- 著者
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佐藤 萌
- 出版者
- 京都工芸繊維大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2011
江戸時代の雛人形の頭髪(スガ糸)には、タンニン酸と鉄媒染により染められた黒染め生糸が用いられ、繊維は酸や鉄による触媒作用の影響を受けて経年とともに劣化し粉末化することが問題となっている。本研究では、これまで修復困難で処分され、調査・研究の対象とされてこなかったスガ糸の制作技法を明らかにし、スガ糸の劣化速度を把握し寿命予測を行う評価法を確立することを目的とした。江戸時代の人形77体の頭髪剥落片の繊維素材を光学顕微鏡による断面観察とSEMによる表面観察により同定し、劣化因子である鉄イオンの有無をエネルギー分散型X線分析により確認した。生糸は53体、精練糸は10体、靱皮繊維は11体、人毛は3体で、殆どの繊維から鉄元素の存在が確認出来たことから、江戸時代のスガ糸には生糸と鉄媒染剤が使用されたことを明らかにした。さらに従来染織文化財の物性評価に用いられてきた引張試験に代わる評価法として、KES(Kawabata Evaluation System)圧縮試験によりスガ糸の圧縮回復性を求めることで、微量文化財試料での劣化度診断法の開発を行った。モデル試料を作製し(1wt%タンニン酸水溶液で染色の後2wt%硫酸第一鉄水溶液で媒染)、加速劣化(70℃,RH75%,70日間)に伴う繊維の圧縮特性と引張特性の経時変化を追った結果、試料の破断伸度が低下するにつれて圧縮回復性も低下する傾向にあった。江戸時代のスガ糸も、モデル試料で得られた脆弱な試料と類似した物性値を示した。このことから、今後引張試験を行うことが出来ない微量で脆弱な文化財試料に対して、その圧縮特性を測定することにより、ある程度の劣化度合いを計測することが出来ると期待する。