著者
川野 英二
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.5-20, 2021 (Released:2022-11-01)
参考文献数
40

現在の社会調査をめぐる状況は、大規模な量的調査のデータを収集したアーカイブが構築され、先端的な計量モデルが適用される二次分析が普及している一方で、数少ない当事者の主観的な経験を再構成する質的調査の両極端に分かれているようにみえる。そこでは、かつて農村・地域調査でおこなわれていたような、ある地域をつぶさに調査してまわり、実態を明らかにしようとする「実態調査」は目立たないものとなっている。しかし、各大学が立地する地域にねざした社会調査はいまでも地道におこなわれていることはあまり知られていない。大阪では、工業化の時代から大阪を対象とした自治体社会調査が実施され、それは戦後の社会病理学調査に引き継がれてきた。とくに関西の社会学者たちは、共同研究として大阪社会学研究会を組織し、大阪を拠点とした社会調査を実施してきた。大阪の社会病理学研究には時代的な限界があったが、これまで現代の都市・社会問題を課題とする様々な実態調査が積み重ねられてきた。 本稿では、主に研究会メンバーであった故土田英雄が残した【土田英雄資料】 をもとに、大阪社会学研究会のおこなった調査を再構成し、戦後から現代にいたるまで大阪の社会調査がどのようにおこなわれてきたのか、そして今後の展開について考えたい。
著者
松浦 優
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.67-83, 2021 (Released:2022-11-01)
参考文献数
20

日常生活の自明性によってクレイムが予め締め出される事態について、ジュディス・バトラーの「予めの排除」概念とアセクシュアルの「抹消」に関する議論をもとに考察する。事例として、架空のキャラクターへの性的惹かれに関わる造語「フィクトセクシュアル」をめぐるウェブ上の投稿を分析する。当事者の一部からは、性的マジョリティを名指す概念として「対人性愛」という造語を用いることで、性的表現を愛好する立場から性愛規範や恋愛伴侶規範を批判するという投稿が見られた。他方、フィクトセクシュアル・カテゴリーの正当性を疑問視する投稿では、性的・恋愛的な対人関係に関わる生得的な「性的指向」ではないという理由が持ち出されていた。さらに、フィクトセクシュアルを「オタク」あるいは「恋愛」という枠組みに回収することによって、性に関する従来の解釈図式を維持する、という「マジョリティへの回収による抹消」が確認された。
著者
西井 開
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.97-113, 2020 (Released:2021-11-01)
参考文献数
27

本稿は、周縁化された男性の生活体験を臨床社会学的に考察するために、性的な不満を意味する「非モテ」に苦悩する男性に焦点を当てる。語り合いグループで語られた内容を分析し、以下のことが明らかになった。まず「非モテ」男性は劣等感や疎外感を抱いており、周囲からいじめやパワハラを受けている。そのような状況下で、彼らは自分に関わってくれる女性を神聖視し始め、彼女と交際することで不遇な状況を挽回できるのではないかと考える。そのアプローチは一方的なものであり、相手を追いかけまわすなどのストーカー行為を繰り返し拒否された「非モテ」男性はさらに自己否定を深めることになる。以上の分析から「非モテ」男性の苦悩とは、被害経験を通じて抱いた劣等感や疎外感を満たすために女性に執着するようになり、その行為の罪悪感と拒否された挫折から更なる自己否定を深めていく一連のプロセスとして描き出すことが可能となった。
著者
中谷 勇哉
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.31-45, 2020 (Released:2021-11-01)
参考文献数
18

2000年代以降、ネット右翼と呼ばれるヘイトスピーカーの台頭に代表される意見の先鋭化現象とその言説の拡散はたびたび議論となっている。そこで、本稿は「右翼的言説の拡散メカニズムを推論すること」を目的とし、ツイートの表現に焦点を当てて分析した。そのために、楽曲「HINOMARU」をめぐって起こった炎上現象に関するツイートを収集し、分析を行った。その結果、1) 炎上が4つの段階に分けられ、その段階後半では、 2) 多く共有されたウェブサイトがオンラインニュースサイトからまとめサイトに移行していること、3) その移行とともに、自分自身について用いられる中立的な表現は減少し、批判する他者を「左翼」や「在日」とする表現が増加していったことが示された。またこの分析を踏まえ、右翼的言説の拡散が、「人々が個人的な意見・信念を批判から保護する過程でネット右翼言説と接続されていく」というメカニズムによって引き起こされていると捉える。
著者
麥倉 哲 MUGIKURA Tetsu
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
no.27, pp.3-25, 2012

この論文は、危険な仕事に誰が就くのかという問題に焦点を当てるものである。原子力エネルギーに依存する社会は、そこで働く労働者を犠牲にするシステムでありかつ、こうした労働者への差別によって作動する社会である。一方、このシステムから離脱することが難しいのは、労働の実態を隠蔽する仕組みがつくられ、国民と原発労働者の聞に分断ができているからである。本論では、福島第一原子力発電所で命を落とした労働者と、かつて福島原発で、働いたことのある労働者の2人のケースを調べながら、隠蔽と分断の仕組みを明らかにしたい。This article focuses on the problem of who gets hired for dangerous work. Current Japanese society depends on nuclear power plant energy and has a system that sacrifices workers working there. This system operates on the discrimination against such workers. A structure for concealing the actual situation of the labor is made,a nd the reason why no solution has been given for such a problem is that most people does not understand the workers' reality. In this article,I clarified how the workers' reality concealed while investigating the cases of a dead worker and a former worker of the Fukushima first Nuclear Power Plant.
著者
今井 聖
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.81-96, 2020 (Released:2021-11-01)
参考文献数
13

本稿では、(1)「大津 いじめ事件」の報道を分析し、個別の事件の展開過程においても〈新たな概念〉の下での過去の再構成が起こり得ることを示し、(2) そのような事態がいじめの事実認定の実践にいかに影響するのかを、同級生の証言に基づいて明らかにする。「大津いじめ事件」に関する先行研究では、伝聞情報として確認されていたはずの「自殺の練習」がいかにして「問題」とされ、その「自殺の練習」の事実認定がいかに帰結したのかが十分に検証されていなかった。本稿では、テレビニュース場面の理解可能性に基づき、「重要な証言」としての「自殺の練習」情報の使用が「隠蔽」問題の構築につながったことを示す。その上で、Ian Hacking の議論を参照しながら、「自殺の練習」報道が、同級生たちにとって〈新たな概念〉の下での過去の再構成が可能な状況をもたらすものであったことを述べ、メディア報道と事実認定の実践との関係を捉えるための新たな視点を提示する。
著者
阪口 毅
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.37-50, 2021 (Released:2022-11-01)
参考文献数
31

本稿は、都市社会学における「移動性(mobility)」の観点から「地域/コミュニティ」概念について再検討を加えつつ、これらの概念を用いることの方法論的な意義について論じるものである。「コミュニティ」概念の扱いの難しさは、規範概念としての側面を持ちながら、空間を記述するためにも使用されることに起因する。さらにこれらの二つの側面が、ネットワーク論や構築主義などの重要な理論的知見と接合されていないことも問題である。本稿では、既存のコミュニティ研究のレビューを踏まえて、コミュニティを三つの位相―関係的、制度的、象徴的位相―の複合的な社会過程として捉える分析枠組を提示する。そして「コミュニティ」概念が、親密な紐帯、集団の想像、象徴的な境界、帰属の経験といった現象を、包括的に捉える上で有用であることを示す。
著者
中谷 勇哉
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.31-45, 2020

<p>2000年代以降、ネット右翼と呼ばれるヘイトスピーカーの台頭に代表される意見の先鋭化現象とその言説の拡散はたびたび議論となっている。そこで、本稿は「右翼的言説の拡散メカニズムを推論すること」を目的とし、ツイートの表現に焦点を当てて分析した。そのために、楽曲「HINOMARU」をめぐって起こった炎上現象に関するツイートを収集し、分析を行った。その結果、1) 炎上が4つの段階に分けられ、その段階後半では、 2) 多く共有されたウェブサイトがオンラインニュースサイトからまとめサイトに移行していること、3) その移行とともに、自分自身について用いられる中立的な表現は減少し、批判する他者を「左翼」や「在日」とする表現が増加していったことが示された。またこの分析を踏まえ、右翼的言説の拡散が、「人々が個人的な意見・信念を批判から保護する過程でネット右翼言説と接続されていく」というメカニズムによって引き起こされていると捉える。</p>
著者
桑畑 洋一郎
出版者
日本社会病理学会
雑誌
現代の社会病理 (ISSN:1342470X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.47-63, 2020 (Released:2021-11-01)
参考文献数
28

本稿は、幼児雑誌『幼稚園』の付録の経年比較分析から、付録における子ども像の表象の変遷と、その背景を明らかにすることを目的とする。分析と考察の結果、「教材」系付録と「玩具」系付録が併存・融合し“家庭でも遊びつつ学習する存在”としての子ども像が表象されていた1950年代まで、「玩具」系付録が独占状況となり“家庭外で学習する存在”としての子ども像が表象されていた1960年代、「にんきもの」系付録が増加し“メディアを通して遊び消費する存在”としての子ども像が表象されていた1970年代以降、「ほんもの」性を強調した付録と「コラボ付録」が登場し“複合体化した消費のターゲット”としての子ども像が表象されていた2010年代という、付録と子ども像の変遷が明らかとなった。また、こうした変遷の背景には、幼児教育における理念の変化、幼児の生活世界へのテレビの進出とメディアミックス状況、消費社会化の拡大があることが示唆された。