著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.79, pp.77-93, 2004-02
著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.135-150, 2008-03

ギリシア悲劇の競演の最終審査は、予選通過者3人がそれぞれ一日に4篇の劇を上演して競われるが、その4番目に上演される劇はサテュロス劇であるのが通例である。サテュロス劇とは、山野の精サテュロスが合唱隊に扮して幾分品の悪い下ネタで笑いを取る短い笑劇である。ここに取り上げる『アルケスティス』は、サテュロスは登場しないものの4番目に上演された劇であるゆえに、古来サテュロス劇の代替作品と見なされてきた。 本稿は、そのサテュロス劇的要素を劇中に探りながら、同時に作者エウリピデスが唯一残存するサテュロス劇『キュクロプス』で見せた笑劇の背後の真摯な人間観、また鋭い時代意識が本編にも見られるかどうか、主要人物アルケスティス、アドメトスの死生観をもとに考察する。
著者
丹下 和彦 Kazuhiko Tange
出版者
関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部
雑誌
研究論集 = Journal of Inquiry and Research (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.87-99, 2012-03

小論はエウリピデスの悲劇『フェニキアの女たち』の作品論である。本篇の上演年代は不明であるが、作者晩年のものと見なされている。古代から人気作品として知られているが、それが作品の完成度と必ずしも一致しない。劇は冒頭から最後に至るまでテバイ攻防戦を巡る各場面が連続してパノラマ的に展開するが、それらを繋ぐ統一的なテーマが見つからない。同時上演の他の作品との関連から、息子たちに対するオイディプスの呪いをそのテーマに擬する説もあるが、小論はそれを採らない。また劇の初めと終わりに登場するアンティゴネ像に人間的成長を認めて、それを本篇の意義と捉える説も採らない。論者は、本篇は互いに内的関係に乏しい、そして統一的テーマに欠ける各場面のパノラマ的展開の劇であり、その展開の妙こそが人気の源であったとする。
著者
丹下 和彦
出版者
京都大学西洋古典研究会
雑誌
西洋古典論集 (ISSN:02897113)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.81-103, 1994-03-30

この論文は国立情報学研究所の学術雑誌公開支援事業により電子化されました。
著者
丹下 和彦 Kazuhiko Tange
出版者
関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部
雑誌
研究論集 = Journal of Inquiry and Research (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.89, pp.103-116, 2009-03

他の悲劇作品同様、本篇もギリシアの古い伝承をその素材としている。しかしそこに描かれているのは、現代のわたしたちの周囲にもしばしば見られる日常風景、その中でも家庭内不和の物語である。ネオプトレモス家の正妻ヘルミオネと第二夫人アンドロマケとの女たちの葛藤が物語の筋をなすが、作者の意図は彼女らそれぞれの悲劇的人間像を構築することではない。題名となったアンドロマケも、またヘルミオネも劇の中途で舞台から姿を消してしまう。 一方、劇中に散見される激しいスパルタ批判は、この劇を政治色の濃いもの、時代背景を色濃く反映するものとの見方を生んだ。確かにそれは否定し難いけれども、本篇はしかし、いわゆるプロパガンタ劇でもない。これは、婚姻という最小の人間関係に端を発する日常次元の人間の家庭内悲劇を描いた作品である。
著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.87-99, 2012-03

小論はエウリピデスの悲劇『フェニキアの女たち』の作品論である。本篇の上演年代は不明であるが、作者晩年のものと見なされている。古代から人気作品として知られているが、それが作品の完成度と必ずしも一致しない。劇は冒頭から最後に至るまでテバイ攻防戦を巡る各場面が連続してパノラマ的に展開するが、それらを繋ぐ統一的なテーマが見つからない。同時上演の他の作品との関連から、息子たちに対するオイディプスの呪いをそのテーマに擬する説もあるが、小論はそれを採らない。また劇の初めと終わりに登場するアンティゴネ像に人間的成長を認めて、それを本篇の意義と捉える説も採らない。論者は、本篇は互いに内的関係に乏しい、そして統一的テーマに欠ける各場面のパノラマ的展開の劇であり、その展開の妙こそが人気の源であったとする。
著者
丹下 和彦
出版者
大阪市立大学
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.1115-1140, 2000

VI. 第2スタシモン(863~910行) : 四つのスタンザからなる。まずストロペー1では人知によらぬオリュンポスを父とする天上の掟の存在が告げられ, その掟に従って言動いずれも清らかに過ごす定めが我とともにあるようにと歌われる。……
著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.97, pp.111-123, 2013-03

本篇は、古来作者以外の人間の手になる改竄の痕が著しいと見なされ、現代に至るまで多様なテクスト校訂の対象となっている。しかしディグル校訂のOCT版を底本とする本稿は底本の示すところを対象とする作品解釈を専らとし、テクスト校訂の問題には立ち入らない。 本篇には一貫した人物像を結べない登場人物が多い。とつぜん変心するメネラオス、曖昧な言動に終始するアキレウス、さらには直前まで死を厭う姿を見せながらとつぜん変心して犠牲死を受け入れるイピゲネイアがそれである。これは作者の人物造形力の弛緩と、その結果としての人物像の破綻であるとしか言いようがない。ただイピゲネイアの「決心」は、そうした人物像や劇の問題点を一挙に解消する力を持っており、またそれと同時に劇にエンターテインメント性を付与する役割を果たしている。
著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.73-87, 2010-03

本編は劇の中途に神が顕現するという特異な構造を持ち、そのために起きる主人公ヘラクレスの狂気の解釈と絡めて劇の統一性が問題となっている。また劇の末尾ではアテナイ王テセウスが登場し、ヘラクレスに昔受けた恩義のお返しとして篤い友情を示す。そこではまたヘラクレスを慰撫激励するためにテュケー(運、めぐり合わせ)の概念が呈示される。以上の劇内容を通観しながら、「英雄にして神」という従来のヘラクレス像から「英雄にして人間」ヘラクレス像へと視点を転換させることによって、作者の本編に込めた意図を読み解く。