著者
ナイフー チェン 小林 孝雄 佐井 りさ
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2006-08

銀行の貸出債権は流動性が低い.これは,貸出債権が貸出先企業のプライベート情報をふんだんに含むためである.一方,貸出債権から生じるキャッシュフロー自体は流動的であることが多い.近年のフィナンシャル・イノベーションは後者の点に着目して,銀行貸出債権を原資産とするクレジット・デリバティブやMBS,CMO,CLO,CBOに代表される証券を発行し,貸出債権を市場に売却することを可能にした.これによって,銀行は貸出債権の信用リスクを広範な投資家層に移転し,プライベート情報と信用リスクを凝縮したレジデュアル部分だけを保有すればよくなった。われわれの試算によれば,商業用貸出債権ポートフォリオを証券化するにあたって,銀行が留保するべきレジデュアル・トランシェはわずか3%前後である.これこそが,市場の論理から決定される銀行の自己資本比率である.この仕組みに加えて,決済システムの安全性を確保できれば,バンキング・システムは従来の金融仲介機能を果たしながら,完全に安全なシステムに生まれ変わることができる.かつてアービン・フィッシャーをはじめ幾人もの有力な経済学者達が主張した「100%マネー」のバンキング・システムは,新しいフィナンシャル・テクノロジーの登場によってその実現可能性を飛躍的に強めた.この新体系は,預金保険の利用に起因する銀行行動のモラル・ハザードに苛まれ続け,しばしば危機に晒されてきた従来の部分リザーブ型バンキング・システムより明らかに優れている.
著者
具 承桓 藤本 隆宏
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2000-06

本研究の目的は、自動車部品産業を中心に情報技術の導入、特に3次元CADなどのデジタル技術の導入が製品開発プロセス、特に設計、試作、コミュニケーションなどにどのような影響を与えるのか、部品(製品)のタイプによってどのような違いがあるのか、等々を分析し、サプライヤーにとって、より効率的な製品開発を進めるために要求されるマネジメント能力は何かについて考察することにある。本研究で扱うデータは、1999年3月に、日本自動車部品工業会に登録されている1次自動車部品メーカーに対してアンケート調査を行い、回答を得た153社からのものである。それと並行してインタビュー調査も行った。まず、日本の自動車部品産業への3次元CADシステムの導入傾向を見ると、85-90年に36.91%、91-95年に58.37%、そして96-99年に85.91%と導入率が増加していた。このような傾向は、カー・メーカーの導入時期より5年くらいのタイムラグをおいて導入された。つまり、カー・メーカーの導入以降、90年代に入ってからサプライヤーの本格的な導入があったと言える。また、部品別に見ると構造的に部品間の干渉問題が多い車体部品などを中心に先に導入された。3次元CADの導入が製品開発にどのようなインパクトを与えるのかについては、3次元CADの利用、システム間の互換性、オンライン率と開発活動(コミュニケーションの頻度、試作レビューの回数)、リードタイムとの間の関係を分析してみた。その結果は以下の通りである。(1)サプライヤーの製品開発への3次元CADの利用は、カー・メーカーのシステムの互換性とオンライン化の増加と連動している。(2)3次元CADの利用の増加は必ずしもコミュニケーションの頻度の減少をもたらさない、むしろ増加させる傾向が見られる。(3)製品開発における3次元CADは設計試作や量産試作の減少、リードタイムの短縮に影響を与える。しかし、その効果は製品(部品)によって異なる。例えば、最近の変化を見ると、電装部品は開発への3次元CADの利用、オンライン率と互換性の増加によって、試作レビューがより確実になり、開発期間の短縮につながる、という効果が車体部品の場合よりも顕著だと考えられる。それは車体部品より、相対的に機能的・構造的な調整が容易であるという電装品の製品特性ゆえに、CADの利用は試作の回数の削減、ひいては開発期間の短縮に繋がっていると考えられる。一方、3次元CADの使用と関連して自動車部品メーカーが直面している問題は、3次元CAD自体の技術的な問題とマネジメント上の問題がある。まず技術的な問題としては、(1)ハードウェアや通信回線の負荷が大きすぎること、(2)ユーザーインターフェースや細かな機能に改善の余地が多くあること、(3)2次元図面に慣れた技術者がソリッドモデラーを扱うには障壁があることなどが挙げられる。マネジメント上の問題は(1)取引先(カー・メーカー)によって異なるシステムの採用による参入障壁、(2)エンジニアに対する体系的な教育の不足による技術的な不具合い、(3)エンジニアの無駄な作業の増加に対する管理が挙げられる。要するに、製品開発への3次元CADの利用はデザイン試作や量産試作の回数を減らし、開発リードタイムを短縮などの様々なインパクトを与えるが、部品の特性によってその効果は異なり、異なるマネジメントが必要とされるだろう。また、自動車部品産業では3次元CADの導入によって組織間のコミュニケーションの頻度を必ずしも減少させるとは限らない。むしろ、日本の開発パターンの特徴である、対面的なコミュニケーションは依然として重要である。部品と車全体とをマッチさせるという問題を本当に解決するには、製品開発プロセスと技術の統合的な管理が必要なのである。
著者
森 浩太 陳 國梁 崔 允禎 澤田 康幸 菅野 早紀
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2008-12

本稿は、日本における自死遺族の数の推計を試みる。自殺者の家族構成・親族関係に関する統計情報は存在していないため、本稿では日本の平均的な数値を基づいて推計を行う。主な結果としては、現在の日本では自殺者一人当たり5 人弱の遺族が存在するということ、現在日本には自死遺児(親を自殺で失った未成年者)の数はおよそ9 万人存在するということ、そして現在日本に存在する自死遺族全体の人数はおよそ300 万人であるということの3 点が挙げられる。
著者
チャールズ・ユウジ ホリオカ
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2002-04

大塚啓二郎, 中山幹夫, 福田慎一, 本多佑三編. 現代経済学の潮流2002. 東洋経済新報社, 2002, p. 23-45.
著者
Kobayashi Takao Sai Risa Shibata Kazuya
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2008-06

This study examines life-cycle optimal consumption and asset allocation in the presence of human capital. Labor income seems like a "money market mutual fund" whose balance in one or two years is predictable but a wide dispersion results after many years, reflecting fluctuations in economic conditions. We use the Martingale method to derive an analytical solution, finding that Merton’s well-known "constant-mix strategy" is still true after incorporating human capital from the perspective of "total wealth" management. Moreover, the proportion in risky assets implicit in the agent’s human capital is the main factor determining the optimal investment strategy. The numerical examples suggest that young investors should short stocks because their human capital has large market exposure. As they age, however, their human capital becomes "bond-like", and thus they have to hold stocks to achieve optimal overall risk exposure.
著者
岩本 康志
出版者
日本経済国際共同センター
巻号頁・発行日
2009-05

本稿では,行動経済学で着目されている行動の誤りの存在が,合理的な個人を前提としていた規範的な議論にどのような影響を与えるかを考察する。行動経済学で着目されている行動の誤りは,ただちに温情主義的政策を正当化するわけではない。行動経済学の知見は実は自由主義よりも温情主義の方に大きな影響を与えると考えられる。自由主義はもともと個人の合理性の限界を認識し,自由の価値を認める立場であるので,個人が合理的に行動しないという知見は,政府の能力の限界を裏付けるものである。また,研究者が他者の非合理性を科学的・客観的に確認できたとされる範囲はごくわずかであり,政策に応用できる分野は現在のところ限定されている。さらに,経済政策の対象となるのは,個人の非合理性そのものではなく,その行動が経済全体に対してもつ影響である。したがって,個人の非合理的な行動が社会的に望ましくない結果をもたらすという主張がされたとしても,それは個人の非合理的な行動をするという仮説と,行動が経済に与える影響についての仮説が一体となっている。そして,後者の仮説の検証には,伝統的な経済学による分析が引き続き重要な役割を果たす。以上のような留意すべき事項の存在は行動経済学が政策にとって無価値であることを意味するものではなく,こうした留意点を理解した上で行動経済学を政策に適用していく議論は,政策を大きく進化させる可能性を秘めている。行動経済学者が提唱している新しい温情主義の考え方は,伝統的な経済学における温情主義的政策の議論を大きく進化させることが期待される。