- 著者
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井上 英治
井上-村山 美穂
高崎 浩幸
西田 利貞
- 出版者
- 日本霊長類学会
- 雑誌
- 霊長類研究 Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.25, pp.50, 2009
チンパンジーの第1位オスは,在位期間に受胎した3割以上の子供の父性を確保していることが多くの調査地で知られている。タンザニア,マハレ山塊国立公園の第1位オスの在位期間は平均5年強であるが,M集団のNTは,1979-91年,1992-95年の計15年間第1位オスであった。在位期間が長いと残した子供の総数も多いと考えられる。そこで,NTの繁殖成功を解明するため,父子判定を行なった。1995年以前に採取されたNTを含む21頭のワッジおよび毛からDNA抽出を行ない,マイクロサテライト8領域の遺伝子型を決定した。すでにM集団で1999年以降に採取された試料をもとに決定していた54頭の遺伝子型と合わせ,1981-96年に生まれた15頭の父子判定を行なった。このうち,NTの子供は1頭のみであり,他の14頭の父親であることは否定された。同集団で1999-2005年に生まれた子供の父子判定では,第1位オスが45%の子供の父親であったので,第1位オスの繁殖成功が低いことはこの集団の特徴とは言えない。NTの繁殖成功が低かった理由として,2つの可能性が考えられる。1つは,NTが第1位であるときM集団の個体数が90頭前後と多く,発情するメスの数およびライバルとなるオスの数が多かったために,交尾を独占できなかったと考えられる。もう1つは,NTは推定24歳で第1位になり,1981年ですでに26歳になっていたことである。他集団において,20歳以下の繁殖成功が高いことが知られているため,年齢が影響したことも考えられる。過去に保存していた貴重な試料を解析することにより,長期間第1位であったオスが在位期間中に多くの子供を残していなかったことが示された。