と樹皮が数種類あることがわかった。さらに、1日に集団で採食する食物の種類数にはほとんど月間変化が認められなかった。また、ゴリラは果実期になると遊動距離を伸ばして多くの果樹を渡り歩く傾向があった。これは、特定の果樹を繰り返し利用するチンパンジーとは対照的な特徴であり、主要な葉や樹皮を摂取する必要性から生じていると考えられる。これらの観察から、ゴリラは「果実を好む葉食者」と見なすべきである。
著者
小川 秀司 伊谷 原一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.47, 2005 (Released:2005-06-07)

タンザニアにおけるチンパンジー(Pan troglodytes)の生息地の現状について報告する。 1960年代に行われた調査によると,東アフリカのタンザニア西部にはヒガシチンパンジー(Pan t. schweinfurthii)がタンガニイカ湖に沿って,ゴンベ国立公園・リランシンバ地域・マハレ国立公園からカサカティやフィラバンガを経てチンパンジー分布の東限であるウガラ川に至る地域一帯(カロブワ地域・マハレ国立公園・ムクユ地域・マシト地域・ウガラ地域)・ワンシシ地域で生息しているとされていた(Kano, 1972)。われわれは1994年から2003年までにタンザニア各地で聞き込み調査やベッドセンサス等の広域調査を行い,これらの地域には現在でもチンパンジーが生息していることを確認してきた。またルクワ南西部のルワジ地域においてチンパンジーの新たな生息地を発見した(Ogawa et. al, 1997)。 しかしながら,現在タンザニアの国立公園以外の地域では,木材利用のための特定樹種の伐採とそのための道路の拡張,他国からの難民や道路沿いに移住してきた人達による畑の開墾・薪炭燃料確保のための樹木の伐採・チンパンジーや他の動物を対象とした密猟,鉱山会社による鉱物資源の調査等,様々な人間活動が活発に行われている。そのため,チンパンジーの生息密度や生息状況はこれらの人間活動から多大な影響を受け,チンパンジーの生息環境は悪化しつつあることが予想される。タンザニア西部の乾燥疎開林帯におけるチンパンジー存続の可能性を探り,早急に対応策を講じることが望まれる。
著者
山田 一憲 中道 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.11, 2005 (Released:2005-06-07)

子殺しはオスの繁殖戦略として進化したと考えられている。しかし、複雄複雌の社会構造と季節性のある乱交的な繁殖様式を持つニホンザルでは、子殺しが起こることは極めて稀である。それは(1)メスが複数のオスと交尾を行い、(2)子ザルの父親である可能性のある複数のオスが群れオスとして集団にとどまり、子殺しの危険から子ザルを守る、(3)子殺しを行っても、子殺しオスがその母ザルと繁殖できる機会は交尾期に限られるためである。 私たちは、勝山ニホンザル集団において、群れ外オスが4ヵ月齢のアカンボウを攻撃して、死亡させるという事例を観察し、その様子をビデオカメラで記録した。 4ヵ月齢のアカンボウが集団から取り残され餌場に単独でいる時に、群れ外オスが餌場に現れた。アカンボウはオスに気づくと即座に逃げ出したが、すぐに捕まった。オスは周囲を何度も見回しながら、アカンボウの手、足首、腕を咬んだが、その場で殺すことはなかった。5分後にアカンボウは逃げ出したが、オスが再度攻撃することはなかった。アカンボウは右上腕から大量の出血が見られ、2日後には姿を消した。 今回の事例の特徴は以下の3点にまとめられる。(1)子殺しを行ったオスはその時初めて観察した個体であった。(2)子殺しが起こる数ヶ月前に3頭の中心部成体オスが続けて死亡・姿を消しており、さらにアカンボウが単独で餌場に取り残されたため、子殺しからそのアカンボウを守る個体がいなかった。(3)子殺しは交尾期開始の数週間前に起こり、その結果、アカンボウの母ザルはすぐに発情し、翌年の出産期に次子を出産した。 ニホンザルにおける子殺しはこれまでに5つの記録があるが、本観察と同様に、(1)攻撃したオスは子ザルの父親である可能性が低く、(2)子ザルを守る群れオスがいない時、(3)交尾期直前または当初の時期には、ニホンザルにおいても、子殺しが生起していることが指摘できた。
著者
坂巻 哲也
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.66, 2005 (Released:2005-06-07)

チンパンジー社会には、パントグラントと呼ばれる服従的発声によって知ることができる基本的な優劣関係(formal dominance)が存在し、オトナオスは同じ集団のメスやコドモからパントグラントを受ける。パントグラントは、複数のオスとメスが平和的に共存するために日々繰り返される挨拶行動と考えられている。本研究は、パントグラントが大声で交わされることの社会的意味を検討した。調査は、1999∼2000年の約1年間、タンザニアのマハレ山塊国立公園のチンパンジーを対象におこない、オトナメスがオトナオスと出会う場面のパントグラントを調べた。その結果、メスが複数のオスと出会う場面では、メスはすべてのオスにパントグラントを発するのではなく、その相手は主にアルファオスだった。また、パントグラントが起こる出会いは、一日の遊動生活の中で、休息後の移動時に頻繁だった。メスは最も優位なアルファオスと大声になるパントグラント交渉を持つことで、多くの個体とその場の社会的状況に関する認識が共有され、同一集団での共存が促進されることが示唆された。パントグラントの特徴ある発声には、交渉が起こったことを他個体に知らせる宣伝の効果があると考えられる。
著者
岡本 暁子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.35, 2005 (Released:2005-06-07)

優位オスが劣位オスと妊娠可能性の高いメスの近接を発見すると、その優位オスはそのペアに対し攻撃を加えることが、さまざまな種で報告されている。このような攻撃は協力的な個体間関係に影響するパニッシュメントと考えることができる。では、優位オスは劣位オスとメスのどちらを攻撃すべきであろうか。交尾を妨害するためだけなら、オスを攻撃してもメスを攻撃してもよいように思われる。本研究では、この状況を優位オス、劣位オス、メスの3者のゲームとして解析した。それぞれのプレイヤーの立場でどのような戦略がどのような条件のときに進化的に安定な戦略(ESS)になりうるのかを解析的に検討した。そしてその条件のときにそれらの戦略が実際に進化しうるのかをコンピュータ・シミュレーションで検討した。その結果、優位オスが劣位オスとメスの交尾の妨害をする場合、オスを攻撃するコストがメスを攻撃するコストより高くても、オス攻撃が進化する可能性があることが明らかになった。またオス攻撃が進化する上での一つの大きな鍵が、メスの従順ではない戦略にあることが示唆された。
著者
大橋 岳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.68, 2005 (Released:2005-06-07)

(目的)アフリカにおいてブッシュミートはいまだ珍重されており、チンパンジーの生息域にも多くの罠が設置されている。罠のターゲットとして想定されていなくても、実際にはそこを利用する動物たちに無差別にダメージを与える可能性がある。最近になり、チンパンジーにおいても約20%の個体が何らかの被害を受けている群れの存在や、罠の被害が死につながった例が報告されてきた。一方、29年におよぶ長期調査がおこなわれてきたギニアのボッソウでは、罠によって怪我をした個体の報告が1例(Matsuzawa, 1994)あるが、致命的な怪我を負ったチンパンジーの例はない。ヒトとチンパンジーの生活圏が極めて近く、現実に保護区に多数の罠が設置されているボッソウの状況を考えれば、チンパンジーがどのように被害を回避してきたのか疑問が残る。 (方法)チンパンジーを追跡しているさい、実際に罠の付近を通過することがある。そのとき、対象個体と同じパーティにいるチンパンジーがどのように振舞うのかを逐次記録した。調査期間は2002年から2004年までの延べ15ヶ月間である。 (結果)通過する近辺のものに対して、罠に触れて壊そうとする行動を6例観察した。そのうち2例は実際に罠を不活性化させることに成功した。このような行動はコドモからオトナまで、5個体のオス個体にみられた。まわりにいるにもかかわらずメスの積極的な行動は観察されなかった。 (考察)罠に対する積極的な行動をおこすことによって、事前に罠を不活性化できるだけでなく、罠を壊せなくても周辺個体の注意を喚起することもできるだろう。このことがボッソウでの罠の被害回避に貢献しているにちがいない。このような行動が複数個体、しかもコドモにおいてもみられることから、罠への振る舞いが世代を超えて定着していると考えられる。
著者
中山 一大 石田 貴文
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第21回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.49, 2005 (Released:2005-06-07)

霊長類における精液凝集の程度は系統間で異なり、チンパンジーのような複雄複雌群の種ではより強固な凝集が観察されることから、繁殖構造の多様化と関連して進化してきた形質であることが示唆されている。セミノジェリン1タンパク質(SMG1)は、精液中に多量に存在し、トランスグルタミナーゼの標的部位を有する60アミノ酸のリピートを含む独特の構造を持っている。SMG1は凝集構造物の主成分であり、また60アミノ酸のリピート数が霊長類各種における凝集の程度と相関を示すことから、精液凝集の多様性の原因と考えられているが、実験的な証明は成されていなかった。本研究では、霊長類各種におけるSMG1の生化学的性質と精液凝集との関連性を明らかにするために、セルフリー翻訳系を用いてヒトならびにチンパンジーのSMG1を合成する実験系を確立した。SMG1のC末端に、Lumio Green蛍光色素と結合し、合成タンパク質の特異的な検出を可能にするタグ配列を付加した鋳型DNAを用いて、in vitroタンパク合成反応を行い、合成反応後の反応液をSDS-PAGE法で解析した。その結果、ヒトでは約50kD、チンパンジーでは90kDのタンパク質の合成が確認された。また、FactorXIIIaを用いたタンパク質架橋実験の結果、これらの合成タンパク質はトランスグルタミナーゼが触媒する共有結合で架橋されることが確認された。さらに、これらの合成タンパク質は非変性・非還元状態では非共有結合的に凝集することも示された。これらの結果は、ヒトならびにチンパンジーSMG1のin vitro合成が成功した事を示すものである。今回確立した系は、霊長類に限らず他の種をも対象にした比較生化学・生殖学的解析に利用可能である。