著者
吉岡 佑二 南角 学 伊藤 太祐 中村 孝志
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A4P2081, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】股関節外転筋群は骨盤の安定性に関して重要な役割を果たし、歩行能力を左右する。股関節外転筋力が低下する代表疾患として変形性股関節症が挙げられるが、臨床現場においてはこういった股関節疾患の患者に対して背臥位での股関節外転運動により筋力トレーニングを行うことがある。同時に変形性股関節症患者で骨盤アライメント異常を呈している場合では、背臥位での股関節外転運動をスムーズに行えない症例を経験する。しかし股関節外転運動についての過去の研究では、股関節外転角度や屈曲角度の違いが股関節周囲筋の筋活動に及ぼす影響を検討したものが中心であり、骨盤肢位が股関節周囲筋の筋活動にどのような影響を及ぼすかは不明な点が多い。本研究の目的は、背臥位での骨盤肢位の違いが、股関節外転運動における発揮筋力および下肢と体幹の筋活動に与える影響を明らかにすることである。【方法】対象は健常成人男性14名(平均年齢24.0±2.8歳)とした。測定肢位は安静背臥位を骨盤中間位とし、その肢位からの骨盤最大前傾位、最大後傾位の3条件とした。骨盤前傾には硬性スポンジを腰仙椎部に、後傾には仙尾椎部に挿入することで傾斜角度を調節した。それぞれの骨盤肢位において、一側下肢を股関節0度外転位から股関節外転の最大等尺性収縮を5秒間行わせ、そのときの発揮筋力および下肢と体幹筋の筋活動を測定した。股関節外転の最大等尺性収縮時の発揮筋力は、徒手筋力計(日本メディックス社製)を用いて測定し、抵抗位置は足関節の外果とした。大転子から外果までの距離を測定し、筋力値はトルク体重比(Nm/kg)にて算出した。筋電図の測定に関しては、測定筋を大腿直筋(RF)、大腿筋膜張筋(TFL)、中殿筋(Gm)の中部線維、腰部脊柱起立筋(LES)とし、表面筋電図計Data LINK(Biometric社製)を使用した。筋電図の波形処理は、測定した生波形から安定した3秒間を二乗平均平方根により平滑化し、各筋の最大等尺性収縮(MVC)時の筋活動を100%として各測定値を正規化し、%MVCを算出した。統計学的分析には反復測定一元配置分散分析と多重比較法を用い、有意水準は5%未満とした。【説明と同意】各対象者には、本研究の趣旨ならびに目的を詳細に説明し、参加の同意を得た。【結果】股関節外転運動時の筋力値は骨盤中間位で2.42±0.33Nm/kg、前傾位で2.13±0.27Nm/kg、後傾位で2.02±0.20Nm/kgであり、多重比較の結果、骨盤前傾位、後傾位のいずれも中間位に比べ有意に小さい値を示した。各筋の筋活動については、RFの%MVCは骨盤中間位で76.4±42.1%、前傾位で54.7±29.4%、後傾位で70.0±37.5%であり、骨盤前傾位では他の2条件に比べ有意に小さい値を示した。TFLの%MVCは骨盤中間位で99.2±36.8%、前傾位で84.6±36.0%、後傾位で96.7±44.2%であり、骨盤前傾位では中間位に比べ小さい傾向を示した(p=0.08)。Gmの%MVCは骨盤中間位で64.2±15.8%、前傾位で66.7±15.2%、後傾位で53.9±19.4%であり、骨盤後傾位では他の2条件に比べ有意に小さい値を示した。LESの%MVCは骨盤中間位で34.3±18.0%、前傾位で37.8±23.9%、後傾位で24.1±16.6%であり、骨盤後傾位では他の2条件に比べ有意に小さい値を示した。【考察】骨盤前傾位ではTFLが短縮位となることで股関節外転運動時のTFLによる筋出力が低下し、骨盤後傾位ではGmの中部線維が短縮位となることで股関節外転運動時のGmによる筋出力が低下すると考えられる。これらのことが要因となり、骨盤前傾、後傾位での股関節外転運動における発揮筋力は、骨盤中間位と比較して有意に低い値を示したと考えられた。以上から、背臥位での骨盤肢位により股関節外転に作用する筋群の走行が変化し、これが股関節外転筋の筋活動に影響を及ぼすことで発揮できる筋力にも関与することが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、骨盤のアライメント異常がある股関節疾患患者に対してより効率的な股関節外転筋の筋力トレーニングを行うには、骨盤肢位を考慮することが重要であることが示唆され、本研究は理学療法学研究として意義のあるものと考えられた。
著者
長谷川 聡 市橋 則明 松村 葵 宮坂 淳介 伊藤 太祐 吉岡 佑二 新井 隆三 柿木 良介
出版者
日本理学療法士学会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.86-87, 2014-04-20 (Released:2017-06-28)

本研究では健常者と肩関節拘縮症例における上肢拳上時の肩甲帯の運動パターンとリハビリテーションによる変化を検証した。健常肩においては,多少のばらつきはみられるものの,肩甲骨の運動パターン,肩甲骨周囲筋の筋活動パターンは一定の傾向が得られた。上肢拳上30°〜120°の区間では,肩甲骨の上方回旋運動はほぼ直線的な角度増大を示すことがわかった。そのスムーズな角度変化を導くためには,僧帽筋上部,僧帽筋下部,前鋸筋の筋活動量のバランスが必要で,上肢拳上初期から約110°付近までは3筋がパラレルに活動量を増加させ,拳上終盤においては僧帽筋上部の活動量増加が止まり,僧帽筋下部と前鋸筋の活動量を増加させる必要があることが明らかとなった。肩関節拘縮症例では,上肢拳上による肩甲骨の運動パターンは多様であり,一定の傾向はみられなかったため,代表的な症例の経過を示した。
著者
長谷川 聡 大島 洋平 宮坂 淳介 伊藤 太祐 吉岡 佑二 玉木 彰 陳 豊史 伊達 洋至 柿木 良介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.De0029, 2012

【はじめに、目的】 生体肺移植は,健康な二人の提供者(ドナー)がそれぞれの肺の一部を提供し,これらを患者(レシピエント)の両肺として移植する手術である.生体肺移植ドナーは肺の一部をレシピエントに提供することで呼吸機能が低下することは知られているが,手術における呼吸器合併症の発症や術後の呼吸機能,運動耐容能および健康関連QOLの中期的経過に関する報告は世界的にもあまりみられない.本研究の目的は,生体肺移植ドナーが手術を受けることによる術後の呼吸機能および身体機能,生活の質に与える影響を明らかにし,本手術施行におけるドナーの予後を検証することである.【方法】 2008年6月から2010年12月までの期間に当院で施行された生体肺移植術におけるドナー28名(男性9名、女性19名)を対象とした.尚,全症例に対して,術前後のリハビリテーションを実施した.術後の短期成績として,術後呼吸器合併症の発症を検証した.さらに,呼吸機能の評価として,術前, 3ヶ月,6ヶ月に努力性肺活量(以下FVC),1秒量(以下FEV1),肺拡散能(DLCO)を測定した.また,術前,術後1週,3ヶ月における6分間歩行距離(以下6MWD),および咳嗽時疼痛をNumerical Rating Scale (NRS)を用いて測定し,術後経過を検証した.手術における健康関連QOLに与える影響を検証するために,術前,術後3ヶ月,6ヶ月にMOS 36-item Short Form Health Survey (SF-36)を用いてQOL評価を行なった.測定値の各評価時期における平均値を算出するとともに,反復測定一元配置分散分析およびScheffe's法による多重比較検定を用い,各時期における平均値の比較を行なった.統計学的有意水準は危険率5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には口頭および文章にて本研究の主旨および方法に関するインフォームド・コンセントを行い,署名と同意を得ている.本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,京都大学医学部医の倫理委員会の承認を得ている.【結果】 術後呼吸器合併症(肺炎・無気肺)の発生症例は無かった.FVCは,術後3ヶ月,6ヶ月においてそれぞれ術前の79.4±6.4%,86.1±7.0%の回復であった.FEV1は,術後3ヶ月,6ヶ月においてそれぞれ術前の81.8±7.8%,85.7±9.7%の回復であった.DLCOは,術後3ヶ月,6ヶ月においてそれぞれ術前の80.0±1.0%,85.2±9.7%の回復であった.呼吸機能は,術後3ヶ月において有意に低下しており,術後6ヶ月経過しても完全には回復しなかった.術後3ヶ月における6MWDは,術前の101.2±7.7%まで回復し,咳嗽時疼痛はNRSで0.4±1.1とほぼ消失し,術前と比較して統計学的な差を認めなかった.QOLに関しては,SF-36の下位尺度は,術後3ヶ月では十分に改善せず,術後6ヶ月では,全項目で国民標準値を超えていたが,術前の得点にまでには改善しない項目がみられた.【考察】 呼吸機能は術後6ヶ月の時点においても術前と比較して機能低下は残存するものの,切除肺区画量から算出される予測機能低下よりもはるかに良好な値であった.運動耐容能は術後1週で,呼吸機能の回復よりも高い回復率を示し,術後早期から良好であり,さらに術後3ヶ月の時点で術前レベルに回復することが明らかとなった.これらの結果より,ドナーは少なくとも術後3ケ月経過すれば,呼吸機能低下の残存に関わらず,運動耐容能の結果からも術前の生活レベルには復帰できるが,健康関連QOLの観点からみるとまだ不十分であり,6ヶ月経過してもQOLの改善は完全ではないことが示唆された.本研究の結果より,術前後のリハビリテーションを実施した生体肺移植術ドナーは,術後呼吸器合併症を発症することなく,安全に術前の運動耐容能を取り戻すことが出来るが,健康関連QOLは術後半年経過しても完全には回復しておらず,継続的かつ包括的な治療介入が必要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 生体肺移植手術は,脳死肺移植手術とともに,難治性の呼吸器疾患患者の生命予後を改善する非常に有用な先端医療であり,本邦においても今後様々な施設において手術施行例が増加すると思われる.レシピエントに対するリハビリテーションにおける臨床研究は,無論,重要であるが,ドナーに関しても,臨床研究を進めるとともに,手術における身体機能やQOLへの影響を検証し,我々理学療法士がエビデンスに基づき適切に介入していく必要がある.本研究はこのような新たな視点を示した点で意義深く,重要な研究である.