- 著者
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榎戸 輝揚
安武 伸俊
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.76, no.10, pp.637-645, 2021-10-05 (Released:2021-10-05)
- 参考文献数
- 33
中性子星は,太陽よりも1桁大きな質量の恒星が寿命を迎え,重力崩壊して残される高密度(コンパクト)天体である.半径10 kmほどの中性子星が太陽の1.4倍もの質量をもつため,内部は原子核の密度を超える高密度となる.中性子星は,およそ半世紀前に周期的に電波で明滅するパルサーとして発見され,これまでに銀河系や近傍の銀河に2,800個を超える天体が見つかっている.中性子星は表面から放出される光が曲がるほどの強い重力場をもち,量子電磁力学における臨界磁場を超える強磁場の物理現象が発現するなど,極限物理の実験室である.そのため,天文学のみならず基礎物理の観点からも関心がもたれている.中性子星が理論的に提唱された時代から,この奇妙な星内部の高密度な核物質の状態方程式の解明は,重要な未解決問題であり続けてきた.星の中心部は,地上の原子核実験では到達できない密度領域にある.状態方程式のミクロな密度と圧力は,天体の内部構造を考えて積分すると,中性子星の質量と半径のマクロな物理量に対応する.したがって,質量と半径を宇宙観測で測定することで内部の状態を調べることができる.このように中性子星は,天文学と原子核物理の融合的な研究対象といえる.天体の質量は,連星運動をするパルサーの規則的な電波パルスの測定から精度よく求められる場合も多い.一方,電波放射が星表面から離れた磁気圏に由来するため,電波では天体の半径を探ることができない.中性子星の表面からの熱的放射に相当するX線の観測が必要になる.しかし,表面からの放射は,大気組成,磁場による表面温度の非一様性,放射領域の形状や,磁気圏放射の混入などの不定性に加え,天文学では常に大きな問題となる天体までの距離測定の難しさもあり,信頼性のある測定が難しかった.近年の多波長観測の進展により,中性子星の観測的特徴の理解が進み,その多様性は「中性子星の動物園」とよばれるようになった.このような観測的多様性は,天体の質量と半径の違いのみならず,中性子星の表面磁場の強度や構造,温度分布,自転周期などの違いによって生み出されたもので,質量と半径の測定を行うときには邪魔な不定性を生み出しうる.しかし,これらの特徴を注意深く理解していくことで,いくつかの種族の天体やそこで起きる現象をうまく利用して,中性子星の質量と半径を測定できることがわかり,複数の有効な手法が提案されるようになってきた.国際宇宙ステーションに搭載されたX線望遠鏡NICER(Neutron star Interior Composition ExploreR)は,高い集光能力を活かして複数のミリ秒パルサーを観測し,gravitational light-bendingを用いた中性子星の質量と半径の測定から,状態方程式を明らかにするプロジェクトである.打ち上げ後,手始めに4.87ミリ秒で自転する孤立中性子星PSR J0030+0451で10%の精度で質量と半径を測定した.さらに,シャピロ遅れの電波観測から,連星中のミリ秒パルサーで質量が太陽の2倍を超えると明らかになったPSR J0740+6620の測定も報告され,今後の観測例の増加が期待できる.さらに,近年の地上の原子核実験や連星中性子星の合体による重力波を用いた測定なども組み合わせると,中性子星の高密度物質の状態方程式がだんだんと絞り込まれ,新たな研究段階に入りつつある.