著者
西田 利貞 松本 晶子 保坂 和彦 中村 美知夫 座馬 耕一郎 佐々木 均 藤田 志歩 橋本 千絵
出版者
(財)日本モンキーセンター
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

文化とされるチンパンジーの地域変異行動の学習・発達過程、伝播経路、習得率や、新奇行動の発生頻度と文化定着率を、タンザニア、マハレ公園のM集団を対象にビデオを用いて調査した。アリ釣りは3歳で始まり、5歳でスキルが向上し、7-8歳で完成する。対角毛づくろい(GHC)も社会的に学習され、相手は5歳頃母親に始まり、次に大人雌、9歳頃に年長雄となり、認知的に困難とされる道具行動より遅れて出現する。多くの文化行動は5歳以上のほぼ全員で確認したが、年齢や性に相違のある行動もある:葉の咬みちぎり誇示をしない雌がいる、灌木倒しは雄に限られ、水中投擲や金属壁ドラミングは大人雄のみなど。新奇行動のうち、赤ん坊の首銜え運搬、腹たたき誇示や水鏡行動は少なくとも他の1個体に社会的に伝播したが、まったく伝播しなかった行動もある。腹叩き、飲水用堀棒、乳首押さえなどの新奇行動は、個体レベルでは3-10年続くが、伝播せずに廃れる可能性が高い。一方、スポンジ作りやリーフ・スプーン、葉の口拭き、落葉かき遊びなどの新奇行動を示す個体は次第に増え、社会的学習に基づく流行現象と考えられた。覗き込みは子供の文化習得過程の1つで、採食、毛づくろい、怪我の治療、新生児の世話が覗かれる。年少が年長を覗く傾向は学習説を支持するが、大人の覗き込みは、他の社会的機能も示唆する。親子間や子供同士での食べ残しの利用は、伝統メニューの伝播方法の1つだ。新入雌が直ちに示すGHCなどの行動は、地域個体群の共通文化らしい。移入メスの急速なヒト慣れも、M群の態度を習得する社会化の過程と考えられた。ツチブタ、ヒョウなどM集団が狩猟しない動物の死体を食べないのは、文化の保守的側面であろう。一方、ヒヒがM集団の新メニューに加わる新奇行動の定着例もある。尿・糞によるDNA父子判定によると、子供の半数の父親が第1位雄で、集団外雄が父親になる可能性は低い。父子間の行動の比較が、今後の課題である。Y染色体多型分析から、Mと北集団の雄の祖先共有が示された。収集資料:DVテープ750本、写真1万枚、野帳220冊、骨格3体、昆虫標本900点、尿標本112個、糞標本139個。
著者
河合 雅雄 ベケレ A. ワンジー C. 大沢 秀行 宮藤 浩子 岩本 俊孝 庄武 孝義 森 明雄 WANZIE Chris S. BEKELE Afework
出版者
(財)日本モンキーセンター
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

初年度は、エチオピア南部ワビシェベリ河流域で調査を行った。ワビシェベリ河に沿った地域でも雑種化が起こっている。雑種は、クラインをなしている。2種の境界域のマントヒヒ側では、はっきりした雑種(=両種が半々の雑種)域は狭いが、低い雑種化の程度で、広範囲に雑種化が起きている。それは、オトナのアヌビスヒヒ、あるいはアヌビスヒヒに近い雑種ヒヒが、ソリタリ-として非常に遠くまで移動しているためである。以上、アヌビスヒヒが、マントヒヒのオスのワン・メイル・ユニットを越えて、交雑するのは、困難だが、不可能ではないようだ。バレ地方のマントヒヒは、これまでのどの報告よりも高度の高い乾燥地帯(2400m)に生息しており、その高度はゲラダヒヒの生息域である。マントヒヒのアクティヴィティや食性を調べ、社会的適応過程に対する基礎的資料を得た。彼らは低地川辺林に棲む他のマントヒヒに比べ、遊動に長時間を費やしている。これは、高度が高く果実のなる木が少ないためで、それを求める移動である。これ以上の移動時間の増加は、社会行動を犠牲にすることであり、その意味でこの地は、彼らの社会の維持の限界である。今後、彼らの系統、生息環境への適応過程、あるいは、同所的に棲むゲラダヒヒとの棲み分けの問題を検討する上で、貴重な観察結果である。マントヒヒの群れの動きは、大きなまとまったグル-プを作って広範な地域を移動しており、ユニット単位に分解して、別々の地域へ出現することは非常に少なかった。しかし、一つの地域内で見れば、崖の下側、あるいは、崖の中腹での群れの広がりには、ワン・メイル・ユニットを含め、いろいろなサイズのグル-プの下部単位を見ることができた。さらに、マントヒヒの群れでの音声の分析から、社会構造を調べ、複雑な重層社会の様相を明らかにしつつある。平成3年度は、エチオピア南部の治安が悪く、調査が困難だった。そのため、マントヒヒと同じく重層社会をつくるゲラダヒヒをエチオピア北部で調査した。これは、我々が、エチオピア南部で発見したゲラダヒヒの新しいポピュレ-ションと北部のポピュレ-ションの比較するための基礎資料を得ることを目的としている。アジスアベバの北140kmの高地平原の東の端アボリアゲル村の崖に棲むゲラダヒヒの群れ(ショワ州)を調査した。群れは、1カ月半かけて人付けし、個体から5mの距離で観察できるようになった。158頭からなる群れで、これまで調べられたセミエン国立公園と較べ、オトナのオスの割合が著しく低かった。そのためワン・メイル・ユニット当たりのオトナのメスは、8頭程度で、これまでの2倍だった。これまでの観察とは異なり雄グル-プには、オトナのオスが含まれず、ワン・メイル・ユニットには、セカンド・オスもいなかった。さらに、1つのユニットは、オトナのオスを含まず、メスとこどもたちだけで構成され、オスなしユニットとして持続した。以上から、グラダヒヒのワン・メイル・ユニットを成立させている機構のうち、オス間の競合を取り去った場合を検討でき、その条件下での群れの社会構造の特徴を検討した。庄武孝義は、これまで血液サンプルが全く得られていなかった、アジスアベバの北800kmセミエン国立公園で、グラダヒヒの捕獲を行った。53頭の捕獲を行ったが、そのうち、43頭の血液サンプルを得ることができた。血液サンプルは、直ちにアジスアベバ大学の生物学教室に運び、赤血球、白血球、血漿に分離し、-20度Cで帰国時まで保存した後、凍結状態で日本に持ち帰った。ショワ州のゲラダヒヒとセミエンのものとは亜種が違うとされるが、今回得られたサンプルと、以前ショワ州のフィッチェで庄武が得た血液タンパク質の遺伝的変異の結果とを比較することで、ゲラダヒヒの地域集団の遺伝学的違いを検討する。大沢秀行は、カメル-ン国、サハラ南縁地域で、パタスモンキ-の社会行動、繁殖行動の研究を行った。群れ外オスによる盗み交尾およびその直後に加えられるハレム・オスによる精子混入、それに対する盗み交尾オスによる妨害など、繁殖をめぐるオス間の競争の実態を見た。以上、乾燥地帯でのワン・メイル・ユニット成立の基盤を明らかにした。