著者
茂木 正人 真壁 竜介 高尾 信太郎
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.71-93, 2018-03-31

本稿では,南大洋における生態系研究の現状と課題を整理した.南大洋の生態系を論じるうえで最も重要な種はナンキョクオキアミであるが,近年ハダカイワシ科魚類が注目されている.日本の生態系研究チームはハダカイワシ科の中でも季節海氷域に分布するElectrona antarctica(ナンキョクダルマハダカ)をターゲットのひとつとして研究しているが,その繁殖生態や初期生活史については未解明の部分が大きい.季節海氷域では海氷に含まれるアイスアルジーや海氷融解時におこる植物プランクトンの大増殖を起点に始まる食物網が存在する.海氷と海氷下の生態系は密接な関係があり,温暖化による海氷変動は生態系変動をもたらすことになる.
著者
杉山 慎
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.169-177, 2018-03-31

南極氷床は地球に存在する淡水の60%以上を蓄積し,巨大な淡水リザーバとしての役割を担っている.その変動は海水準,海洋循環,アルベド,地殻隆起など,地球の気候システムに大きな影響を与える.近年の観測技術の向上によって,この氷床が氷を失いつつあることが明らかになってきた.南極沿岸部において顕著な質量損失が報告されており,海洋の変化に影響を受けた棚氷と溢流氷河の縮退がその原因と考えられている.本稿では,南極氷床の特徴と地球環境に果たす役割,氷床変動のメカニズムについて概説した後,近年の氷床変動とそれを駆動する氷床・海洋相互作用について最近の知見を紹介する.
著者
奥野 淳一
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.205-225, 2018-03-31

気候変動が引き起こす氷床変動とそれに伴う海水量変動は,地球表層における質量分布を変化させ,固体地球を変形させる.これは粘弾性的性質をもつ地球がアイソスタシーを回復しようとする変動であり,多様な時空間スケールの観測より検知されている.海水準変動や地殻変動,および重力場変動といった測地学的,地形・地質学的な観測値は,時間・空間スケールの異なる固体地球の変形が重畳していることから,観測値より氷床変動や地球内部構造を推定するためには,アイソスタシーの原理に基づいた数値モデリングが必要不可欠である.ここでは,氷河性地殻均衡(Glacial IsostaticAdjustment)の数値モデリングに基づいて氷床変動・地球内部構造を推定した研究について紹介する.
著者
巻 俊宏 吉田 弘
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.259-267, 2018-03-31

自律型無人探査機(AUV)は母船とケーブルで繋がれておらず,全自動で活動できることから,氷の下のようなこれまで調査の難しかった場所の観測を実現できると期待されている.本稿ではAUVの概要および一般的な構成について紹介するとともに,氷の下に展開する際の課題,これまでの研究開発事例,そして我々が今後開発を目指すAUV の設計方針について紹介する.
著者
大島 慶一郎
出版者
低温科学第76巻編集委員会
巻号頁・発行日
vol.76, pp.13-23, 2018-03-31

世界の海洋の深層まで及ぶ最も大きな循環は,重い水が沈み込みそれが徐々に湧き上がってくる,という密度差による循環である.沿岸ポリニヤでの大量の海氷生成が重い水のソースになっている.衛星マイクロ波放射計データ等による海氷生産量マッピングからは,南極沿岸ポリニヤでは,非常に高い海氷生産があることが示され,世界の深層に広がる南極底層水がここを起源として形成されることと整合する.南大洋ではロス棚氷ポリニヤが最大の海氷生産を持つ.第2 位の海氷生産量を持つのがケープダンレーポリニヤであることがわかり,日本の観測からここが第4(未知)の南極底層水生成域であることが発見された.第3 の南極底層水生成域であるメルツ氷河沖では,2000 年初頭の氷河崩壊後に海氷生産量が40%も減少し,その結果として,ここでの底層水生成も激減した.
著者
関 宰
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.135-144, 2018-03-31

近年,極域氷床の融解が急速なペースで進行中であることが明らかになり,温暖化によって海水準が大きく上昇する懸念が高まっている.産業革命前よりも僅かに温暖な最終間氷期(13万~11.5万年前)には,6~9mもの急激な海水準上昇があったとされる.これが事実なら,現在と似た気候状態で,南極氷床の大規模な崩壊を誘発する臨界点が存在することになる.現在の平均的な気候状態はすでに最終間氷期のレベルに達しており,南極氷床の大規模な崩壊が将来に起こり得る可能性の検証は喫緊の課題と言える.本稿では最終間氷期の気候状態や海水準変動,南極氷床の安定性についての最新の知見を解説し,将来,南極氷床の大規模融解が引き起こされる可能性について考察する.
著者
草原 和弥
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.33-42, 2018-03-31

棚氷とは,氷床の末端で海に浮遊している部分である.南極棚氷の底面融解は南極氷床の質量収支を考える上で重要な消耗過程である.南極棚氷底面融解は南極沿岸大陸棚上の三つ水塊によって引き起こされる.一つ目は南極沿岸ポリニヤで形成される高密度陸棚水.二つ目は南極周極流域から大陸棚上に流入する周極深層水.三つ目は夏季海氷融解によって形成される表層水である.この概説では,これらの水塊が棚氷底面融解を引き起こすプロセスを説明し,さらに観測データと数値モデル結果から,南極棚氷毎にその底面融解の熱源が大きく異なることを示す.