著者
出口 友喜 田平 隆行 友利 幸之介 長谷 龍太郎
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.123, 2004

【はじめに】<br> 線条体黒質変性症(以下、SND)を呈するK氏は、常に在宅復帰をしたいという希望があり、OTRはADL訓練や介護保険制度を活用しながら支援を行ってきた。しかし、進行性疾患を呈するK氏に対し、問題点に焦点を置いた関わり方に違和感を覚えはじめていた。そこで今回の入院を機に、OTRはK氏に対し自分の疾患に対しどう思い、これからどうしていきたいのか時間をとって共に検討していく必要があると考えた。そこで今回はK氏を主体とした対話を行いながら、作業選択を行ったのでここに報告する。<br>【K氏が5度目の作業療法にやってくるまで】<br> K氏は66歳で、6歳年下の妻と2人暮らしであった。4年前にSNDと診断され、症状は徐々に進行している。診断については告知を受け、現在構音障害のためコミュニケーションに時間を要し、 ADLについては食事以外は全介助の状態である。性格は穏やかであり、自宅ではパソコンで趣味の一つである囲碁ゲームや自分史を作成していた。しかし、今回IV度の褥創発生に伴い、座位どころか臥位でも体位変換を要し、趣味活動は全くできなかった。一方、主介護者の妻は「一度決めたことは、一生懸命する」と自ら語るほど、まっすぐで明朗活発な方である。また、K氏の介護を行いながらも、息抜きは必要と、月1回水彩画の教室には通っている。<br>【K氏の人生観・価値観の共有のための対話】<br> OTRは、これまで聴取していたK氏の生活史を、K氏の価値観を共有するために、傾聴しながら対話する姿勢をとった。K氏は、幼い頃に母を亡くし、小学校に入り父が再婚した。しばらくして、父の会社が倒産し継母の郷里で高校生まで過ごすこととなったが、移り住んでからの生活は楽ではなかった。高校卒業後、貨物船の船員として約40年間も働いており、1年間の2/3は海と外国で過ごしていた。異国を旅した話を楽しそうにしているK氏は、人との関わりを好む事に加え、好奇心旺盛で行動力もあったのだろう。<br>【提供する作業から共に考える作業へ】<br> その後、今後の生活の場や、できるようになりたいという作業についてK氏は「家に帰りたい。でも妻がきついと言えば施設に行かないと行けない」と述べた反面、「できれば自分で家の中を歩き回り、風呂に入ったり、顔を洗ったりしたい」という希望を述べた。これに対しOTRはK氏の今後に正面から向き合うために、それらの作業が将来的にも困難であることを説明した。すると、K氏は自分の病気が完治するものではなく、できなければ困るものではないことを答えた。K氏は自分の思いを自ら声に出してOTRと確認しあうことで、進行し続ける疾患への不安から解放されたかったのではないだろうか。その後、セルフケアに関して再度、具体的に聞いていくと「妻が車椅子へ移す時、少しでもいいから、足に力が入ればいいと思っている」と答えた。そこで、褥創の完治後に、スライディング式の移乗方法で練習を行うこととした。次に、新たに社会に対してやってみたい作業については、K氏は昔から「長崎の観光ガイドをやってみたい」という夢があることを教えてくれた。これまでの会話の中でセルフケアや趣味についてはよく話をしていたが「社会」というテーマで会話をしたことはなかった。ガイドについての具体的な計画は聞かれなかったため、実際にその場に行ってガイドを行うことは困難であると思い、パソコンでガイドマップを一緒に作ることを提案した。すると K氏は、「それはいいアイデアですねぇ」とはっきりとした声を出し、どの地域のマップを製作するのか、写真の取り込み方はどうしようかなどと、これまでにない主体的な姿勢をみせた。またこのことを妻に伝えると、「夫らしい一面を見れた」と喜び、K氏が見ず知らずの観光客のガイドをかって出て、一緒にお酒まで飲んで帰ってきていたというエピソードを教えてくれた。OTRがK氏の担当になってから4年が経過しようとしていた。<br>【考 察】<br> 今回OTRは、K氏との対話の中からK氏の価値観を共有し、K氏の夢であった長崎のガイドをするという作業を共に発掘することができた。この作業は、「夫らしい一面を見れた」という妻の言葉からも感じ取ることができるように、病気の中に埋もれていた本来のK氏を引き出しつつ、今後に関しても、これまでの医学モデル的視点にはなかった別の視点を提供していると考える。 F.Clarkは、「生存者(患者)が作業的存在としての感覚を取り戻すために、セラピストはその人が以前に構築してきた道や橋と確実に結びつくような支援を行う必要がある」と述べている。今回の支援では、K氏の物語を理解することこそ、K氏が作業的存在に気づくきっかけであり、作業療法において重要なリーズニングであると考える。
著者
大薮 みゆき 山田 麻和 松尾 理恵 友利 幸之介 田平 隆行
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.122, 2004

【はじめに】<BR> 4年前に線条体黒質変性症の診断を受けた本症例は、身体機能の低下に伴いADLはほぼ全介助である。今回4度目の入院において、症例は「どうしても自分でトイレが出来るようになりたい」と希望している。ここに症例の到達目標とセラピストの予後予測にずれを感じた。近年、カナダ作業遂行モデル(以下、CMOP)に基づいたクライエント中心の作業療法が実践されている。そこで、今回CMOPの理論と作業遂行プロセスモデル(以下、OPPM)に基づき、症例が望む作業について症例と共に考案したので報告する。<br>【症例】<BR> S氏、84歳、女性。診断名は線条体黒質変性症。夫、次女、次女の夫、孫との5人家族で、主介護者は夫である。介護保険制度では要介護度4の認定を受け、通所リハビリテーションと訪問介護を利用し在宅生活を送っていた。<br>【アプローチ】<BR> OPPMに基づき以下のようなアプローチを行った。<br>第1段階:作業遂行上の問題を確認し優先順位をつける。ここでは、カナダ作業遂行測定(以下COPM)を用いた。セルフケアでは「夫に迷惑をかけている」という負い目から排泄動作自立を希望していることが分かった。レジャーでは、人との関わりを好む性格から「夫や曾孫へプレゼントをすること」「友達と話をすること」という希望が聞かれた。<br>第2段階:理論的アプローチの選択<br> 基礎体力や排泄動作能力向上のために生体力学的アプローチを、社会・心理面にはリハビリテーションアプローチを行った。<br>第3段階:作業遂行要素と環境要素を明確にする<br>症例は1時間半程度の座位耐久性があり、手指の巧緻性の低下は認められるものの、簡単な手芸は可能と思われた。他者との会話は難聴と構音障害のため困難であった。排泄は尿便意消失のため膀胱留置カテーテル、おむつを使用していた。症例は羞恥心と「女性は男性の世話をするもの」という価値観から夫からの排泄介助に負い目を感じていた。一方、夫は87歳と高齢で心疾患があり排泄介助に負担を感じていた。<br>第4段階:利点と資源を明確にする<br> 症例はプレゼント作りに対する意欲が高かった。また、夫は介護へ前向きであった。<br>第5段階:めざす成果を協議して行動目標を練る<br> これらの結果をもとに、症例や夫と一緒に話し合い、目標を1)夫に迷惑をかけているという負い目の軽減、2)夫や曾孫にプレゼントを贈る、対人交流の促進とした。<br>第6段階:作業を通じて作業計画を実行する<br> 1)については、夫の希望からもおむつ交換時の介助量軽減が「夫が心身共に楽になる」ことにつながることを伝え、おむつ交換訓練やベッド上動作訓練の導入を提案した。しかし、家族が施設入所を希望したため保留となった。導入時、セラピストは、症例の負い目を夫に伝え、症例と夫へ会話の場の設定や話題提供を行ったところ、夫から症例への優しい言葉掛けが増え、その言葉に症例は安心感や喜びを感じていた。2)については「風邪をひかないように毛糸の帽子を作ってあげたい」という症例の希望を受け、改良した編み棒を用い、スプールウィーピングにて帽子を作ることにした。作業の際には症例と他患との間に、セラピストが入り、他患との会話を促した。手芸の経過の中で「じいちゃんとのこれまでの生活を思い出す。結婚して良かった」「病院にも友達が出来たよ」という言葉が聞かれた。完成後は感謝の手紙を添えて夫へプレゼントした。また、夫へ依頼しひ孫へ直接プレゼントを渡す機会を作ってもらった。症例は夫や曾孫が喜んでくれたことを嬉しそうにセラピストに話した。<br>第7段階:作業遂行における成果を評価する<br> 初回評価から8週後にCOPMの再評価を行った。「夫に迷惑をかけないように自分でトイレをする」という希望は遂行度、満足度に変化が見られなかった。「夫やひ孫へプレゼントをする」「友達と話をする」という希望ではスコアが大幅に向上した。<br>【考察】<BR> 「一人でトイレがしたい」と希望する症例に対してCMOPの理論に基づき、症例の視点から作業を共に検討した。そして症例の作業を決定する動機、すなわちSpiritualityは「夫に対する想い」であった。そこでアプローチには、帽子のプレゼントや負い目に対する夫の言葉かけなど、夫とのコミュニケーションを形づけられるような作業を提案した。その結果、トイレ動作に変化に見られなかったものの、日常での言動やCOPMでの再評価から症例は夫の中にある自己の存在を確認できているように見えた。現在、症例の生き生きとした言動から家族も再度在宅生活を検討し始めている。今回の経験からSpiritualityの発見と、それに向かって具体的な作業を提案することの重要性を認識した。
著者
中田 彩 沖田 実 中居 和代 中野 治郎 田崎 洋光 大久 保篤史 友利 幸之介 吉村 俊朗
出版者
日本理学療法士学会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.1-5, 2002-02-20 (Released:2018-09-25)
参考文献数
15
被引用文献数
11

本研究では,臥床によって起こる拘縮を動物実験でシミュレーションし,その進行過程で持続的伸張運動を行い,拘縮の予防に効果的な実施時間を検討した。8週齢のIcR系雄マウス34匹を対照群7匹と実験群27匹に振り分け,実験群は後肢懸垂法に加え,両側足関節を最大底屈位で固定し,2週間飼育した。そして,実験群の内6匹は固定のみとし,21匹は週5回の頻度で足関節屈筋群に持続的伸張運動を実施した。なお,実施時間は10分(n = 8),20分(n = 7),30分(n = 6)とした。結果,持続的伸張運動による拘縮の進行抑制効果は実施時間10分では認められないものの,20分,30分では認められ,実施時間が長いほど効果的であった。しかし,30分間の持続的伸張運動でも拘縮の発生を完全に予防することはできず,今後は実施時間を延長することや他の手段の影響を検討する必要がある。
著者
中田 彩 沖田 実 中居 和代 中野 治郎 田崎 洋光 大久 保篤史 友利 幸之介 吉村 俊朗
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.1-5, 2002-02-20
被引用文献数
10

本研究では, 臥床によって起こる拘縮を動物実験でシミュレーションし, その進行過程で持続的伸張運動を行い, 拘縮の予防に効果的な実施時間を検討した。8週齢のIcR系雄マウス34匹を対照群7匹と実験群27匹に振り分け, 実験群は後肢懸垂法に加え, 両側足関節を最大底屈位で固定し, 2週間飼育した。そして, 実験群の内6匹は固定のみとし, 21匹は週5回の頻度で足関節屈筋群に持続的伸張運動を実施した。なお, 実施時間は10分(n=8), 20分(n=7), 30分(n=6)とした。結果, 持続的伸張運動による拘縮の進行抑制効果は実施時間10分では認められないものの, 20分, 30分では認められ, 実施時間が長いほど効果的であった。しかし, 30分間の持続的伸張運動でも拘縮の発生を完全に予防することはできず, 今後は実施時間を延長することや他の手段の影響を検討する必要がある。