著者
堀田 昌寛 遊佐 剛
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.9, pp.613-622, 2014-09-05 (Released:2019-08-22)

現在広範なテーマを巻き込みながら,量子情報と量子物理が深いレベルから融合する量子情報物理学という分野が生まれ成長しつつある.なぜ様々な量子物理学に量子情報理論が現れてくるのだろうか.それには量子状態が本質的に認識論的情報概念であるということが深く関わっていると思われる.ボーアを源流とする認識論的な現代的コペンハーゲン解釈は量子情報分野を中心に定着してきた.この量子論解釈に基づいた量子情報物理学の視点からは存在や無という概念も認識論的であり,測定や観測者に対する強い依存性がある.本稿ではこの「存在と無」の問題にも新しい視点を与える量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation;QET)を解説しつつ,それが描き出す量子情報物理学的世界観を紹介していく.QETとは,多体系の基底状態の量子縺れを資源としながら,操作論的な意味のエネルギー転送を局所的操作と古典通信(Local Operations and Classical Communication;LOCC)だけで達成する量子プロトコルである.量子的に縺れた多体系の基底状態においてある部分系の零点振動を測定すると,一般に測定後状態の系は必ず励起エネルギーを持つ.これは基底状態の受動性(passivity)という性質からの帰結である.このため情報を測定で得るアリスには,必ず測定エネルギーの消費という代償を伴う.またアリスの量子系は量子縺れを通じてボブの量子系の情報も持っている.従ってアリスは,ボブの系のエネルギー密度の量子揺らぎの情報も同時に得る.これによって起こるボブの量子系の部分的な波動関数の収縮により,測定値に応じてアリスにとってはボブの量子系に抽出可能なエネルギーがまるで瞬間移動(テレポート,teleport)したように出現する.一方,この時点ではまだボブはアリスの測定結果を知らない.またアリスの測定で系に注入された励起エネルギーもまだアリス周辺に留まっており,ボブの量子系には及んでいない.従って対照的にボブにとってはボブの量子系は取り出せるエネルギーが存在しない「無」の状態のままである.このように,現代的コペンハーゲン解釈で許される観測者依存性のおかげで,エネルギーがテレポートしたように見えても因果律は保たれている.非相対論的モデルを前提にして,系のエネルギー伝搬速度より速い光速度でアリスが測定結果をボブに伝えたとしよう.アリスが測定で系に注入したエネルギーはボブにまだ届いていないにも関わらず,情報を得たボブにも波動関数の収縮が起こり,自分の量子系から取り出せるエネルギーの存在に気付く.そしてボブは測定値毎に異なる量子揺らぎのパターンに応じて適当な局所的操作を選び,エネルギー密度の量子揺らぎを抑えることが可能となる.その結果ボブは平均的に正のエネルギーを外部に取り出すことが可能となる.これがQETである.このQETは量子ホール系を用いて実験的に検証できる可能性が高い.一方,相対論的なQETモデルはブラックホールエントロピー問題にも重要な切り口を与える.

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https://t.co/ShCg6aLhv2 堀田先生に紹介頂いた記事を読んでみた 途中トポロジカル絶縁体と量子情報の関連にも軽く触れられていてとても面白く読めた 物性以外なら量子情報をやりたいな その次に非平衡統計力学かな
https://t.co/hACPSg2MSG これ読んでようやくQETのさわりがわかってきたかも 新しいことが多くて咀嚼しきれていない
量子エネルギーテレポーテーション https://t.co/NgsOQFV7rw
日本物理学会誌は宝の山。量子エネルギー転送!https://t.co/L57rvShaO6 基底状態に対して何らかの測定をするとエネルギーを注入することになる。遠く離れて、でも量子もつれの状態にある別の場所でこのエネルギーを取り出すことは可能。ただし測定値を知っている場合のみ。不思議な気がするけど納得。
https://t.co/0YmEVc7n5C 量子エネルギーテレポーテーションの記事を読んだ感想 ????????????????????????????????
メモ>J-STAGE Articles - 量子エネルギーテレポーテーション(<シリーズ>量子論の広がり-非局所相関と不確定性-, 解説) https://t.co/f258J9Cvh8
日本物理学会誌に掲載されている量子エネルギーテレポーテーション(quantum energy teleportation, QET)の紹介記事です。情報理論としての量子力学の解説から始まり、物理学における無と存在の問題、そして無と有を情報とエネルギーの関係で繋ぐQETの概念を書いてます。https://t.co/2alUIvpYf9
量子エネルギーテレポーテーション(quantum energy teleportation, QET)は、量子真空状態や量子多体系の基底状態の零点エネルギーを、他の地点の測定と古典通信を使って外部に取り出す機構です。最近カナダと米国の大学でその実験が成功しました。海外で注目されています。 https://t.co/2alUIvpYf9
「物理学で無とは量子場の真空状態を指す.量子情報物理学はその本来の属性により存在と無という哲学的問題にも深い理解を与える.本稿ではこの問題に絡んだ量子情報物理学的現象として量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation;QET)を取り上げる」 https://t.co/eqj0xXpQE4
日本語の記事は下記をご参照ください。 「量子エネルギーテレポーテーション」 (量子論の広がり-非局所相関と不確定性-, 日本物理学会誌) https://t.co/2alUIvpYf9
@kafukanoochan QET理論はこれですかね。読んでみます https://t.co/DMHgHnkvjb
物理学会誌に書いた量子エネルギーテレポーテーションの日本語の記事は下記から読めます。 https://t.co/2alUIvpYf9
東北大で量子ホール系を使った量子エネルギーテレポーテーション(QET)実験を予定されてる遊佐剛さんとの共著での物理学会誌の記事のpdfが、無料でダウンロードできます。このQETは最近菊池さんがご自分のSF作品のモチーフに使って下さいました。 https://t.co/2alUIvH1h9 https://t.co/z4PN26T8NZ
「またアリスの測定で系に注入された励起エネルギーもまだアリス周辺に留まっており,ボ ブの量子系には及んでいない. 従って対照的にボブにとってはボブの量子系は取り出せるエネルギーが存在しない「無」の状態のままである.」 https://t.co/eqj0xXGTG4
東北大で量子ホール系を使った量子エネルギーテレポーテーション実験を予定されてる遊佐剛さんとの共著での記事です。無料でpdfがダウンロードできます。 J-STAGE Articles - 量子エネルギーテレポーテーション(<シリーズ>量子論の広がり-非局所相関と不確定性-, 解説) https://t.co/wQMBDdvW7M

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