著者
小泉 佑介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.6, pp.343-363, 2019-11-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
22
被引用文献数
3 1

本稿では,スマトラ中部リアウ州におけるアブラヤシ栽培の拡大と,それに伴う自発的な移住者の増加という現象に着目し,開拓空間におけるフロンティア社会の生業構造変化と社会階層の上昇移動プロセスを考察する.本稿の調査対象であるL村では,1980年代半ばの大規模な企業農園開発をきっかけとして,隣接する北スマトラ州から大量の移住者が流入している.L村の主な生業は,大きく個人農園経営者と農園労働者に分けられ,前者は個人農園だけで生計を成り立たせつつ,銀行からの融資等によってその規模を拡大させてきた.一方,後者に関しても,賃金を蓄積することで個人農園経営に参入することが可能であり,さらに一部は土地を追加取得することで大規模経営に至る者も存在した.このように,L村というフロンティア社会では,労働者層から兼業者層,そして大規模経営者層といった階層間の上昇移動が可能となることが明らかとなった.
著者
小泉 佑介 祖田 亮次
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.73, no.3, pp.245-260, 2021 (Released:2021-10-31)
参考文献数
50
被引用文献数
3

本稿では,1980年代以降の英語圏における地理学者を中心に発展してきたポリティカル・エコロジー論(PE 論)が,いかにして独自の枠組みを発展させてきたのかについて検討する。特に本稿では,2000年代以降の PE 論における新たな展開として,スケールの議論に注目した研究に考察の焦点を絞る。PE 論の系譜をたどると,1980年代は文化生態学や生態人類学,新マルサス主義の分析視角に対する批判的検討を出発点として,生態学と政治経済学の統合的アプローチを提示した。1990年代には PE 論独自の枠組みを模索する中で,ポスト構造主義的な視点に基づく社会理論との接合を目指す研究が増加し,取り扱うテーマも環境・開発に関わる言説やジェンダー研究へと広がりをみせた。2000年代以降は再び生態学的な視点への関心が高まっており,こうした流れと連動するかたちでスケールの議論に関する研究が注目を集めている。特に PE 論のスケールに関する議論は,土壌や植生といった自然環境条件に基づく「生態的スケール」と,社会的・政治的なプロセスを通じて構築されるスケールとの相互作用に着目していることを特徴としている。今後の展望としては,地理学と生態学のスケールに関する議論を相互に参照しつつ,資源管理や環境ガバナンスのスケールに注目した実証研究を積み上げることで,PE 論独自のスケール論を発展させていくことが期待される。
著者
小泉 佑介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.400-411, 2023 (Released:2023-10-05)
参考文献数
18

本稿では,COVID-19パンデミック下で実施されたインドネシアの2020年人口・住宅センサスについて,政府資料やメディア報道,および中央統計庁職員への聞取りをもとにその実態を解説する.インドネシアの2020年人口・住宅センサスは,COVID-19の感染拡大によってさまざまな変更を迫られた.特にジャワ島のほぼ全域と外島の都市部における訪問面接調査が中止されたことで,同地域の人口データが,氏名,性別,続柄といった基礎情報のみに限定された.その背景には,COVID-19パンデミック対策に向けて2020年度の政府予算が再編され,2020年人口・住宅センサスに関する予算も大幅な削減を余儀なくされたことが大きく影響していた.インドネシアの2020年人口・住宅センサスは,以前のデータとの整合性を維持できなくなったことから,今後は人口センサスの調査方法の方針も大きく変わっていくと考えられる.
著者
小泉 佑介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.99, 2021 (Released:2021-09-27)

グローバル化の進展と共に環境問題の規定要因が多様化・複雑化する中で,地理学においてもその解明に向けた実証的・理論的研究が積み重ねられている。特に2000年代以降の新たな動きとして,ポリティカル・エコロジー論の研究動向をまとめた小泉・祖田(2021)によると,環境問題に関わる国家や国際機関,NGOなどの多様なアクターが複雑に絡み合う状況を,地理学のスケール概念から捉えなおすアプローチが注目を集めている。本発表は小泉・祖田(2021)の議論を踏まえた上で,環境ガバナンス論におけるスケール概念の適応可能性に言及した研究に焦点を絞り,その研究レビューを通じて今後の展開可能性を検討する。 地理学では,場所,空間,領域(性)といったタームに加えて,スケールも重要な鍵概念の1つである。とりわけ1980年代以降のスケールに関する議論では,スケールを社会的・政治的なプロセスを経て生産・構築されるものとして捉え,そこでのアクター間関係の相互作用を分析の主軸に据えてきた(Smith 1984)。これに対し,2000年代には地理学におけるスケールの議論が認識論的な方向に傾斜していることへの批判が高まり,Marston(2005)による「スケールなき人文地理学(Human Geography without Scale)」という問題提起が,地理学全体を巻き込む一大スケール論争を引き起こした。これら一連の論争は,2000年代後半には決着をみないままに収束していったが,スケールの理論化および実証研究への応用を目指す研究は,2010年代以降も絶えず継続しており,本発表が対象とする環境ガバナンス論にも大きな影響を与えることとなった。 批判地理学や政治地理学を中心とするスケールの議論は,一方でグローバル化が進展し,他方でローカル・アクターの役割が強化されるといった多層的なスケール関係の再編プロセスにおける政治力学に注目してきた(Brenner 2004)。これに対し,環境ガバナンスを議論する際には,地表面上に存在する山,川,海,植生,あるいは人間活動をいかに統合的な観点から管理するのかが問題となるため,スケールの社会的・政治的側面だけでなく,生物物理学的(biophysical)な要素を考察の対象に含める必要がある(McCarthy 2005)。 こうした問題意識の下で,近年の地理学ではいくつかの興味深い研究が蓄積されている。例えば,Holifield(2020)によると,水資源管理において,一般的には流域(watershed)といった広域的なスケールが好ましいとされる一方,現場のローカルな組織にとっては川沿い(bank to bank)といった目の届く範囲でのスケールが現実的であるため,環境ガバナンスのスケール設定には社会的・政治的意図が先行する場合が多いことが指摘されている。このように,自然科学的観点からの「理想的な」スケールと社会学的なプロセスを経て「生産された」スケールとの間には,常にミスマッチが生じるため,今後はこうした問題の解決に向けて,地理学と生態学等との統合的研究が求められるといえよう。