著者
ヴァカン ロイック
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.72-86, 2010-10-01

本稿では,この10年間に先進社会に広がった厳罰化を予見していたPrisons of Povertyの国際的な反響を省察する.そして,Prisons of Povertyが1999年に察知していたアメリカ発の世界に拡大する「法秩序」の嵐はいまだに広範囲にわたって猛威をふるっていることを紹介する.実際,その嵐は第一世界から第二世界の国々へと広がり,約15年前には誰もが予想しえなかった,ありえないと考えていたやり方で,世界中の刑罰政策を刷新してきた.本稿では,ラテンアメリカにおいてアメリカ式犯罪取締の観念と妙策が拡散する過程で,シンクタンク(とくにマンハッタン・インスティチュート)がはたした役割を詳細に検討する.それは,貧困の犯罪化を生み出す市場優先の総合政策が国際的に循環していることを呈示する.そして,ネオリベラリズムと厳罰のつながりにかんする従来のモデルを吟味し,修正をくわえることになる.これは拙書Punishing the Poorのなかで展開された社会不安の時代における国家形成の分析へとつながる.
著者
城下 裕二
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.30, pp.7-19, 2005-10-18

2004年9月に「凶悪・重大犯罪に対処するための刑事法の整備に関する要綱(骨子)」が法務大臣に答申され,同年12月に「刑法等の一部を改正する法律」として可決・成立し,2005年1月より施行された.本改正の内容は多岐にわたるが,最も注目されたのは刑法典における凶悪・重大犯罪の(約1世紀ぶりの)法定刑引上げである.今回の改正は「治安回復のための基盤整備」の施策の一環であり,法制審議会における審議状況を概観すると,法定刑引上げを必要とする立法事実としては,(a)国民の正義観念(規範意識)の変化,(b)犯罪認知件数の増加,(c)科刑状況の厳格化の3要因が挙げられ,これらは各種の統計資料によって根拠づけられるということが事務当局から説明されている.本稿は,審議会議事録および配布資料の内容を分析することにより,事務当局が指摘するような立法事実を根拠づけるのは困難であること,また,仮にそうした事実が存在するとしても,法定刑引上げという立法政策が直ちに正当化されるものではないことを明らかにする.そして,わが国の刑事立法政策過程が,EBP(エビデンス・ベイスト・ポリシー)の発想から学ぶべき点は何かを検討する.
著者
島田 貴仁 鈴木 護 原田 豊
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.51-64, 2004-10-18
被引用文献数
1

本研究では,東京都大田区南部の104町丁目に住む3,120名を対象にした社会調査データに構造方程式モデリングを適用して,犯罪不安と被害リスク知覚の認知構造とその形成要因を検討した.調査では12罪種を提示し,犯罪に対する情動的な反応である犯罪不安と,主観的な発生確率の見積りである被害リスク知覚とを区別して測定した.まず,確認的因子分析により,犯罪不安・リスク知覚はともに財産犯と身体犯の2因子構造を有し,空き巣やひったくりなどの財産犯は,一般市民には身体犯としても認知されていることが示された.次に,被害経験・見聞,地域の無秩序性,富裕度,家族内弱者の有無が犯罪不安,犯罪リスク知覚にもたらす影響を検討した.これら形成要因は被害リスク知覚を媒介して間接的に犯罪不安を生起させていたのに加え,直接犯罪不安を喚起していた.また,ゴミや落書きなどの地域の無秩序性が財産犯被害不安を生起させていることや,子どもや高齢者を家族に持つ回答者は,身体犯被害の伝聞情報によって犯罪不安を生起させていることが明らかになった.
著者
横山 実
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.141-158, 1987

日本と韓国の非行少年について,比較研究をおこなう手はじめとして,両国の公の統計の分析をおこなった.公の統計を用いる比較研究には,多くの問題点が存在している.しかし,日本と韓国の比較研究は,他国間のそれと比べて,その問題点は,より軽微であると思われる.何故ならば,日本と韓国との間には,統計作成の方法,法律における犯罪の定義等で,類似性がみられるからである.公の統計によると,日本では,1970年代の後半から1980年代前半にかけて,人口あたりの非行少年の比率が増大している.この間,成人や年長少年の犯罪は,かならずしも増加していない.著しく増加したのは,年少少年による軽微な犯罪である.このような犯罪の数は,統制機関の活動如何によって,簡単に増減しうる.戦後最悪といわれた高い非行率は,社会統制機関,特に警察が,補導および検挙の活動を活発化したために,もたらされたのであろう.韓国においても,これと同じ現象が見られるであろうか.韓国では,1970年代に,高度経済成長期を迎えた.この間,成人の犯罪率も,少年のそれも,ともに増加している.少年が犯した犯罪の内訳では,日本に比べて,暴力犯の比率が高い.身分別では,学生の比率が高まりつつあるとはいえ,無職が3分の1強を占めている.経済状態では,下層階級の者が9割近くを占めている.年齢別では,18〜19歳の年長少年が,半数近くとなっている.公の統計から,これらの特徴を読みとる限りでは,韓国の社会統制機関は,成人や年長少年の犯罪の処理に,追われているようである.日本で最近見られているような現象は,韓国において近い将来に生じるとは,いえないようである.
著者
仲野 由佳理
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.33, pp.138-156, 2008-10-20

本論文の目的は,P女子少年院における少年と教官の「語り」を分析の対象とし,(1)教官は少年の行為をいかなる文脈において解釈し,語りのリソースとして活用するのか,(2)少年と教官によって行われる語り直しは,ナラティヴという観点からみれば,どのようなアプローチがなされているといえるのか,(3)語りで使用されるリソースやプロットはどのような枠組みのなかで変化するのか,を明らかにすることである.成績予備調整会議及び処遇審査会,個別面接指導場面(事例1と2)の観察を通して,教官が少年の「行為の意味」を「更生」との連続において「(望ましい)変容」として意味づけ,このプロセスで得られた変容に関する教官の解釈は,少年と教官の相互行為のなかで,「語りなおし」のリソースとして活用され(目的1),問題の染み込んだストーリーからの「問題」の発見や外在化を通し,少年と教官の協同作業によって,語りなおしが行われていることが指摘された(目的2).また,リソースは過去の経験から現在の経験へ,プロットは個人化へむけたプロットから社会化へむけたプロットへと変化することが明らかにされた(目的3).
著者
ベケット キャスリーン サッソン セオドア
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.27-50, 2004-10-18

この論文は,米国を大量拘禁の分野において世界のリーダーに押し上げた新たな法律や実務について,従来とは異なる視点からの説明を試みたものである.近時の厳罰化の原因を,悪化する犯罪情勢や世論の怒りや復讐心に求めるのは正しくない.そうではなく,著者らは,厳罰化は,犯罪,麻薬,貧困といった社会問題について,保守派の政治家が,それらの原因が差別ではなく生ぬるい寛容さによるものであると問題を摩り替える(再構成する)ことに成功したことを反映しているに過ぎないと主張しているのである.こうした保守派の試みは,1960年代の公民権運動に呼応して始まり,1980年代には,政策を福祉から治安に舵取りするキャンペーンの一環として続いている.そして,1990年代には,二大政党が共に麻薬・犯罪との戦争に参戦した.しかし,結局,大量拘禁は,貧困家庭だけでなく,地域社会にも過重な負担をかける結果となり,最近では,力で犯罪を押さえ込もうとする法律を見なおそうとする努力が支持されるようになり,よりバランスの取れた政策を模索する動きが見られるようになっている.