著者
小坂 秀雄
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
建築雑誌 (ISSN:00038555)
巻号頁・発行日
vol.71, no.840, pp.43-45, 1956-11-20
著者
キエン ト
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.73, no.628, pp.1355-1361, 2008-06-30
被引用文献数
1 2

1.研究の背景と目的 現在、世界の多くの伝統的な古建築は、近代間により新築するために取り壊されている。その中で、特に民家については保護の関心が薄く、ほとんど見捨てられた状態にある。これらの民家がやがて崩壊する際、既に保存するには遅く、また、歴史的資料の欠落が大きな問題となる。このような場合、一般的には、現場でその痕跡を調査する方法がとられる。しかし、このような方法は通常、物理的に制限があったり、また調査が許可されなかったりするために不可能な場合もある。そこで長い間そこに住み続けている年配の住民の記憶が貴重な情報源となる。これにより、理論的に民家の構成の変遷を60年ぐらい前まで辿り、当初の姿を復元することができる。本稿の目的のひとつは、ある特定の種類の民家を記録するために、通常行う聞き取り調査だけでなく、科学的な方法に基づいて、最も有効な記憶の掘り起こしを手助けする手順を提示することである。その実例研究として、ベトナム・ハノイ旧市街のハンバック通り47番住宅をとり挙げ、この手法を用いて当初の形を復元する。我々の知る限りでは、この住宅に直接関係する既往研究は多くない。その意味で、本研究は、歴史的資料のない古民家に関する研究に対し、その調査の方法論を提示し、調査結果に基づいた復元案の提示をするものである。2.民家修復に関する記録の概要(1)図面作成/分析・推測(壊れた梁、左右対称の門扉等)(2)既に発表された資料(3)まだ発表されてない資料及び伝承(4)発掘または発見された遺物(5)地域の特性(6)我々が独自に定義した住民の記憶 筆者が注目している民家に関して述べると、上記(2)、(3)及び(4)の情報は、入手できない状況である。(1)と(5)に関しては、通常入手できるものではあるが、現在、制限・論議されている。最後の(6)に関しては、可能であれば活用することとする。3.住民に対する聞き取りに活用できる技術的方法について 上記方法の根拠については、他分野の学問によるものである。想像上の見取り図、視覚的な3Dモデル図、歴史的図版、他と同様に技術的方法に活用できる歴史的映像などを用いて、聞き取り調査を行う。4.実例研究 ハノイ旧市街は、およそ1000年の歴史を持つベトナムのハノイ市にある。長い歴史の中で、"チューブハウス"と呼ばれる重要な伝統的建築様式が形成された。このチューブハウスは、ベトナムの最盛期に形成され、形態としては通りに面して間口が非常に狭く、奥行きが非常に長い(幅:約2〜4m、奥行き:約20〜60m)住宅である。調査した住宅はハノイ旧市街の中でも最も古い、ハンバック通り47番地に位置しており、この47番住宅が残存する最も古い住宅(建設から約166年)である。この貴重な住宅は、ベトナムの伝統的建築様式を保っており、そして、昔からこの住宅に住み続ける年配の住民がいる数少ない住宅の一つである。この住宅の現状調査については、日本建築学会計画系論文集、No.624、(2008年2月発行予定)に報告した。 調査は建物の現状調査(2005年11月)、住民に対する聞き取り調査(2007年3月)、最終聞き取り調査(2007年11月)を行ない、これらを元にして復元作業を行なった。5.結論 こうした調査を行なった結果、この建物は2階建ての家屋部分が前後3箇所に配置され、最も奥の部分に台所・トイレ・浴室から成る平屋の建物があり、それぞれの間には中庭があったことが判明した。1階は、通りに面して入口の一角に店舗があり、内部には庭に面した仏間や接客用の空間ないし居間であった。最初の庭は四方に屋根を回し、その中央に泉水を配置しており、後ろの中庭の上部はベランダとなっていた。当初はひとつの家族のための住宅であったが、この地区の人口が増加するにつれて、複数の家族が住むようになり、中庭には増築された建物で通り庭となり本来の機能を失った。また、最も後ろの2階建て部分は取り壊され、RC造4階建ての建物に取って代わった。こうした変遷の経過と、当初の姿が明らかにされた。現在の住宅の居住環境は、狭くて衛生状態の悪く非常に劣悪である。今後この歴史地区全体の保存と活用および居住環境の改善にとって、調査結果は重要な資料となると思われる。本研究は、建築的価値のある古民家の復元に着目したものである。まず、歴史的資料のない古民家のどこに価値を見出すのか。発掘調査の行われていない古民家のどこに正当性を見出すのか、あるいは奨励するのか。誰を昔ながらの住民と定義するのか。20年以上住み続けている住民は、これら住民の中の誰か。そして、誰の記憶が復元案作成に際し、有効な情報となるのか。本稿では最初に、復元における実施手順の段階(将来、復元を試みる人たちのための実用的な資料として)を示した。それから、実例研究としてハノイ旧市街のハンバック通り47番住宅を挙げた。復元のための主な情報源は、住民の記憶に基づくものである。それらは個人的なものであり、決して正確なものではないが、しかし、それらは非常に有効な参考資料と成りうる。また、しばしば他の資料が限られていたり、参考にならないものだった場合、その記憶は貴重な情報となる。そして、60年前の昔の住宅の姿を辿る有効な資料となるのである。この方法は、基本的な古民家復元、並びにある特定の種類の古民家の復元に対応できる方法であると考える。