著者
井川 雅子 山田 和男 池内 忍
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.3-12, 2014-12-25 (Released:2016-01-26)
参考文献数
65

口腔顔面部の特発性疼痛には,歯科治療を契機とするものが多いが,侵害刺激が加えられていないにもかかわらず発症するものもある.このような症例の中には,明らかな器質的異常が認められないにもかかわらず,日常生活が続けられないほど重症化する例もまれではない.このような特発性疼痛は,従来は神経障害性疼痛,下行性疼痛抑制系の機能不全,また中枢の感作などでその機序を説明することが試みられていたが,一方で,近年の脳機能画像研究の発達により,組織損傷が存在しなくても疼痛が発現しうることが明らかにされつつある.すなわち,侵害刺激ではなくても,個人にとって著しい脅威や不快と感じられるような刺激にさらされた場合に,関連する脳領域が過剰に活動し始めることによって,慢性疼痛に陥ってゆく可能性があるということであり,口腔顔面部の特発性疼痛の発症の機序を考える上で大きな手がかりになると思われる.本稿では,特発性疼痛の機序に関する最近の脳科学的研究の知見について解説を行い,われわれが経験した2症例を供覧する.症例1:74歳,女性.医師に舌がんを示唆された直後から特発性顔面痛を発症し摂食不能となったため,発症から3か月目に胃瘻を造設した.症例2:81歳,女性.上顎左右臼歯部に6本のインプラントを埋入した直後から,上顎左側中切歯に特発性歯痛と全身の不全感を発症し,寝たきりとなった.いずれも劇症ではあるが,三環系抗うつ薬により速やかに治癒した.
著者
井川 雅子 山田 和男
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.17-22, 2017 (Released:2019-04-24)
参考文献数
32

身体の様々な部位の異常感を奇妙な表現で訴える症例を,一般にセネストパチー(cenesthopathy)と呼ぶ.歯科を受診する本疾患の患者のほとんどは高齢者で,口腔内の異常感を単一症状的に訴える狭義のセネストパチーである.セネストパチーは従来より難治と考えられてきたが,その半数は治療で改善するという報告もある.本報告では向精神薬が著効した3例を供覧し,その病態生理と治療法について考察する.症例の概要:①65歳,男性.歯肉から糸やコイル状の金属が出ると訴えていた.アリピプラゾール6mg/日で9か月半後に症状はほぼ消失した.②60歳,男性.上顎左側側切歯から左胸部にかけて“神経の糸”のようなものがつながっており,ぐるぐる回ると訴えていた.うつ病治療のために服用していたアミトリプチリン50mg/日に,新たにリスペリドン1mg/日を加えたところ1年後に症状はほぼ消失した.③45歳,女性.下顎左側臼歯部に痛みの電流が流れ円を描いて回っていると訴えていたが,アミトリプチリン75mg/日で3か月後に症状はほぼ消失した.考察:高齢者に多い口腔内セネストパチーには,統合失調症圏またはうつ病圏の病態に加え,加齢に伴う脳器質的変化が体感異常に関与している可能性がある.結論:治療の第一選択として向精神薬療法を用いること,また治療薬としては,抗精神病薬のみではなく,抗うつ薬も選択肢に入れることを検討すべきであろう.
著者
井川 雅子 山田 和男
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.21-31, 2010 (Released:2011-03-14)
参考文献数
35
被引用文献数
1

非定型歯痛(AO),非定型顔面痛(AF),舌痛症,口腔内灼熱性疼痛(BMS)は,器質的原因がほとんど認められず,心理的要因と強く関連して発症する傾向が高いことから,心因性疼痛,疼痛性障害,Functional Somatic Syndromes,特発性疼痛などという用語が用いられてきた.しかしながら,近年の脳科学の研究から,特発性疼痛のメカニズムの解明が進み,侵害刺激の入力がなくても,心理的要因(情動や認知)や過去の経験などが直接脳に作用して痛覚認知を修飾し,慢性疼痛の状態に陥る可能性があることがわかってきた.また,これらが中枢性の疼痛であることから,抗うつ薬や認知行動療法が奏効する可能性が高いことも示唆されている.本論文ではこれらの概念と,著者らが行っている薬物療法を具体的に解説する.第一選択は三環系抗うつ薬のアミトリプチリンであり,平均約80mg/dayを使用する.三環系抗うつ薬単独で奏効しない場合でも,抗精神病薬や炭酸リチウム,バルプロ酸ナトリウムなどの追加による増強療法で効果が得られる場合が多い.また,これらの特発性疼痛は再発する傾向があるため,再発予防のためには,疼痛が消失した後も約6か月から1年間の維持療法を行う必要がある.著者らは,舌痛症やBMSは,AOやAFに比較して治りやすいという印象をもっている.しかし,特に高齢者の難治性の舌痛症の中には,認知力やIQが低下した患者が散見され,数年後に認知症が顕在化する症例もある.治療のゴールを設定するためにも診断時に鑑別が必要であると考えている.
著者
和嶋 浩一 井川 雅子 矢崎 篤 三田 雅彦 住井 裕 木津 真庭 小飼 英紀 鈴木 彰 藤岡 健 野本 種邦
出版者
特定非営利活動法人 日本口腔科学会
雑誌
日本口腔科学会雑誌 (ISSN:00290297)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.764-772, 1988-07-10 (Released:2011-09-07)
参考文献数
10

The purpose of this study was to clinicaly evaluate the efficacy of an antianxiety Etizolam (Depas®) on temporomandibular joint disorders. The subjects were 33 patients (10 males and 23 females, average 34 years 5 months) with myogeneous complaints. Etizolam was administered in a daily dose of 1.5 mg (0.5 mg × 3 times), and all subjects didn't take any other treatment for 2 weeks.1. The efficacy rate of all subjects was 76%.2. As a result of analysing efficacy according to chief complaints, the efficacy rate was a high 100% for a group suffering from stiff neck and shoulder, 92% and for a group with opening pain at the TMJ.3. As a result of analysing improvements of each sign and symptom, the efficacy rate was a high 92 % for headache, a high 88%, 81%, and 80% respectively, for tenderness of the temporal muscle, masseter muscle, and sternocleidomastoid muscle, and a high 84% for mouth opening pain.Statistically significant differences (p<0.01) were found in the above signs and symptom between before and after treatment.4. The efficacy rates of joint sound and trismus were a low 43% and 40%, because some cases of joint sound and trismus were caused by the internal derangement of the TMJ, and generally, internal derangement of the TMJ doesn't respond to drug treatment.5. Side effects were observed in 3 cases, such as slight sleepiness.6. It is suggested that Etizolam is a usefull drug for treatment of temporomandibular joint disorders, except in cases of chronic internal derangement of the TMJ
著者
池田 浩子 今井 昇 井川 雅子 岩井 謙 道端 彩 高森 康次
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.55-63, 2017 (Released:2019-04-24)
参考文献数
34

症例の概要:72歳男性.咀嚼時の両側咬筋の疲労感・開口障害による咀嚼困難を主訴に口腔外科を受診した.顎跛行,開口障害,複視,めまい,体重減少,間歇的な頭皮の痛みなどの症状が認められたため,精査目的に専門施設(神経内科)を紹介した.頸動脈エコー,側頭動脈生検の結果,巨細胞性動脈炎と診断された.ステロイド治療が施行され,速やかに症状の改善が認められた.考察:巨細胞性動脈炎は頭痛以外にも多彩な症状を呈する.顎顔面領域にも顎跛行や開口障害など様々な症状が発現するため歯科を受診する可能性も高いと考えられる.巨細胞性動脈炎が呈する症状のうち,顎跛行,複視,側頭動脈の拡大・圧痛・拍動消失は陽性尤度比の高い症状とされており,そのような症状が認められた場合は速やかに専門施設へ紹介することが重要である.そのためには歯科医師も巨細胞性動脈炎の病態を正確に理解しておく必要性があると考えた.結論:顎跛行および開口障害を主訴に口腔外科を受診し複視,めまい,体重減少,間歇的な頭皮の痛みおよびリウマチ性多発筋痛症の合併も考慮された巨細胞性動脈炎の症例を経験した.
著者
村岡 渡 井川 雅子 今井 昇 池内 忍 朝波 惣一郎 中川 種昭
出版者
Japanese Society of Oral and Maxillofacial Surgeons
雑誌
日本口腔外科学会雑誌 (ISSN:00215163)
巻号頁・発行日
vol.50, no.10, pp.585-588, 2004-10-20 (Released:2011-04-22)
参考文献数
19
被引用文献数
1 2

Temporal arteritis, also referred to as giant cell arteritis, is a rare disease in Japan. The epidemiological investigation performed by the Ministry of Health and Welfare in Japan in 1998 reported that temporal arteritis occurred at a frequency of 0.65 cases per 100, 000 population. The first symptoms, according to this report, were headache, usually in the temporal region, accompanied by fever, weight loss, and visual disturbance.A 78-year-old woman with temporal arteritis who had a chief complaint of jaw claudication is reported. Her symptoms at first consultation were bilateral temporal tenderness, funicular swelling of the superficial temporal artery, and an increased erythrocyte sedimentation rate. Because temporal arteritis was suspected, the patient was referred to a neurologist. After admission to the department of neurology, the right temporal artery showed an embolus on digital subtraction angiography and the left temporal artery showed constriction; a biopsy of the right temporal artery was therefore performed by an otolaryngologist. Histopathological examination showed a granulomatous inflammatory lesion with mononuclear cell infiltration associated with Langhans' type giant cells, involving mainly the tunica intima. By the early diagnosis of temporal arteritis and immediate steroid administration, these symptoms markedly improved within 48 hours, and no signs or symptoms have been observed subsequently.
著者
井川 雅子
出版者
一般社団法人 日本顎関節学会
雑誌
日本顎関節学会雑誌 (ISSN:09153004)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.44-50, 2018-04-20 (Released:2018-05-14)
参考文献数
17

2014年に発表されたDiagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders(DC/TMD)には「顎関節症による頭痛」が含まれており,顎関節症専門医が本頭痛の診断と治療をすることが期待されている。しかしながら,実際に診断を行おうとした場合,頭痛の非専門医である歯科医師にとって最も困難な作業は,診断決定樹や診断基準の最後に記されている,他の頭痛との鑑別であろう。顎関節症による頭痛と鑑別が必要な頭痛は多数あるが,本稿では,歯科医師の盲点となりやすい「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛:Medication-overuse headache:MOH)」について解説する。MOHは片頭痛あるいは緊張型頭痛を基礎疾患に有する,いわゆる「頭痛もち」の人が,急性期頭痛薬(鎮痛薬など)を頻回に服用することにより,慢性的に頭痛を呈するようになった状態である。頭痛は明け方,起き抜け時から生じ,締めつけられるような痛みや頭重感が毎日続き,顔面に痛みが拡大した場合は筋性の顎関節症,すなわち「顎関節症による頭痛」のようにみえることがある。薬に耐性が生じるため,原因薬物である鎮痛薬を服用しても頭痛は改善しない。3か月を超えて月15日以上頭痛がある人々の約半数はMOHであるため,該当する場合は鎮痛薬の使用状況を詳細に問診する必要がある。起因薬剤として,最も多いのは市販の鎮痛薬であり,次いで医療機関で処方される非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)が多い。治療は,①原因薬物の中止,②薬剤投与中止後に生じる反跳頭痛に対する治療,③頭痛の予防薬投与の3点が中心となる。「顎関節症による頭痛」にMOHが併存する場合は,本疾患の経験が豊富な頭痛専門医と連携して治療を行う必要がある。