著者
井川 雅子 山田 和男 池内 忍
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.3-12, 2014-12-25 (Released:2016-01-26)
参考文献数
65

口腔顔面部の特発性疼痛には,歯科治療を契機とするものが多いが,侵害刺激が加えられていないにもかかわらず発症するものもある.このような症例の中には,明らかな器質的異常が認められないにもかかわらず,日常生活が続けられないほど重症化する例もまれではない.このような特発性疼痛は,従来は神経障害性疼痛,下行性疼痛抑制系の機能不全,また中枢の感作などでその機序を説明することが試みられていたが,一方で,近年の脳機能画像研究の発達により,組織損傷が存在しなくても疼痛が発現しうることが明らかにされつつある.すなわち,侵害刺激ではなくても,個人にとって著しい脅威や不快と感じられるような刺激にさらされた場合に,関連する脳領域が過剰に活動し始めることによって,慢性疼痛に陥ってゆく可能性があるということであり,口腔顔面部の特発性疼痛の発症の機序を考える上で大きな手がかりになると思われる.本稿では,特発性疼痛の機序に関する最近の脳科学的研究の知見について解説を行い,われわれが経験した2症例を供覧する.症例1:74歳,女性.医師に舌がんを示唆された直後から特発性顔面痛を発症し摂食不能となったため,発症から3か月目に胃瘻を造設した.症例2:81歳,女性.上顎左右臼歯部に6本のインプラントを埋入した直後から,上顎左側中切歯に特発性歯痛と全身の不全感を発症し,寝たきりとなった.いずれも劇症ではあるが,三環系抗うつ薬により速やかに治癒した.
著者
井川 雅子 山田 和男
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.17-22, 2017 (Released:2019-04-24)
参考文献数
32

身体の様々な部位の異常感を奇妙な表現で訴える症例を,一般にセネストパチー(cenesthopathy)と呼ぶ.歯科を受診する本疾患の患者のほとんどは高齢者で,口腔内の異常感を単一症状的に訴える狭義のセネストパチーである.セネストパチーは従来より難治と考えられてきたが,その半数は治療で改善するという報告もある.本報告では向精神薬が著効した3例を供覧し,その病態生理と治療法について考察する.症例の概要:①65歳,男性.歯肉から糸やコイル状の金属が出ると訴えていた.アリピプラゾール6mg/日で9か月半後に症状はほぼ消失した.②60歳,男性.上顎左側側切歯から左胸部にかけて“神経の糸”のようなものがつながっており,ぐるぐる回ると訴えていた.うつ病治療のために服用していたアミトリプチリン50mg/日に,新たにリスペリドン1mg/日を加えたところ1年後に症状はほぼ消失した.③45歳,女性.下顎左側臼歯部に痛みの電流が流れ円を描いて回っていると訴えていたが,アミトリプチリン75mg/日で3か月後に症状はほぼ消失した.考察:高齢者に多い口腔内セネストパチーには,統合失調症圏またはうつ病圏の病態に加え,加齢に伴う脳器質的変化が体感異常に関与している可能性がある.結論:治療の第一選択として向精神薬療法を用いること,また治療薬としては,抗精神病薬のみではなく,抗うつ薬も選択肢に入れることを検討すべきであろう.
著者
松下 幸誠 和嶋 浩一 吉田 結子 野田 哲朗 尾上 正治 石井 宏
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.13-25, 2015-12-25 (Released:2016-05-27)
参考文献数
19

目的:この論文では疼痛構造化問診票とTMD+OFP診査表(脳神経検査含む)を用いた1人の歯痛を訴える患者の診断過程が述べられている.歯科医療に携わる者にとって歯痛診断は挑戦の連続である.また,その一方で歯痛診断は歯科医にしかできない.よって,他科との共同治療の面からも患者の現症や病歴などの情報としての診断は,その疾患の病態,治療法の知識と理解をも伴った正確なものでなくてはならない.しかしながら,臨床経験の浅い歯科医にとって,あるいは臨床経験豊かな歯科医にとっても複雑な症例を前にしたとき,それは困難な課題として専門家としての決断が揺らぐことも珍しくない.今回著者らは仮説演繹的な臨床診断推論手法と情報収集には疼痛構造化問診票,診査にはTMD+OFP診査表を用いて推論を行いその有効性を試験した.研究の選択:1名の下顎左側臼歯部の歯痛を訴える患者の診断を第1ステップ「包括的病歴採取」,第2ステップ「鑑別診断の列挙」,第3ステップ「鑑別の確認作業」,第4ステップ「鑑別診断の見直し作業」,第5ステップ「最終診断」の5つのステップで行った.また,第1ステップにおいては疼痛構造化問診票を,第3ステップではTMD+OFP診査表を用いた.結果:本症例は確定診断に至り,それによる治療法の選択で完治した.結論:疼痛構造化問診票とTMD+OFP診査表を用いた臨床診断推論により本症例の歯痛診断への有効性を確認した.
著者
井川 雅子 山田 和男
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.21-31, 2010 (Released:2011-03-14)
参考文献数
35
被引用文献数
1

非定型歯痛(AO),非定型顔面痛(AF),舌痛症,口腔内灼熱性疼痛(BMS)は,器質的原因がほとんど認められず,心理的要因と強く関連して発症する傾向が高いことから,心因性疼痛,疼痛性障害,Functional Somatic Syndromes,特発性疼痛などという用語が用いられてきた.しかしながら,近年の脳科学の研究から,特発性疼痛のメカニズムの解明が進み,侵害刺激の入力がなくても,心理的要因(情動や認知)や過去の経験などが直接脳に作用して痛覚認知を修飾し,慢性疼痛の状態に陥る可能性があることがわかってきた.また,これらが中枢性の疼痛であることから,抗うつ薬や認知行動療法が奏効する可能性が高いことも示唆されている.本論文ではこれらの概念と,著者らが行っている薬物療法を具体的に解説する.第一選択は三環系抗うつ薬のアミトリプチリンであり,平均約80mg/dayを使用する.三環系抗うつ薬単独で奏効しない場合でも,抗精神病薬や炭酸リチウム,バルプロ酸ナトリウムなどの追加による増強療法で効果が得られる場合が多い.また,これらの特発性疼痛は再発する傾向があるため,再発予防のためには,疼痛が消失した後も約6か月から1年間の維持療法を行う必要がある.著者らは,舌痛症やBMSは,AOやAFに比較して治りやすいという印象をもっている.しかし,特に高齢者の難治性の舌痛症の中には,認知力やIQが低下した患者が散見され,数年後に認知症が顕在化する症例もある.治療のゴールを設定するためにも診断時に鑑別が必要であると考えている.
著者
小林 大輔 小山 侑 清水 博之 杉山 健太郎
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.19-25, 2016-12-25 (Released:2017-04-12)
参考文献数
22
被引用文献数
1

目的:三叉神経痛の治療法はカルバマゼピン(以下CBZ)の投与である程度確立されているが,副作用で服用の中断を余儀なくされる症例や,抵抗性を示す症例に遭遇することがある.そのような症例の臨床的特徴が明らかになれば治療の一助となると考え,三叉神経痛患者の臨床的検討を行った.方法:2010年4月から2015年3月に東京都立多摩総合医療センター歯科口腔外科を受診した三叉神経痛患者48例について年齢,性別,罹患部位,頭部MRI所見,治療法,副作用について調査を行った.結果:初診時年齢は29~96歳で平均年齢は67.9歳であった.性別は男性が11例(22.9%),女性が37例(77.1%)であった.罹患部位は第Ⅱ枝が25例(52.1%)と半数以上を占めた.頭部MRI撮影を行った44例において18例(40.9%)で原因血管の同定が可能であり,うち上小脳動脈が9例(50.0%)と最も多かった.3例(6.8%)に脳腫瘍を認め,3例の内訳は聴神経腫瘍および髄膜腫,類上皮腫であった.CBZを投与した45例のうち,34例(75.6%)で症状が寛解したが,11例(24.4%)についてはCBZの内服のみでは症状は寛解せず,追加の治療を必要とした.CBZの奏効量は200mgが19例(55.9%)と最も多かった.副作用は14例(31.1%)に認め,最も多い副作用はふらつきで6例であった.結語:今回われわれは三叉神経痛患者48例について臨床的検討を行った.しかしCBZに副作用,抵抗性を示す症例に明らかな臨床的特徴は見出すことができなかった.
著者
安藤 祐子 山﨑 陽子 新美 知子 細田 明利 川島 正人 嶋田 昌彦
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.49-53, 2015-12-25 (Released:2016-05-27)
参考文献数
11

症例の概要:症例は50歳の女性.16か月前より右側舌根部に違和感を自覚するようになった.近医内科受診したところ,含嗽薬が処方されたが症状は改善しなかった.その後,近医内科で膠原病が疑われ血液検査を行ったが異常はなかった.症状は次第に右側舌縁部全体に拡大した.2か月前,近医歯科受診を経て本院口腔外科受診となった.細菌検査の結果はカンジダ陰性であった.軟膏および含嗽薬が処方されたが症状に変化がなかったため当科受診となった.初診時は右側舌縁部に灼熱感を訴え,症状は断続的に発生していた.胃部不快感があり内科受診予定とのことだったので立効散7.5g/日を含嗽で処方したところ,含嗽後一時的に症状は軽減した.処方開始7週間後,症状の発生頻度が減少した.処方開始11週間後,症状を感じない時間が増えた.この頃より,患者は自主的に症状のある時のみ立効散を使用していた.その後,症状は7週間で2回のみの出現であったため,処方開始5か月後,立効散の含嗽の頓用処方とした.処方開始8か月後には症状が落ち着いたため,症状出現時に立効散を含嗽で使用することとし,終診となった.考察:本症例は含嗽薬による含嗽では症状の改善はなかったが,立効散による含嗽で症状が改善した.したがって,立効散の含有成分による舌粘膜への作用が示唆された.結論:内服治療が困難な舌痛症に対し,立効散の含嗽は有用であったと考えられた.
著者
山田 和男
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.1_13-21, 2011 (Released:2012-05-11)
参考文献数
3

目的:神経障害性疼痛の治療に用いられる向精神薬について概説する.研究の選択:神経障害性疼痛の治療に用いられる向精神薬のうち,ランダム化比較試験によって有効性が確立しているものや,神経障害性疼痛薬物療法ガイドラインにて推奨されているものを中心に紹介する.結果:神経障害性疼痛に対しては,ノルトリプチリンやアミトリプチリンなどの三環系抗うつ薬,デュロキセチンなどのセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬,ガバペンチンやプレガバリンなどのカルシウム・チャンネルα2-δリガンドによる治療が,エビデンス・レベルの高い薬物療法である.結論:ノルトリプチリン,アミトリプチリン,デュロキセチン,ガバペンチン,プレガバリンは,神経障害性疼痛に対して有効である.また,神経障害性疼痛と疼痛性障害の鑑別も重要である.
著者
池田 浩子 今井 昇 井川 雅子 岩井 謙 道端 彩 高森 康次
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.55-63, 2017 (Released:2019-04-24)
参考文献数
34

症例の概要:72歳男性.咀嚼時の両側咬筋の疲労感・開口障害による咀嚼困難を主訴に口腔外科を受診した.顎跛行,開口障害,複視,めまい,体重減少,間歇的な頭皮の痛みなどの症状が認められたため,精査目的に専門施設(神経内科)を紹介した.頸動脈エコー,側頭動脈生検の結果,巨細胞性動脈炎と診断された.ステロイド治療が施行され,速やかに症状の改善が認められた.考察:巨細胞性動脈炎は頭痛以外にも多彩な症状を呈する.顎顔面領域にも顎跛行や開口障害など様々な症状が発現するため歯科を受診する可能性も高いと考えられる.巨細胞性動脈炎が呈する症状のうち,顎跛行,複視,側頭動脈の拡大・圧痛・拍動消失は陽性尤度比の高い症状とされており,そのような症状が認められた場合は速やかに専門施設へ紹介することが重要である.そのためには歯科医師も巨細胞性動脈炎の病態を正確に理解しておく必要性があると考えた.結論:顎跛行および開口障害を主訴に口腔外科を受診し複視,めまい,体重減少,間歇的な頭皮の痛みおよびリウマチ性多発筋痛症の合併も考慮された巨細胞性動脈炎の症例を経験した.
著者
奥田 恵司 佐久間 泰司 前田 照太 岡崎 定司
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.3-13, 2012 (Released:2013-07-26)
参考文献数
33

目的:咀嚼障害や歯の欠損と全身の健康との関係が注目されているが、咀嚼障害が脳機能に及ぼす影響はいまだ解明されていない部分が多い.そこで本論文では筆者が携わった動物実験をもとに咀嚼障害が脳機能に及ぼす影響の一部を解説する.研究の概要:研究1:ラット18匹を用い4週齡で上顎臼歯をすべて抜歯した抜歯群,同量の麻酔のみを施した麻酔群,いかなる処置も行わない無処置群の3群を設定した.脳内マイクロダイアリシス法にてテタヌス刺激を与えた海馬の機能時のグルタミン酸放出量を測定した結果,抜歯群で有意にグルタミン酸の放出量が低下した.研究2:5週齡のラット16匹を用い5週齢で上顎臼歯をすべて抜歯した抜歯群と同量の麻酔のみを施した対照群の2群を設定した.テレメトリーバイオセンサーシステムを用い受動的回避実験中の海馬のグルタミン酸放出量を測定した結果,獲得試行では抜歯群が有意に少なく,保持試行では両群に有意差はなかった.考察:早期に臼歯を失うことは咀嚼障害のみならず,海馬のグルタミン酸のシナプスにおける遊離量を減少させ,神経生化学機能に障害を及ぼす可能性が示唆された.結論:早期の臼歯喪失が学習記憶の障害を誘発する一要因になりうることが明らかとなった.
著者
桃田 幸弘 高野 栄之 可児 耕一 松本 文博 茂木 勝美 青田 桂子 山村 佳子 大守 真由子 東 雅之
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.27-35, 2012 (Released:2013-07-26)
参考文献数
42

目的:舌痛の器質的要因をスクリーニングする系統的診断システムを提案し,本法によって診断された舌痛関連疾患を検討する.方法:2007年1月から2009年12月までに舌痛などの舌症状を主訴としてで徳島大学病院歯科口腔外科を受診した患者104名(男性12名,女性92名,平均68歳2か月)を臨床統計学的に検討した.病歴聴取,口腔内・外診査,パノラマエックス線検査,血液検査,培養検査および唾液分泌検査を行った.局所麻酔薬と非ステロイド性抗炎症薬の効果も確認した.結果:原因疾患は口腔カンジダ症,口腔乾燥症,舌炎,舌痛症などであった.器質的変化や自覚症状の乏しい口腔カンジダ症や口腔乾燥症が認められた.舌痛症の多くは舌尖に発現し,食餌性刺激による誘発痛や圧痛が認められないものが多く,局所麻酔薬や非ステロイド系抗炎症薬の効果も乏しかった.舌痛症における味覚異常や低亜鉛血症の発現頻度は低く,手掌部発汗が高頻度に認められた.結論:培養検査や唾液分泌検査が不可欠であり,器質的変化や自覚症状の乏しい口腔カンジダ症や口腔乾燥症は舌痛症と診断される可能性があった.舌尖部疼痛を有し,食餌性刺激による誘発痛や圧痛がないことが舌痛症特異的な所見と考えられ,その病態に舌粘膜障害の関与は否定的であった.味覚障害や低亜鉛血症は舌痛症特異的な所見ではなかった.手掌部発汗は舌痛症特異的な所見と考えられ,その病態に自律神経異常の関与が示唆された.
著者
髙橋 香央里 笠原 諭 福田 謙一 一戸 達也
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.85-90, 2021

<b>症例の概要</b>:40歳,女性.左側下顎第一小臼歯部に相当する舌側縁のピリピリ感に対して,薬物療法について説明したところ,過去の経験から薬物療法の実施に理解が得られなかった.そこで,舌側縁が歯に触れてしまうという訴えに対し,ソフトタイプのオーラルアプライアンスを作製したが,効果は装着時のみであった.<br>症状が長期に渡っていたことや,診察中に注意欠如多動性障害(ADHD)の行動所見を認めたためADHD尺度によるスクリーニング検査を行ったところADHDの可能性が示された.患者の希望もあり精神科医へ加療を依頼したところ,身体症状症と混合型ADHDの診断がなされた.診断により,日常生活で自覚している自責感が減り薬物療法を受け入れることが可能となり抗うつ薬の内服により疼痛軽減の効果が得られて経過良好である.<br><b>考察</b>:舌痛症患者の中には難治性を呈することもあり歯科領域を超えた加療も必要となることがある.本症例ではADHDスクリーニングを行い,医科への紹介となった.今回の結果から今後も難治性を呈する舌痛症患者の評価の一つとして検討していく必要性が考えられた.<br><b>結論</b>:舌痛症の診断をしていくうえでADHDスクリーニングを今後検討していく必要性及び精神科医との連携が重要であると思われた.
著者
柴田 護
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.21-27, 2021 (Released:2021-05-28)
参考文献数
22

片頭痛は中等度〜重度の拍動性頭痛を主徴として,悪心,嘔吐,光過敏/音過敏を随伴する.未治療の場合は4〜72時間持続するため,患者に対する障害度は高い.さらに,若年者に好発するため,社会全体に与える経済的損失は非常に大きい.片頭痛の病態生理には不明な点が多いが,根本的な原因は神経機能異常にあると考えられる.予兆は視床下部の異常によって引き起こされ,前兆は大脳皮質での皮質拡延性抑制/脱分極が関与すると考えられている.しかし,頭痛発生時には三叉神経系の異常活性化が存在し,カルシトニン遺伝子関連ペプチド (CGRP)が末梢性感作誘導に中心的な役割を果たしている.片頭痛急性期治療薬の主役は5-HT1B/1D/1F作動薬であるトリプタンである.その作用機序はCGRP放出抑制と考えられている.片頭痛予防薬としては,カルシウム拮抗薬,抗てんかん薬,三環系抗うつ薬が用いられているが,これらの薬剤は神経の異常興奮性を是正する作用がある.しかし,現在の片頭痛治療にはunmet medical needsが存在する.CGRPに対する分子標的治療が最近になって導入された.CGRP関連モノクローナル抗体と低分子CGRP受容体拮抗薬からなるが,特に前者は優れた片頭痛予防効果を発揮する.現在,片頭痛薬物治療は新しい時代に入りつつあると言ってよい.
著者
大久保 昌和 築山 能大 小見山 道 和嶋 浩一 今村 佳樹 岩田 幸一
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.23-34, 2014

口腔顔面痛に関する国際的な学術団体には,国際学会もあれば国際学会の内部組織もある.これ等の学術団体は互いに機能的に協力し,重要な役割をなしており,日本口腔顔面痛学会はこれらの団体と密接に関連している.国際疼痛学会(IASP)は痛みを扱う団体の中で最も規模が大きく,歴史のある学会である.口腔顔面痛のスペシャルインタレストグループ(SIG)は,IASP の会員で口腔顔面痛に興味のある研究者で構成されたグループである.一方,国際歯科研究学会(IADR)神経科学グループは,歯学研究者でIADR の会員から成るグループで,口腔顔面痛SIGとともに顎関節症の研究的診断基準(RDC/TMD)コンソーシアムを作っている.RDC/TMDコンソーシアムは2014年にTMDの診断基準(DC/TMD)を発表しており,これは現在の顎関節症の標準的診断基準となっている.米国口腔顔面痛学会 (AAOP)は,アジア頭蓋下顎障害学会(AACMD)やその他の関連学会とともに口腔顔面痛と顎関節症に関する国際学会(ICOT)を組織している.2016年には IASP と AACMD の学術大会が横浜で同時開催されることになっており,日本口腔顔面痛学会の会員はこれらの学会に参加して口腔顔面痛の基礎と臨床の最新の話題について学ぶことが強く推奨される.
著者
神山 裕名 西森 秀太 飯田 崇 内田 貴之 下坂 典立 西村 均 久保 英之 小出 恭代 大久保 昌和 成田 紀之 和気 裕之 牧山 康秀 小見山 道
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.33-39, 2016-12-25 (Released:2017-04-12)
参考文献数
33

目的:本研究は口腔顔面領域の慢性疼痛疾患である顎関節症患者,舌痛症患者,三叉神経痛患者における病悩期間と質問票を基にした主観的な睡眠感との関連を検討した.方法:被験者は日本大学松戸歯学部付属病院口・顔・頭の痛み外来を受診した患者3,584名を対象とした.診断が確定した顎関節症患者1,838名,舌痛症患者396名,三叉神経痛患者108名の質問票における主観的な睡眠感を検討した.病悩期間は症状発現から3か月未満,3か月から6か月,6か月以上をそれぞれ急性期群,中期群,慢性期群に分類した.睡眠に関する自己申告の質問は入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒とした.各病悩期間における入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒の睡眠スコアをそれぞれ比較した.結果:顎関節症患者における慢性期群の入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒の睡眠スコアおよび舌痛症患者における慢性期群の入眠障害,中途覚醒の睡眠スコアは急性期群,中期群と比較して有意に高い値を示した(p<0.05).三叉神経痛患者における各睡眠スコアは急性期群,中期群および慢性期群の間に有意差を認めなかった.結論:顎関節症患者および舌痛症患者における病悩期間の長期化と睡眠感との間に関連性を認めることが示唆された.
著者
岡安 一郎 達 聖月 鮎瀬 卓郎 和気 裕之
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.15-20, 2018 (Released:2019-12-04)
参考文献数
25

症例の概要:患者は50代女性(主婦).X年11月,左側のこめかみと左上臼歯部の痛みを自覚し,近医歯科を受診した.「非定型歯痛」との診断で治療を受けるも症状変わらず,翌12月,「長崎大学病院オーラルペイン・リエゾン外来」紹介受診となった.口腔顔面領域の診察と検査結果から,器質的異常所見は認められなかったが,国際頭痛分類第3版beta版に準じ,「前兆のない片頭痛」とそれに起因する「神経血管性歯痛」が疑われた.また,「緊張型頭痛」,「パニック障害」の既往もあり,当院・総合診療科(内科)ならびに精神神経科と連携した.結果,「緊張型頭痛」に加え,「前兆のない片頭痛」,「不安障害」と診断された.治療は医療連携の下,病態説明と生活指導,心身医学療法,漢方治療にて,歯痛と頭頸部痛,めまいやふらつきなどの随伴症状が軽減し,良好な疼痛管理が維持できるようになった.考察:本症例は,MW分類(心身医学・精神医学的な対応を要する患者の分類)Type C(身体疾患・精神疾患併存ケース)に該当する.このようなケースにおいては,医科身体科ならびに精神科との医療連携が必要不可欠となる.本症例のように,痛み以外の種々の症状が伴うケースに対しては,漢方治療が有効となり得る.結論:口腔顎顔面領域の症状を主訴とする患者は歯科外来を受診するが,医科の身体疾患・精神疾患も考慮して,総合的な判断の基で対応することが必要となる.
著者
柏木 航介 野口 智康 中村 美穂 半沢 篤 半田 俊之 福田 謙一
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.37-41, 2018 (Released:2019-12-04)
参考文献数
6

症例の概要:37歳男性.上顎左側第二大臼歯および眼窩部の疼痛のため,眼科を受診するも改善しなかった.その後近歯科医院を受診したところ急性上顎洞炎と診断され,クラリスロマイシンとロキソプロフェンナトリウムを処方されたが症状改善せず,当科受診.当該歯に齲蝕が認められたため齲蝕除去を行ったが症状は改善せず,1日に5回以上生じる歯痛と眼窩から側頭部にかけての拍動性の激痛は残存した.また結膜充血,鼻汁を伴い,症状が生じると診療室内を落ち着きなく動き回っていた.症状から群発頭痛を疑い,酸素投与を行ったところ症状の緩和が認められた.そのため当院内科へ対診し,スマトリプタンコハク酸塩100mgを頓服処方されたが,症状は再発し再度来院した.そこで発作性片側頭痛(Paroxysmal Hemicrania:PH)を疑い,インドメタシン50mgを処方したところ,歯痛・頭痛ともに症状が改善し,現在疼痛の再発はなく,経過良好である. 考察:PHを発症している患者の15%は歯痛を感じており,発作性の歯痛,顔面痛を訴え歯科に来院することも少なくない.今回の症例も歯痛を主訴として来院しており,診断に難渋したものの自律神経症状から神経血管性歯痛と診断しインドメタシンで除痛することが出来た. 結論:今回私達はPHによる上顎臼歯部と眼窩部の痛みに対する治療を経験した.鑑別に苦慮する神経血管性歯痛を訴える患者が来院することもあるため,歯科医師にも頭痛の知識は必須だと考えられた.
著者
樋口 景介 千葉 雅俊 山口 佳宏 高橋 哲
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.37-42, 2017 (Released:2019-04-24)
参考文献数
10

症例の概要:症例は69歳の女性.約1か月前より左眼窩〜側頭部の発作痛を繰り返すようになった.某病院脳神経外科を受診し,頭部CTとMR検査で異常は認められなかったため,歯科疾患と考え,東北大学病院歯科顎口腔外科を初診来院した.発作痛は1日10回程度,2〜3分間の電撃痛(VAS:75)で,診察時に確認できなかったが左眼に流涙を伴うとのことだった.三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)を疑い,インドメタシンファルネシル(400mg/日)を7日間投与したが痛みに変化はなかった.発作性片側頭痛を除外し結膜充血および流涙を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作(SUNCT),または頭部自律神経症状を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作(SUNA)を疑い,当院神経内科を紹介した.神経内科で発作中の左側結膜充血および流涙が確認され,SUNCTと確定診断された.クロナゼパムおよびガバペンチンによる薬物療法を受け,発作痛は改善した.考察:SUNCTは一側性の眼窩部,眼窩上部または側頭部の激痛発作で,同側の結膜充血および流涙を伴うことを特徴とするTACsである.TACsはタイプ診断に,発作痛の持続時間とインドメタシンの有効性を評価することが重要である.TACsなどの頭痛患者は歯科を受診する可能性があるため,一般歯科医でも頭痛の知識が必要と考えられる.特に,口腔顔面痛専門医はTACsを正しくタイプ診断できる必要がある.結論:歯科医も頭痛の知識を持つことが重要であると考える.
著者
松本 文博 桃田 幸弘 高野 栄之 松香 芳三
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.81-85, 2016-12-25 (Released:2017-04-12)
参考文献数
16

症例の概要:症例は35歳の女性.X年6月頃より食事の際に食物が口に入ると左側耳前部,下顎角部から顎下部にかけて刺すような痛みを覚えるようになった.開業歯科医院を受診し顎関節症と診断されスプリント治療を受けたが改善なく,同年10月徳島大学病院高次歯科診療部顎関節症外来を受診した.疼痛は1~数分間持続し特に酸味や濃い味の食物で激痛となった.舌咽神経痛を疑いカルバマゼピンの内服を開始し疼痛の軽減を認めたが消失には至らなかった.その後薬物治療中に手の違和感を訴えたため,血液検査を行ったところ著明な血糖値の上昇を認めた.内分泌内科にて2型糖尿病と診断され,糖尿病治療を受け約1年後には発作性神経痛はほぼ消失した.考察:糖尿病神経障害の一つとしての舌咽神経痛の報告例は少ないが,その特徴として,40歳以下が多いこと,過半数が両側性であることなどが指摘されている.本症例においても年齢が35歳と若年であり,糖尿病治療中に両側性に発作性疼痛を認めたことなど過去の報告例と一致していた.また血糖値をコントロールすることで発作性疼痛が完全に消失したことなどから糖尿病神経障害と確定診断した.結論:糖尿病合併症の一つである舌咽神経痛の一症例を報告した.歯科医師は顎関節部を含む口腔顔面領域の疼痛性疾患の診断に際し糖尿病神経障害にも留意し,現病歴,既往歴,家族歴,心理・社会的要因を含め丁寧な医療面接を心がける重要性が確認された.
著者
佐久間 泰司
出版者
日本口腔顔面痛学会
雑誌
日本口腔顔面痛学会雑誌 (ISSN:1883308X)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.33-38, 2019 (Released:2019-12-25)
参考文献数
8

症例の概要:54歳女性.抜髄後の難治性疼痛に対し,歯科医師から「歯を抜かないといけないような悪いところが無い」と言われたにもかかわらず納得せずに抜歯を希望した.最終的に他院で抜歯を受けたが,非歯原性歯痛と思われた.考察:非歯原性歯痛は歯痛を生じうる疾患であるが,執拗に抜歯を希望されることが少なくない.患者が抜歯を希望するのは,歯痛の原因が歯にあると患者自身が思ったからである.なぜそう思うのであろうか.「歯が痛い.歯が悪いと思う.」と患者が言った場合を考える.「歯が痛い」は前提(症状)であり,「歯が悪い」は結論(診断)である.症状と診断の間に「歯が痛いのは歯が悪いからだ」「歯が痛い時は歯が悪いことが多い」「歯が悪いと歯が痛くなる」などという患者の理由づけが省略されている.この3つの理由づけは同じように見えるが,演繹,帰納,アブダクションに相当する.それぞれの違いに応じて患者への説明が変わる.結論:患者(一般市民)は妥当性のある推論を使って説明したとしても,理由づけが経験や知識から得られる考えと一致しないと受け入れない.