- 著者
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小泉 佑介
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.99, 2021 (Released:2021-09-27)
グローバル化の進展と共に環境問題の規定要因が多様化・複雑化する中で,地理学においてもその解明に向けた実証的・理論的研究が積み重ねられている。特に2000年代以降の新たな動きとして,ポリティカル・エコロジー論の研究動向をまとめた小泉・祖田(2021)によると,環境問題に関わる国家や国際機関,NGOなどの多様なアクターが複雑に絡み合う状況を,地理学のスケール概念から捉えなおすアプローチが注目を集めている。本発表は小泉・祖田(2021)の議論を踏まえた上で,環境ガバナンス論におけるスケール概念の適応可能性に言及した研究に焦点を絞り,その研究レビューを通じて今後の展開可能性を検討する。 地理学では,場所,空間,領域(性)といったタームに加えて,スケールも重要な鍵概念の1つである。とりわけ1980年代以降のスケールに関する議論では,スケールを社会的・政治的なプロセスを経て生産・構築されるものとして捉え,そこでのアクター間関係の相互作用を分析の主軸に据えてきた(Smith 1984)。これに対し,2000年代には地理学におけるスケールの議論が認識論的な方向に傾斜していることへの批判が高まり,Marston(2005)による「スケールなき人文地理学(Human Geography without Scale)」という問題提起が,地理学全体を巻き込む一大スケール論争を引き起こした。これら一連の論争は,2000年代後半には決着をみないままに収束していったが,スケールの理論化および実証研究への応用を目指す研究は,2010年代以降も絶えず継続しており,本発表が対象とする環境ガバナンス論にも大きな影響を与えることとなった。 批判地理学や政治地理学を中心とするスケールの議論は,一方でグローバル化が進展し,他方でローカル・アクターの役割が強化されるといった多層的なスケール関係の再編プロセスにおける政治力学に注目してきた(Brenner 2004)。これに対し,環境ガバナンスを議論する際には,地表面上に存在する山,川,海,植生,あるいは人間活動をいかに統合的な観点から管理するのかが問題となるため,スケールの社会的・政治的側面だけでなく,生物物理学的(biophysical)な要素を考察の対象に含める必要がある(McCarthy 2005)。 こうした問題意識の下で,近年の地理学ではいくつかの興味深い研究が蓄積されている。例えば,Holifield(2020)によると,水資源管理において,一般的には流域(watershed)といった広域的なスケールが好ましいとされる一方,現場のローカルな組織にとっては川沿い(bank to bank)といった目の届く範囲でのスケールが現実的であるため,環境ガバナンスのスケール設定には社会的・政治的意図が先行する場合が多いことが指摘されている。このように,自然科学的観点からの「理想的な」スケールと社会学的なプロセスを経て「生産された」スケールとの間には,常にミスマッチが生じるため,今後はこうした問題の解決に向けて,地理学と生態学等との統合的研究が求められるといえよう。