著者
伊藤 正純
出版者
摂南大学
雑誌
摂南経済研究 (ISSN:21857423)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.37-54, 2012-03

なぜスウェーデン人は高い税金を徴収されても不満を言わないのか。負担と受益の関係が"見える化"しているという感覚があるからだ。1991年の税制改正によって導入された二元的所得税論は、税制を勤労課税重課、資本課税軽課の体系に変更した。勤労課税の中心は勤労所得税(地方所得税と国所得税)で、その大半は地方所得税である。地方政府の財源は国からの補助金が少しあるが、それ以外はほぼこの地方所得税だけである。低所得者にも重い地方所得税の課税は広範囲に課税するため安定した税収調達機能をもつ。しかし同時に、この地方所得税は社会的保護と教育(高等教育以外)を担うコミューン(市)と、病院経営を担うランスティング(県)の主要な財源となっている。そのため、"見える化"を進展させた。スウェーデンでは、地方政府が現金給付をおこなうことはほとんどない。それは国と高齢者年金基金の業務だからである。また、現金給付は課税給付金と非課税給付金に分かれている。課税給付金は勤労所得とともに獲得所得として勤労課税の対象となる。地方所得税は定率課税だが、国所得税は高い累進課税である。そのため、税による再分配機能もうまく発揮されている。そして、いかなる家族形態においても生活の安全が保障されている。それも、税における"見える化"を進展させている。
著者
伊藤 正純
出版者
社会・経済システム学会
雑誌
社会・経済システム (ISSN:09135472)
巻号頁・発行日
no.11, pp.94-99, 1992-10-25

This paper discusses the relation of the vocational education for workers and social systems, and the author argues that this education may reform a social system. Fordism, which has promoted the mechanization of the way of production in the fixedly-divided work organization among workers, supervisors, and technicians, has taken no notice of the vocational education for workers. Yet the crisis of Fordish work organization has emerged as a result of the changing market structures and the resistance of workers during 1970s. Work-force versatility of workers by vocational education is foud in both Toyotism in Japan and Volvosism in Sweden. Yet there is a crucial difference in the level of compromise in the industrial relation. In Toyotism the trainers are large enterprises. Because most compromises which rested on company agreements are found in large enterprises. Therefore, these trainings for workers are inadeqate to the reform of a social system. In Volvoism as social democratic corporatism the trainers are the state and the enterprise.And trade unions influence them. Because negotiated involvement and compromise are accomplished on a social basis.In Kalmarism, one of the two kinds of Volvoism, the state educates workers for the progress of their vocational competence. In Uddevallism, the other kind of Volvoism, the enterprise does them.There is a possibility that these educations may bring about the reform of a social system.
著者
伊藤 正純
出版者
摂南大学
雑誌
摂南経済研究 (ISSN:21857423)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.17-36, 2013-03

日本人の多くの人がもっているスウェーデンに対するイメージは、所得が"平等な国"というものであろう。だが、その"平等"は租税と社会保障による所得再分配機能によって作り出されている。それを実現するためには、所得の多寡に応じて租税負担率を重くしたり軽くしたりする応能負担原則に基づいて課税しなければならない。ところが、スウェーデンは、1991 年の税制改正で所得を勤労所得と資本所得に分け、それぞれ別々の税率で課税する二元的所得税論を導入し、その際、グローバル化した経済に対応するため、逃げ足の速い資本所得課税を軽課に、勤労所得課税を重課にする改革がおこなわれたと言われている。しかし、軽課といわれる資本課税の税率は一律30%と高い。また、資本所得に対する課税ベースが広げられていた。そのため、勤労所得課税だけでなく、資本所得課税を合わせた個人が支払う直接税全体の負担率でみても、応能負担原則に基づく課税が維持されている。日本と比べてもう一つ違う点は、租税控除項目が非常に少なく、かつ控除額が小さいことである。そのスウェーデンは「大きな政府」だが、1990 年代初めの経済危機のなか、大幅な歳出削減と小幅な税収増加を断行することによって財政再建をはたし、財政規律の確立に成功した。そしてそれ以後、財政収支は黒字基調で推移している。日本とは真逆なのである。
著者
浪江 巌 篠田 武司 篠田 武司 宮本 太郎 横山 寿一 前田 信彦 北 明美 伊藤 正純
巻号頁・発行日
2002 (Released:2002-04-01)

完全雇用は、どの先進諸国においても戦後福祉国家にとっての基本的な政策であった。しかし、現在のグローバル化と知識社会化のもとでは、完全雇用を実現することは困難になってきた。福祉国家の危機も進んでいる。では、こうした雇用と福祉の危機のなかで、各国はどのようにそれに対処しようとしているのか。それを高度福祉国家スウェーデンにおいてみながら、日本にとってのその意味を考察したのが本研究である。本研究で明らかになったことは、次のことである。(1)完全雇用を実現することを福祉国家スウェーデンの中心的政策として明確に位置付けてきたスウェーデンにおいても、その実現は難しくなっていること、(2)特に、社会的弱者ともいえる移民、青年層、女性、障害者などが労働市場から排除されるか、雇用の多様化が進む中で雇用の質が落ちていること、(3)しかし、現実には将来的に少子化の中で雇用をいかに確保するべきかがいまから大きな課題として認識されていること、(4)したがって、あくまで失業率を下げ、雇用率を上げるために政府は労働市場政策プログラムを様々な形で展開していること、(5)しかし、財政の関係、ならびにEU内でも進むワークフェアー的な労働市場政策の影響も受け、90年代以降その政策が変わりつつあること、などを確認した。では、どのように労働市場政策は変わりつつあるのか。ひとことでいえば、(1)労働市場政策の分権化、いいかえれば地方の役割を大きくしつつあることである。(2)多用な雇用形態が進むとともに、規制緩和が進み、民間企業による派遣事業が許可された。(3)労働市場弱者にたいするきめ細かい政策が実行されていることである。労働市場弱者を労働市場から排除しないことが社会結合にとって大きな課題であることが自覚されている。日本においても失業率の高止まり、また将来的には労働力不足を迎えるという事態はスウェーデンと変わらない。したがって、雇用対策がこの間、重視され、様々な政策が実行されてきた。しかし、まだスウェーデンと比べると危機感が少ないかに見えるし、対策の効用も十分あきらかにされていないかに見える。報告書は、12章から成り立つ。1章-「スウェーデン労働市場とG・レーン(宮本)、2章「労働市場の現状と政策の変化」(篠田)、3章「労働市場政策プログラムと職業訓練・教育」(伊藤)、4章「スウェーデンにおける雇用の男女平等」(北)、5章「保護雇用会社のサムハルの現状と未来」(福地)、6章「若年雇用政策の理念と現実」(櫻井)、7章「高齢者による人口問題の解決」(B・ヴィクルンド)、8章「障害者雇用の現実と課題」(横山)、9章「雇用対策における非営利セクターの役割」(中里)、10章「労働時間をめぐる政策動向」(浪江)、11章「分権化とクラスター・ダイナミクス」(G・ヨーラン)、12章「惨めなリーン生産方式か、豊な方式か?」(T・ニルソン)