著者
一ノ瀬 仁志 木下 裕久 中根 允文 三根 真理子 太田 保之
出版者
長崎大学
雑誌
長崎醫學會雜誌 : Nagasaki Igakkai zasshi (ISSN:03693228)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.222-225, 2006-09
被引用文献数
1

長崎原爆投下時に爆心地から半径12km以内であって被爆者援護法で指定されていない地域に居住または滞在していた住民(以下,「被爆体験者」とする)は,放射線の推定線量から判断して,身体的な健康に影響は保有していないとされてきた。しかしながら,被爆体験者の被爆体験に起因する精神的・身体的影響が現在においても存在する可能性が否定できないことから,平成12年度に厚生労働省は国立精神神経センターを中核とした研究班を立ち上げ,調査時点で半径12km以内に居住する被爆体験者の精神的・身体的状態に関する疫学調査を行った。この調査によって,被爆体験者は,原爆投下と放射能被害に基づく精神的不安(トラウマ)が原因となって,今日においても精神的・身体的な悪影響を受けていることが確認された。この結果を受けて我々は,現在半径12km以遠に居住する被爆体験者においてトラウマがどのような精神的・身体的な影響を与えているかを分析するための実態調査を行なった。この調査では,平成12年度の国立精神神経センターが行った調査方法を踏襲する形式で行い,国立精神神経センターが得た調査結果との間で比較検討を行うことによって,半径12km以遠に居住する被爆体験者のトラウマが現在の精神的・身体的健康状態にいかなる影響を与えているのかを分析した。
著者
三根 真理子 本田 純久 柴田 義貞 三根 真理子
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

長崎市在住の原爆被爆者1237人を対象に、被爆時の状況や被爆体験に関する面接聞き取り調査を1997年に行なった。本研究では、被爆から50年以上が経過した現在においてもなお残る「こころの傷」の全体像を把握するために、同調査から得られた口述記録をテキスト型データ解析の方法を用いて分析を行なった。解析対象は1237人中、性別、年齢、GHQ-30、被爆距離の項目がすべて判明している928人とした。まず、テキスト化された口述記録を"要素"(例えば、「原爆」、「ピカッ」、「死体」、「やけど」、「後悔」)に分解した。同じ意味を持つひらがな、カタカナ、漢字での表記はまとめ、関係のない単語は除外した。方言や表現の違いは同じ"要素"としてまとめた。例えば「光」、「光って」、「ピカドン」、「ピカッ」、「ピカー」は「光」という"要素"とした。また「燃えよった」、「燃えよる」、「燃えてる」は「燃える」という"要素"とした。最も出現頻度が高かった"要素"は「原爆」で口述記録の90%を占めていた。ついで「死んだ」が73.5%、「母」が67%であった。次に身体的なもの(火傷、怪我、病気など)、悲惨な状況をあらわす景色(ガラス、爆風、火事など)、家族、こころ、混乱状態、その他にグループ化し、被爆体験を構成する"概念"を抽出した。被爆体験に関する"要素"や"概念"が各対象者の口述記録に現れる頻度と、要素間あるいは概念間の相関関係を調べた。さらに性別や被爆時の年齢、被爆距離といった対象者の属性により"要素"の出現頻度を比較した。また1997年の聞き取りの際に行なったGHQ(General Health Questionnaire)-30項目質問紙調査の結果と、被爆体験に関する"要素"の出現頻度との関連を調べることで、精神的健康状態との関連についても検討を行なった。
著者
中根 允文 本田 純久 高田 浩一 三根 真理子 朝長 万左男
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

長崎市にて生活している原子爆弾被爆者(原爆被爆者手帳の保有者)はおおよそ5万人いるが、彼らについて科学的方法論に則って詳細な疫学研究は未だ行われてこなかった。われわれは、原爆投下から50年を経過してこの被爆者における精神的な負担の程度を知り、且つ精神障害の有病率を明らかにすることによって、現在彼らが如何なる精神保健支援を必要としているかを探ろうとした。対象は調査期間内に被爆者健康診断を受診してくる被爆者のうち、本研究に参加の同意が表明された者で、彼らに全般健康調査12項目版(GHQ-12)でスクリーニングを施行し、二次調査としてCIDI面接、および三次調査として精神科医による臨床面接が実施された。協力の得られた事例は7,670名(男性3,216名、女性4,454名)である。一次調査の結果として、GHQ-12における高得点者の頻度は9.3%であり、性別・年齢階層別に全く同一の頻度ではないものの有意な差を見るほどではなかった。これを被ばく距離別に見たとき、近距離被爆者(〜2km)が他の被爆距離群の者より高い平均得点を示し、また高得点者も多いことが確認された。次にこの一次調査のスコアをもとに二次調査(参加協力者は225名)・三次調査対象(同212名)が抽出されたが、彼らに見られた精神障害のうち最も頻繁に見られた診断はF4「神経症性、ストレス関連性、および身体表現性の障害」であり、中でも身体表現性障害・他の不安障害の亜型が目立った。次に多かったのはF3「気分(感情)障害」で、特にうつ病圏患者が目立って多かった。今回の多数の協力をもとに、被爆者における精神疾患の有病率を推算してみると、最低の11.59〜19.59%までの幅があった。日本においては、こうしたデータの報告が全くと言っていいほどに見られないので、同値が低率なのか高率なのかを判断できない。われわれは、一般内科外来を受診した患者について全く同じ方法論でもって調査研究を行い、20%を越える有病率であったことを報告している。それに比すと、やや高率であることが窺われる。ただ、今後も詳細な疫学研究を継続することによって、適切な解釈が可能となるであろう。更に、こうした頻度に影響する要因の解明も必要であり、今後は心理社会的背景を綿密に調査していく予定にしている。