著者
加藤 幹郎 田代 真
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

今日のテレビゲーム(以下VG)の構造上の最大の特徴は、それが枠をもっているということである。すなわちゲーム・プレイヤー(以下GP)は一定の空間的枠内の外に出ることをプログラミング上禁じられている。GPはゲーム空間内のキャラクター(以下C)を操作するとき、Cがそれ以上向こう側へは行けない可視、不可視を問わない一種の柵に囲まれていることに気づかされる。これは自然の稜線であったり、人工的な文字通りの鉄柵だったり、たんにVGの所与のフレームであったりするのだが、製作者サイドに立てば、無限の空間設定でヴイジュアル世界を構築することに、物語論的、ゲーム理論的意味を見出せないことを意味している。しかしGPサイドに立てば、一定の世界の枠内でゲーム世界が構築され、そこでしか冒険とファンタジーとヴァーチュアル・リアリティ(以下VR)の世界が成立しないというのは、意識的、無意識的とを問わずに、GPに、閉じられた世界でゲームをすることを文字通り馴致するシステムとして働くことになる。GPがどんなにダイナミックなゲーム空間で遊戯していても、それがつねに不可視的ないし可視的に閉じられた世界であることは、そのダイナミックな外見に閉域としての内実をあたえ、GPが基本的に閉じられた世のなかでしか行動を起こせないということをGPに教育するものであろう。今日のVGの以上のような看過しがたい特徴は、VRとインターネットの展開によって、いながらにして世界のどこへでも行ける、触れる、感じられる、見られる、聞けるという擬似世界の増加によって、ますます強化されているように思われる。そしてこの狭隘化は親密な伝統的共同体の構築を意味せずに、ただ空疎な狭隘化しか意味しない。このようなVGで遊び育った子供が大人になったときに、どのような共同体を現実社会のなかに築くことになるのかは今後の社会学的リサーチの成果に委ねたい。
著者
田代 真 加藤 幹郎
出版者
帯広畜産大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1995

一般にすれ違いと必然性を欠いた安易な結末に特徴づけられるメロドラマという物語形態は、各時代の支配的表象メディアにのって、各物語媒体(小説,演劇,映画)を横断してきた。とりわけ今世紀には、映画という物語媒体をつうじて、新しい物語ジャンルの生成と大衆文化の想像力の形成の原動力として、この物語媒体にとどまらない支配的、普遍的な世界認識方法として機能するに至っている。本研究では、従来の悲劇を規範とした文学研究からはともすれば取りこぼされてしまいがちであったこのメロドラマに着目し、この物語形態の構造と歴史を、文化史的、社会史的な文脈のなかで明らかにすることをめざした。具体的には、1.この物語形態の集約たる20年代〜50年代のハリウッド映画という物語媒体におけるメロドラマの生成と構造を、(1)個別ジャンルにおけるメロドラマ的要素、(2)ジャンル間の混淆とメロドラマの横断性、(3)映画産業のイデオロギーと観客の受容の歴史的形態の心理社会学的調査の分析によって明らかにし、翻って2.メロドラマ映画とその歴史的先行形態としてのオペラの比較分析を媒介として系譜学的に遡行し、3.(1)19世紀英国ヴィクトリア朝演劇におけるメロドラマ構造と観客に対する舞台効果の関連性および(2)18世紀イギリス感傷小説の発展過程におけるメロドラマ構造と語りの多元性におけるジャンルのカ-ニバレスクの関連性を探った。上述の分析によって、メロドラマの横断性とは、神学と非民主的イデオロギーを背景に発達した悲劇のジャンル的な固定性に対して、封建体制の終焉とブルジョワ階級の台頭という社会的道徳的価値的変動に対応する神なき時代の民主的イデオロギーとして、この物語形態に特有のジャンル混淆の原理に基づいて、各時代の多様な民衆的想像力の要請に答えつつ同時にそれを形成した、流動性(可塑性)のあらわれにほかならないことが明らかになった。
著者
加藤 幹郎
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

映画は、今年一九九五年で満百歳をむかえる。しかし、これは映画が発明されて百年になるという意味ではない。映画を撮影鑑賞するのに必要な機材は、一八九五年以前にすでに実用化されている。では今年を映画生誕百年と呼ぶのは、どういうことなのか。それは映画が今日の上映形態に近いかたちで、初めて公共の場所でスクリーンに投影され、それを見るために一般の観客が入場料をしはらって一堂に会したのが、ちょうど百年前のことになるということである。つまり映画が、のちに映画館と呼びうるような場所で公開された一八九五年を、映画元年としているのである。今日さまざまな種類の映画史が書かれ、映画の歴史は映画作品の歴史、映画作家や映画製作会社の歴史、あるいは映画技術の歴史として広く知られている。しかるに、われわれは肝腎なことをまだよく知らないでいる。それが映画館の歴史であり、映画館をにぎわせた観客の歴史である。だれがどのようにして映画をつくったのかという歴史は、比較的多くの研究者によって解明されている。しかし、だれがどのような場所で映画を見せたのかという歴史、そして観客がどのように映画を享受したのかという歴史は、いまだに不分明な点が多い。括弧つきとはいえ、「映画館」生誕百年を祝う今年は、劇場とそこにつどう観客の歴史の研究元年としなければならないだろう。
著者
田中 雄次 加藤 幹郎
出版者
熊本大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

ワイマール映画史にとって最も重要な出来事のひとつが、ドイツ最大の映画社ウーファとアメリカの大手映画社パラマウント社とメトロ・ゴールドウィン・メイヤー社との間に取り交わされた<パルファメト>協定であった。研究代表者(田中雄次)と研究分担者(加藤幹郎)は、この協定のもつ歴史的意義を明らかにするために、海外(ドイツおよびイタリア)および国内(国立フィルムセンター)での調査研究をふまえつつ、論文化する作業を行った。平成14年度は、研究分担者に予定していた加藤幹郎がフルブライト奨学金によるアメリカでの映画研究のため参加できなかったために、研究代表者一人がドイツの国立映画研究所および東京のフィルムセンターでの調査研究と文献調査を行ない、その成果として論文「ワイマール映画のなかの女性たち」(『女と男の共同論』所収)を発表した。平成15年度は、8月にアメリカでの留学から帰国した加藤幹郎を研究分担者に加え、加藤のアメリカでの研究成果の報告と研究代表者のそれまでの研究成果の突き合わせを行なった。さらに研究分担者は、2003年10月にイタリアの無声映画研究シンポジウムに参加してドイツを含む1920年代ヨーロッパの無声映画の研究資料を収集して帰国した。研究分担者はその研究成果を研究代表者の勤務する熊本大学を訪問して報告し、その内容について双方で討論し検討した。その成果は、研究代表者の論文「ドイツの<アメリカ化>と国民映画の諸問題-<パルファメト>協定の歴史的意義」(『熊本大学社会文化研究2』・2004)で発表し、2004年秋までに刊行予定である研究分担者の著書『「ブレードランナー」論序説』(筑摩書房・2004)において公表される。今後は、<パルファメト>協定成立に至るまでのワイマール時代初期(1919-1923)の映画界の混乱した状況の詳細な分析と、<パルファメト>協定が形骸化していくワイマール時代後期(1928-1931)に製作されたドイツ映画の分析に重点をおいて研究を継続したいど考えている。
著者
田中 雄次 加藤 幹郎
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

1.本研究の目的:1919年-1933年におけるワイマール期のドイツ国民映画の変容と展開を、主要な作品の分析とともにハリウッドとの関係において検討することであった。2.実施した研究計画の概要(1)2006年および2007年の7月に研究代表者と研究分担者が、熊本大学においてそれぞれの年度の研究に関して事前調査の打ち合わせを行った。(2)研究代表者は、2006年度及び2007年度の8月下旬から9月上旬にかけてドイツのフランクフルト映画博物館及びベルリンの映画博物館において学芸員の協力を得て、主要な研究対象であるワイマール中期(1924-1927)の映画作品に関する資料収集を行った。研究分担者は、おもに東京国立近代美術館フィルムセンターとアテネフランセにおいて、フィルムセンター研究員の板倉史明氏の協力を得てワイマール後期(1928-1933)の映画研究を行った。(3)研究代表者は、2007年12月1日(土)に開催された第3回日本映画学会(於:京都大学)において、「ドイツ国民映画の典型としての『ニーベルンゲン』(1922-1924)」の講演を行った。3.研究の意義とその重要性:研究代表者は2008年3月に『ワイマール映画研究-ドイツ国民映画の展開と変容』(熊本出版文化会館)を出版した。本書は、日本におけるワイマール映画に関する本格的な研究であり、今後の研究の基本図書になりうると確信している。
著者
加藤 幹郎 田代 真
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

21世紀の日常生活は、ヴァーチュアル・リアリティ化され、それがインタラクティヴィティと呼ばれる、主体と客体との間の「柔らかい」相互干渉性である。この環境は、人間の身体/精神になんらかの回復不可能な傷痕を残し、新たな身体/精神機制を構築することになる。そこではデカルト的二元論によって規定されてきた近代心身二元論がきわめて希薄化される。
著者
加藤 幹郎 田代 真
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

芸術テクストの歴史に一貫した認識論的パラダイムなどありえない以上、個々の 芸術のテクスト分析をとおして芸術とイデオロギーの不連続かつ連続する複数のコンテクスト(文脈)を構築考察する以外、芸術と人間の関係をさぐる方法はない。
著者
前川 玲子 若島 正 加藤 幹郎
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、両大戦間の時期を中心に、ファシズムを逃れてアメリカに亡命した知識人たちが、アメリカの文化や社会との出会いの中でどのような思想変容を遂げ、同時にアメリカ社会にどのような変化をもたらしたかという相互変容の歴史を辿るものである。我々は、「亡命」という概念を、政治的・民族的な迫害による望まざる移動という客観的現実と、トランス・ナショナルな可能性を追求しようとする新たな主体の形成という二重の視点から捉えようとした。具体的には、ロシア、ドイツ、東欧を逃れてアメリカに移住し、「異郷」を永住の地にした多彩な知識人の生き様、彼らの残した作品、アメリカ文化・社会への影響などに焦点をあてた。地理的移動、文化的な異種混交、祖国からの心理的断絶と望郷、および「家郷なきもの」の疎外感などに注目しながら、個々の人物や集団の思想的変容や新たな表現形態の獲得などを探っていった。学際的な亡命知識人研究を目指そうとした我々は、三つのアプローチを用いた。第一は、ナチズムから逃れてきた学者に研究の機会を提供した高等教育機関や財団などの資料をもとに、ヨーロッパとアメリカを結ぶ知のネットワーク作りに果たした亡命学者の役割を検証するものである。第二のアプローチでは、亡命知識人の中でアメリカ文学に大きな影響を与えたウラジーミル・ナボコフの小説を取り上げ、そのテキスト分析を中心に据えた。第三のアプローチでは、亡命者がアメリカの大衆文化、とくに映画産業に与えた影響を辿った。本報告書において我々は、ナチズムと対峙するなかで新たな学問的パラダイムを形成していった社会科学者たち、ナボコフを中心とした亡命文学者、さらには映画の観客としてまた製作者としてアメリカ映画史に一時代を築いた移民や亡命者などの実像に迫ることで、知識人の「亡命」という現象がもたらしたアメリカの文化的、社会的変容の複雑な諸相を示そうとした。